安に居て気を思います 2


 賑やかな外に出てきて、ほんの少しだけ緊張が解れた気がする。

 けれど気を引き締めて私は空を見上げた。正確には、さっきまで居た宿を見る。

 自分の泊まっている部屋とハルドさんの部屋を眺める。

 窓には誰の姿もない。

 私は確認した後、宿の入り口前に立って人の流れをぼんやりと見つめることにした。


 籠を担ぐ男性、花を売る女性、子供と手を繋ぎながら歩く母子の姿。

 中には武装した険しい表情の兵士もいるけれど、比較的表情は明るい。

 暫くの間、壁の前で立っているとようやく目的の人が見えた。

 ハルドさんだ。

 今日は一人ではないらしく、後ろにフードを被った背の高い男性を連れている。


「ハルドさん」


 少しだけ駆け足でハルドさんに近づくと、ハルドさんではなく隣に並んでいた男性が警戒して私を見てきた。

 ハルドさんは昨日と変わらず色付きの眼鏡を掛けていた。

 私に気付くと笑顔を向けてくださった。


「えーと確か、マリアさん」

「はい。昨日はありがとうございました」

「いえいえ。こちらこそ隣に泊まっているからって変に話しかけちゃってごめんね」


 ハルドさんが隣の男性への説明も兼ねてか、そのように仰ると隣の男性も理解をして下さったようで硬い表情を崩して下さった。

 どうもこの男性の方はフードで隠れているけれど、顔が随分と怖い感じがします。


「何処か行くの?」

「ええと、実はハルドさんをお待ちしていたのです。少しだけお時間頂けませんか?」

「え?」

 

 ハルドさんの表情が驚きに変わる。

 私自身、このように男性を引き止める行為は慣れないけれど、そうも言っていられない。


「ハルドさんのお部屋にロメド国の方が無断で入室されています。お知り合いですか?」


 そう言った時。

 ピリ、とした感覚が走った。

 私は何もしていない。

 ハルドさんと、ハルドさんの隣に居る男性から張り詰めたような緊張感が走っていた。


 ああ、やっぱり。

 あの方達はお知り合いではないのですね。


「どうしてロメドの者だと?」

「廊下で顔を合わせた時にロメド国の言葉で話をしていたからです」

「ロメドの言葉が分かるのか?」


 隣に並んでいた男性から聞かれたので私は見上げて頷いた。随分背の高い方です。


「少しだけですが」

「彼等は何と?」

「『隣の部屋に人がいたのか』、『どうする?』と仰っていました」


 彼等は私が隣国であるロメド国の言語を知っていると思っていなかったのでしょう。堂々と話をされていたけれど、私にはその会話を聞き逃さなかった。

 まるで隣に人が居ては困るような言い方だった。


「…………」


 ハルドさんと男性が顔を合わせると、男性だけが宿に向かおうとするので、私は慌てて彼を引き止めた。


「ちょっと待ってください」

「何ですか」


 止められた事に対して不快そうな顔をされてしまいましたが気にしません。 


「私の部屋の窓から手拭いがニ枚干してあったら恐らく誰もいません。一枚しか無ければ私が見た二人のままです。もし、何も干しておらず部屋の窓だけ開いていたら、恐らくロメドの方は三人以上に増えています」

「え?」

「何て?」

「ですから、二枚干してあれば多分誰もいない。一枚だったら二人部屋に入っています。何も無ければ中にいる人数が増えていると思います」

「ちょ、ちょっと待って」


 ハルドさんが急に私の肩を掴んできた。

 よく見るとこの方、とても綺麗な青色の瞳の持ち主です。


「何でそんなことが?」

「そうだ。中の様子が分かるなんてこと……」

「宿で働いている使用人の子にお願いしてあるんです。彼には洗濯を依頼していました。すぐに終わる仕事ですが、隣の部屋に洗濯物が迷惑になるかもしれないから、隣の様子を確認して手拭いの干し方を区別して貰っているんです」

「そんなことが……」


 話を聞いた後すぐに男性が宿に戻って行った。

 見上げてみたら手拭いは二つ綺麗に干してあった。ということは、多分ですが部屋には誰も居ないか、もしくは一人だけ残っていることになります。

 少しして男性が戻ってきました。


「誰もいなかった。が、部屋を荒らした跡はあった。どうする?」


 どうする意味は、彼等を追跡するかどうかということでしょうか。

 ハルドさんに指示を仰いでいるように見えます。

 

「いや、いいよ」


 ハルドさんは溜め息を吐いて暫く俯いていたけれど、少ししたら顔を上げて私を見た。


「マリアさん、ありがとう」

「いえ、私は何も」


 お礼を言われるような行動はしていない。


「謙遜しないで。貴方のお陰で部屋を漁った者がどこの国の人間か分かっただけでも十分有り難いんだ」

「そうですか」


 お世辞でもそのように言って下されば、私の余計な行動も救われた気がします。


「それでは、大丈夫そうでしたら私は部屋に戻りますね」

「ちょっと待って」


 部屋に戻ろうと思った手をハルドさんによって掴まれた。思った以上の力強さにビックリした。

 だって、掴まれた腕は全くというほど動かない。


「お礼をさせて貰えないかな?」


 にこやかに微笑んでるハルドさんなのに。

 その腕の力からは、「絶対に離さないぞ」という強い意志を感じます……


 お礼で……済まして頂けるのでしょうか。

 少し早まった行動をしたかもしれません……


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