タダより怖いものはありません

 そのまま引き摺られるように、私はハルドさんに腕を掴まれながら街の中を歩いた。

 一緒に居た男性は泊まっていた宿をもう一度確認すると仰って離れていった。途中、ハルドさんと二人で内緒話をしていたのですが、気にしなくていいですかね?


「あのっ手を……」


 離して頂けませんか!?


「ごめんね。人が多いからもう少しだけ我慢してくれる?」


 優しい声色なのに有無を言わせない感じは何でしょう?

 私はそれ以上何も言えず黙ってハルドさんに着いて行った。着いていくと言うよりも引き摺られてる方が正しいかも……


 進んだ先に見える建物は私でも知っている貴族専用の迎賓館。

 まさか、と思った。

 けれど当たった。

 ハルドさんは躊躇せず迎賓館の扉に進んで行ってます!


「ハルドさん! ここっ迎賓館ですよ!」


 私達の入れるようなところじゃありません!

 ハルドさんは振り向くと笑顔を向けるだけだった。

 門番らしい方が私達の前に立ち塞がる。

 ハルドさんが懐から何かを取り出した。書状でしょうか?

 門番の方に混ざって立っていらしたバトラーが書状を受け取ると門番の方に合図を送られる。

 そうすると門番の方はその場から離れ、バトラーがハルドさんにお辞儀をした。


 どういうことですか?


「行こう」

「はあ…………」


 ハルドさん。

 貴方何者ですか?

 迎賓館って貴族の中でも上位貴族しか入れないところですよね。

 外国との交流や貿易を主体とする方や王族の方ぐらいしか利用出来ないし、入れるなんて相当のことですが。




 建物の中は広いけれど、城内ほど広いわけではなく豪華なお屋敷といった作りのようです。

 街中のありながら高い外壁で覆われていた迎賓館には外から眺めることはあっても中に入ったことはないので、私はついキョロキョロと見回してしまいます。

 何より、浮いてます。

 だって人通りは少ないとはいえ迎賓館に平民服の私とハルドさんが居るって、場違いすぎるのですが。

 けれどハルドさんはどうやら勝手知ったる場所のようで、道に迷うことなく進んでいます。

 本当に何者なんでしょうね……


「長いこと歩かせちゃってごめん」

「いえ……」


 ようやく到着した場所は屋敷の中にある一室で、大人数で会議ができるような広い部屋でした。

 柔らかな椅子に恐る恐る座れば、一席離れたところにハルドさんが座られた。

 ハルドさんが呼び鈴を鳴らす。

 思わず腰を上げそうになってしまった。

 ここはドナーズのお屋敷ではないので、呼び出されるのは私ではなく別の方。


 するとメイドの方が入ってこられた。ハルドさんはやっぱり慣れた様子でお茶をお願いしている。

 メイドの方が出ていってお茶を用意している間、私は話しかけて良いものか分からず黙って俯いていました。

 場違いな場所すぎて居心地が悪いです。


 お茶を用意して頂くとメイドの方は退室されていきました。

 机に置かれたカップから良い香りがします。花の香りでしょうか。フレーバーティーなのかも。

 ハルドさんの様子を窺うと、笑顔でどうぞと促されましたので、私はそっとカップを手に取りゆっくりと茶を飲みました。

 やはりフレーバーティーでした。リンゴと何種類かローズを入れた紅茶でしょうか。とても美味しいです。


「急に連れ出してごめんね」


 ハルドさんが話題を始めたので、私は改めてカップを置いて彼を正面に見た。


「とんでもございません。ハルドさんは大事なお仕事を任せられておいでですね」


 このように迎賓館に出入り出来る方だ。

 私はこれ以上深入りしないよう、どう答えるべきか考える。


「今日起きたことですが、勿論他言するつもりはございません」

「え?」

「私にはロメドに知人もおりませんしテーランド国主神エーテルロフの名に誓って他言することはないと誓います」

「ちー……ちょっと待って」


 ハルドさんが困った顔をしてこちらを見る。


「……脅されると思っちゃった?」

「そんなことはありません」

「けれど怖がらせちゃったんだよね」


 そんなことはない。

 そう、言いたいけれど言えなかった。


「ごめん」


 ハルドさんが頭を下げられた。


「何の事情も知らないのに僕に危険の可能性があると思って待っていてくれたのに、何も説明せずにこんなところに連れてきて……本当にごめん」

「いえ、そんな」

「君には迷惑をかけてしまったから改めて事情を説明したいと思ってここに連れてきたんだ。ここなら誰に聞かれても問題ない。あの場所に長居することも良くないと思ったしね」


 それは……そうかもしれない。

 少なくともハルドさんのお借りしていた宿に勝手に出入りするような人が近くにいたのだから、安心できる場所に急いで向かうことは当然です。

 それが迎賓館ということに驚きは拭えませんが。


「君だってあの部屋にまた戻ることが安心とも限らないしね」


 言われてあっと思った。

 確かに私は彼等の顔を見てしまっているし、またハルドさんの部屋に戻ってこないとも限らない。

 

「君さえ良ければここに泊まっていかない? 迷惑を掛けてしまったし詳しく話をしたいから出来れば頷いてくれると嬉しいのだけれど」

「ええ!?」


 ここにですか?


「勿論、お金の心配はしないで。関係者だからお金を取るようなことはないから」

「そう言われましても」


 どう断ろうかと思ったけれど、確かにこの後部屋に戻って寝泊まりするのもどうだろう。

 ただ、荷物を残したままだから一度は戻らないと。

 そう、言おうと思ったけれど。


「荷物のことを気にしているなら気にしないで? 人を寄越して持ってきてもらえるよ」

「ええええ!?」


 八方塞がれたような気がするのは。

 気のせいでしょうか……

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