飛行機

青年は30歳の壮年になる。


壮年の男は現在、空港に来ている。


仕事の関係で航空整備士の方と話をしていた。


航空整備士の方は壮年の男より5歳ほど年上のよう。



「この度は大変遠くからご足労いただき誠にありがとうございます。」



壮年の男は数年前より顔にしわが増えている。



「これからこの服に着替えていただけますか?中へ案内するにはお客様と区別をつける必要がございますので」



しかし、その立ち姿はまだまだ現役であると主張しているかのような立ち姿である。



「かしこまりました」



壮年の男は特に気にもしていない様子で作業着を受け取り、航空整備士の方が指定した部屋へ入室した。


数秒で着替えを終え、部屋を出れば、航空整備士の方は驚いたような表情を浮かべた。



「早いですね」


「着替えるだけですから」



少し、冷たい反応だろうか。


壮年の男はどうやら仕事人間のようだ。


仕事に精を出しており、多くの功績を残し、多くの人間に尊敬されていた。


妻や娘にも恵まれ、とても幸せなはずなのに、何か物足りないとでもいうような顔つきだ。



「そうですね」



航空整備士の方は苦笑いを浮かべる。



「では、案内しますね」



職員通路を出て、壮年の男と航空整備士の方はお客の波に混ざった。



「ここを通って、別の通路へ行きます。

いつも職員はお客様が来られ、混雑する前に出勤します。」



そんなこと、わかっている。この人の波をみれば…


とでもいうように不満そうな顔を見せる壮年の男。


辺りを見回せば、多くの人間が見られる。


職員を怒鳴りつける者、通路の端で寝っ転がる者、誰かを待っている者、飛行機から出てきた者、飛行機を待っている者…


人が多いというのは壮年の男にとって気分の良いものではなかった。



「おい、あんた」



航空整備士の方と壮年の男が歩いていると、背後から80歳を過ぎたであろうよぼよぼのおじいさんが立っていた。



「どうかなさいましたか?」



航空整備士の方はすかさず、おじいさんに話しかけた。



「あんたじゃない!若いあんただよ!」


「僕ですか?」


「あぁそうだよ」



ほんの一瞬、おじいさんは声を荒げたが、壮年の男が声をかけると穏やかな声色に変わった。


ここの空港の職員でもない壮年の男に何の用だろうか。



「申し訳ないが…トイレまで案内してくれんか?」


「トイレ案内なら私がいたしましょう」



航空整備士の方が壮年の男の前に出る。


おじいさんはその方を見ると、あからさまに嫌な顔をした。


それを見ていた壮年の男はすぅっと息を吸うと、



「僕が案内いたしますよ。あなたはここで待っていてください。」



ここの職員でない彼が案内する必要があっただろうか。


ただのお客のわがままだというのに。


彼は見た目に寄らず、優しかった。


よれよれと動くおじいさんの腰を支えながら、お手洗いまで案内してあげた。


青のお手洗いのマークが見えると、おじいさんは壮年の男の裾を掴んだ。



「赤の他人に申し訳ないが、中まで頼めんか?」



おじいさんの腰を支えながら、トイレに入った。


一先ず、おじいさんを便座に座らせる。



「ここまでで大丈夫ですね」



壮年の男はお手洗いを出ようと振り返る。


次の瞬間には目の前が真っ暗で地面は真っ赤に染めあがっていた。










気づけば、壮年の男は病院にいた。



「だ、大丈夫ですか!?」



航空整備士の方が私服で壮年の男の隣に座っていた。


頭がぼんやりとする。



「トイレへ案内したおじいさんに鈍器で殴られたようです。」


「おじいさんは何処へ?」


「あなたの身包みを剥いで、荷物を入れるハッチに乗り込んだようです。どのように乗り込んだのかはわかりませんが…」









「どうやら脳に障害が残っているそうですよ。


・・・まぁ、あのおじいさんみたいにハッチで凍死するよりかはましですね。」

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