花火

少年は裕福でもなく、貧しいわけでもないごく普通の家庭に生まれ育った。


3歳のある夏のこと。


ほどほどに暗くなり始めた外で少年と母は花火を楽しんでいた。



「ママ!みて!!」



少年は手に持つススキ花火を空高くあげた。


頭上から火花が飛び散るのを見て、少年の母は急いで彼が花火を持っている手を下げさせた。



「危ないでしょう?」


「ぶー」



彼はぷくっと頬を膨らませる。


数秒で手元の花火は消える。


少年の気持ちの高ぶりも一瞬にして消えた。


消えた花火を眺めながら、泣きそうになる。



「ほら」



そんな彼を見かねた母が差し出したのは変形花火。


彼の手に持たせると、花火の先に火をつけた。


プシャァーと勢いよく火花が散る。


彼は地面と花火とを交互に眺め、うずくまっている。


そんなときふと目に入ったものに考えがよぎる。


測溝の蓋の間にある穴に花火を突っ込んだらどうなるんだろう。


子供の好奇心だった。


ゆっくりと穴に花火を寄せる。


溝の奥は真っ暗で何も見えない。


花火を突っ込めば、シュパーという音とともに穴から煙が漏れる。


それが少年にとってとても楽しい光景だった。


何本も何本も試した。


母は



「火事になるからやめなさい」



と少年を止めたがやはり相手はまだ生まれて3年しかたたない子供。


簡単に言うことをきいてくれるわけもなく、セットで買った花火を半分以上、測溝の蓋の穴に突っ込んでいた。


セットの花火を全て楽しんだ頃には太陽は完全に沈んでいた。



「さぁ、お家に入ろうね」



まだ遊び足りないという少年の腕を引いて、母は玄関の扉を開けた。


夏だということもあり、家の窓は全開であった。


虫の鳴き声が家の中にまで聞こえてくる。



「パパ、遅いわね」



手を洗って、夕食の準備をする母は少年に向かって言った。


少年は窓から外を眺めていた。


先程まで花火をしていたところだ。


花火で焼けたのか地面が白くなっている。


それが不思議でたまらないのか、じっと観察している。



「さぁ、ご飯ですよ」



母が少年を抱き、ダイニングテーブルへ連れていく。


少年はされるがままに母に抱き着いた。


夕食を食べ始め、数十分した頃に



「ただいま」



と声がした。


父だ。



「ぱぱ!」



もごもごと口に入ったまま、玄関へ走り寄る。



「なんだか外が騒がしいようなんだが…知らないか?」



母は不思議そうに外へ出た。


父は出迎えてくれた少年を抱いて、母を追いかけた。


母は近所の仲の良い奥様に声をかけた。



「どうかなさったんですか?」



「いや、それがね…お隣のお子さんの姿が見当たらないらしいのよ…」



「それは大変!!」



それからは大きな騒ぎとなり、警察の手も借りて、地区全員で捜索を始めたが、その日、お隣のお子さんを見つけることはできなかった。









それから3日ほどして、



「ね、ね、奥さん。私のお隣のお子さん見つかったらしいのよ」



仲の良い、ご近所さんが母に話しかけてきた。



「自分の家の前の溝で見つけられたらしいわよ。どうやら、友達とかくれんぼしていて、溝にかくれていたらしいのよ。

誰かが火のついたタバコでも捨てて、服に引火しちゃったんじゃないかって…

慌てて帰ろうとしたのだろうね、溝を出ようとして腕が引っかかっちゃって出れなくなっちゃってそのまま焼死ですって…」

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