攻略開始
やはり需要があるのか、大量な攻略サイトがヒットした。
俺はそのなかから適当に1つ選びアクセスする。
《1.クローズドクエスチョンをやめオープンクエスチョンを心がけよ!》
状況が状況なだけにあまり共感できないまえがきの後、本文最初の見出しにはそう書かれていた。
オープンクエスチョンとはなんぞや。
例題1:カレーは好きですか
→これがクローズドクエスチョン
例題2:好きな食べ物はなんですか
→これがオープンクエスチョン
つまりは選択問題がクローズドクエスチョン、記述問題がオープンクエスチョンということらしい。
JRPGのストーリーのようにはいかいいえの選択肢がクローズドクエスチョン、オープンワールドのように自分で行き先を決めるのがオープンクエスチョンってことか。少し違うか。全然違うな。
さしあたって俺の場合は……。
問1:宿題をしたか。
→YES or No の選択肢。
問2:眼鍾といるか。
→YES or No の選択肢。
問3:今二人だけか。
→YES or No の選択肢。
試験科目にコミュ力なんたものがあったら赤点必至で俺はみんなの笑いものだろう。いや、笑ってくれる友達がいなかった。
……笑えよ。
俺はやり場のない怒りを飲み込み、陽キャという名のラスボスに再戦を申し込むべくスマホを握る。
握ったものの、俺の指は動かなかった。いまいち言葉を理解できてないところがある。
こういう時大切なのは議題を一度抽象化することだ。
記述問題ということは、模範はあれど人によって答えが変わったり答えがなかったりするもののことだろう。
問4:命とはなんですか
問5:なぜ戦争は起こるのですか
問6: 神様はどこにいますか
どこの宗教勧誘だ。絶対違う。
いいや、考えてても埒があかない。
三日月:好きな食べ物はなんですか
俺は例題として記されていたものをそのまま打ち込み送信する。
真似をすることは勉強の初歩だ。わからない問題はどれだけ考えてもわからない。困った時はすぐ回答を確認してしまった方が効率がいい。
という言い訳を脳内で構築していると、すぐに返信が来た。
ハル:パンかなー。クロワッサンとか
三日月:そうなんだ
送信して気づく。
結局会話終わんじゃん!
騙したな! とパソコンのディスプレイを睨んでみると続きが書かれていたことに気づく。
《そしてその話題をうまく広げていくべし!》
広げると言われてもそのコミュ力がないわけなんですが。
抜けない弱気を帯びた指先のまま文面を考える。
三日月:名前と同じだから?
ハル:そういうわけじゃないけど笑
疑問形の返信でパッと思いついたものだからどうかと思ったがどうやら大丈夫だったようだ。まあ会話なんてこういうとりとめのないものだよな。うん。
ハル:そんなこと言ったら
ハル:三日月なんてまんまだし
三日月:たしかに
また会話が終わる。すかさず次の話題を考える。
三日月:そういえば、なんでむーんって読むの?
ハル:なんでだと思う?
わからないから訊いているのだが、と言うのはNGなのだろう。より冗長的にするには……。
三日月:ヒントは?
ハル:漢字の読み方かな
三日月:もね?
ハル:ちょい違う
ハル:もおん
三日月:わからない。ヒント2
コンボを繋ぐ感覚がだんだんつかめてきた。しかしなんだこの不毛なやり取りは。普通に訊けば終わる話じゃないか。陽キャが休み時間ずっと話していられるからくりはこれか
ハル:ローマ字
三日月:あ、なるほど。親すごいな。
萌音→もおん→moon→むーん。と。
ハル:さすがにそんな好きじゃないけどね
三日月:親が? 名前が?
ハル:名前だよ笑
ハル:親はまあ、ふつうかな
三日月:兄妹とかいるの?
ハル:いないよ
ハル:三日月は?
三日月:妹が一人
ハル:へー意外
三日月:そう?
ハル:うん
ハル:頼りないし
三日月:そう映りますか
ハル:冗談笑――
――と、それから本当に会話が途切れることはなく、小一時間たった今もまだ続いている。攻略サイト様様だ。
だが人との話題を絶やさないなんていう普段絶対にやらないであろう思考をずっと続けていたせいかだんだん疲れてきた。
そろそろどうにかして切り上げるとして、今日の戦果、すなわち陽木屋萌音についての情報を更新しよう。
【陽木屋萌音】
性別:女
職業:学生
属性:陽キャ
星座:蟹座(6月28日生まれとのことだ)
血液型:O
趣味:アクセサリー作り
好物:クロワッサン
知った事はそれだけでない。
・兄弟はいない・
・むーんの由来はナゾナゾ並みの超訳から。
・本人はその名前を気に入っていない。
・両親とは仲悪いわけではない。
etcetc...
そしてなによりも。
三日月:いいやつだよな。陽木屋さん
率直な感想だった。
いくら女子との会話経験の乏しい俺と言っても、本当にネットの記事だけで会話が成立したとは思っていない。
会話はキャッチボールなんて喩えられるが、キャッチボールは自分一人が投げるだけではできない。相手側もちゃんと受け取り、そしてグローブ目掛けて放ってくれなければならないのだ。
ろくに交流がないのに罰ゲームで強引に恋仲になれとか言い始める連中の一人だし、あの眼鍾の友人だし、きっとちゃかし半分なのかと思っていた。
しかし彼女は俺のインタビューのような質問にも真摯に答えてくれたし、時折自分から話を広げてくれた。陽木屋が俺との関係をどう飲み込んだかは知らんが、彼女もまた俺の情報を欲していたのは伝わった。歪な関係を矯正しようとしていたのは伝わった。
案外、ちゃんと付き合えたりするのだろうか。
なんて妄想していたのだが、さっきのメッセージから突然返信が途絶える。
気に障るようなことをいったつもりはないのだが。
もしかしてあれか、ワルい子として扱われるとうれしいタイプの子なのか。
それともやはり、ここまでも演技でラインの向こう側で眼鍾と爆笑しているのか。
いや、単に返せる状態にないだけかもしれない。
推測が錯綜して俺が思わず目を回していると、
「兄貴、ご飯できたって」
「どひゃあ」
突然背後の声に俺はビクリと跳ねた。声の方に振り向くと、鎖理が引きつった顔で俺を睨んでいた。
「なに? シコってたの? きっも」
妹は言うだけ言って俺の弁明を待たず扉を思いっきり閉めた。
ノックくらいしようぜ鎖理ちゃん。
俺は胸にしこりを残したまま、家族と食卓を囲み風呂に入って宿題を終わらせ、ついでに少しプログラミングの勉強をした。その間もちらちらと通知を確認したのだが、陽木屋から連絡はこなかった。
時刻は11時。俺は布団に潜った。良い子は寝る時間である。
俺は良い子ではないのでスマホでネット小説のサイトを巡回しているが。
その時である。
手元のスマホが振動した。陽木屋から通知が来たのだ。
ハル:明日少し早く学校来られる?
それまでと打って変わって脈絡のない文面は、どこか冷たく俺を不安にさせるものだった。
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