恋愛ラブコメはデスクトップとともに

俺が部室に戻った所で下校時間を告げるチャイムが鳴ったためその場でお開きとなった。結局部長も副部長も姿を見せなかったがままあることだったから気にしない。

 こいしと鎖理はアニメショップに行くという二人を先に帰し、俺は適当に日誌を記して職員室へと赴き、ほぼ部室に来ない顧問に渡すとすぐ帰路についた。


 家に着いて自室でスマホを確認するとラインに通知が入っていた。

 ラインが来るなんて一週間に一回、だいたいは親かごく稀にこいしから来るくらいだ。なぜか二年になってクラスラインなるものが廃止されたようだし。知らされてないということはそうことだろう。

 

 話を戻すが訝しみながらも通知を見るとアイコンはツーポイントの眼鏡をかけた少女だった。説明するまでもなく、眼鍾雲英からのようだ。

 

KIRA:うっす彼氏くん

 

 中学の頃数度連絡しただけのせいで中途半端な高さに現れたメッセージにはそう書かれてた。



三日月:なに? 彼女ちゃん



 俺は机の前の椅子に座り、背を伸ばし、少し考え、おどけた文章を送ってみる。


KIRA:ww

KIRA:ハルに連絡先教えていいよね?

KIRA:彼氏なんだし

KIRA:クラスラインにいないからびっくりしたよ


 あ、あったんすねクラスライン。


三日月:いいけど

KIRA:さんきゅー


 またもやハブられていたことに軽いショックを受け俺はベッドめがけスマホを振りかぶるが、手元でスマホがバイブした。


KIRA:てかさ、君の方から連絡しなよ。彼氏なんだし


 笑いながら昇天してる奇妙な絵文字で締められたメッセージの後、陽木屋の連絡先が送られてきた。



KIRA:ふぁいと


 あいつが愉快がってる様子が目に浮かぶ。というかこれは追憶か。眼鍾と初めて会話してた時も、彼女は愉快そうにニヤついていた。

 

 ふぁいとと言われてもなあ。

 とりあえずハルのラインを登録したものの、何を送ればいいのかわらない。

 

 血の繋がってる妹と、幼馴染であるこいしと、アクロバティックな接近を果たした眼鍾とはわけが違う。

 

 たぶん中学校くらいから、一から女子と関係を築いたことなんてない。むしろ疎遠になる一方だった。

 そんな俺がギャルギャルしい陽木屋と交流するなんて無理な話だ。

 

 レベル1でラスボスに挑むようなもので、放たれた炎魔法がメラだということもわからないまま棺桶送りが関の山だろう。

 

 俺は観念して今度こそスマホをベッドに放り投げ、デスクトップの電源を入れた。 

  

 起動中の黒い画面に映る俺が問う、本当にこれでいいのかと。


俺は立ち上がりスマホを拾いスリープを解く。再び席について椅子をくるくる回す。


 いいわけないだろ。

 見返してやるんだろ。

 

 俺は身体が震え、あるいは奮えるのを感じながらもスマホのラスボスと対峙する。


三日月:こんばんは


……まあとりあえず挨拶から。眼鍾同様返信はすぐに来た。きもかわっていうのか? ポップなゾンビ右手で外れた左腕をペンライトのように大きく振っているスタンプだった。

 

 以上、会話終了。

 おいおい。

 もっとラリーしようぜって思ったけど挨拶だしこんなもんだろう。うん。

 前には進んだ。次だ次。俺は小さな一歩を力強く踏みしめスマホを構えた。


 普段どうやって会話というものが成立しているかを考えてみる。たとえばそう、こいし。あいつはアニメ好きだからなあ。同じ趣味があるならそうやって会話を広げればいい。

 つまりは共通項を見つけろと。

 アイコンの金髪少女を凝視する。


【陽木屋萌音】

 性別:女 

 職業:学生 

 属性:陽キャ

 星座:???

血液型:???

 趣味:???

 好物:???

 

 ゲーム風に記すざっとそんな感じ。共通のものなんて学生ってことくらいじゃねえか。他はわからないことだらけだし。

 

 学生ねえ。学生学生……。


三日月:宿題やった?

 ハル:さっき終わった


 よく閃いたと自分の頭を撫でてやろうとしたがまたすぐに会話が終わってしまう。

 

KIRA:もっと頑張りなよ


 俺が悩んでいると眼鍾からラインが届く。まるで俺がちょうど今陽木屋に連絡したことを知っていたかのようなタイミング--。


三日月:眼鍾といる?

 ハル:うん

 

 なるほど。

 まあ差し詰めマックとかで与太話しながら宿題を片付け、手が空いたから眼鍾が俺にラインを寄越したという展開だったのだろう。


『あいつこんなん確認してきたぜ雲英』

『やっぱミカくんキモいわー。キモよりのキモだわー』


 みたいな感じであいつらは俺の返信を見て愉しんでいるんだろう。

 待て待てそしたさっきの眼鍾に送ったメッセージも陽木屋が見てた可能性もあるんじゃ……。てか、二人だけとは限らない。やつらの交友関係は詳しくないが、もしかしたら上井あたりの陽キャ男子もその場にいるんじゃないか。あるいは他のクラスと外交でもしてたら……! いや、いかにもコミュニティの広そうなやつらだ。最悪他校の生徒と交流していたら……! 俺は慄然する。


 学生のうちは家庭と学校が世界なんて言葉がある。他人はそうでもないかも知れないが、コミュ力のない俺に至ってはだいたい正解だった。加えてバイトくらいだろう。


 他校の生徒に伝わるということはつまり他の世界、言わば異世界にも伝わるということだ。

 そうなってしまったら最終手段たる転校いう名の転生すらままならないじゃないか! まずい、まずいまずいまずい。

 

三日月:お二人様ですか

 ハル:うん

三日月:本当に?

 ハル:疑いすぎじゃん?笑

 


 信じていいのか。罰ゲームで関りのなかった人間と名目上付き合い始めるような連中だぞ。

  

 俺が疑心暗鬼になっているとまた眼鍾から通知がきた。

 開いてみると二人が写った画像が送られてきた。二人掛けの席で周りには人がいない。どうやら本当だったらしい。


KIRA:少しは信じなよ

KIRA:ハルは意外と素直で正直な子だから

KIRA:少なくとも私や、君よりかは


 引っかかる言い方だがスルーして陽木屋とのやり取りに戻る。


三日月:疑ってごめん

 ハル:別にいーけど笑


 誠実さアピールをしてみたが、やはり食いつきが悪い。

 いやまあ本来ならもっと煽った文面が来るかと構えていたから会話になっていてほっとしているんだけど。思春期真っ只中の妹よりかはいくらか話しやすい。

 だがしかし、会話が続かないのはきつい。

 

 スマホから目を外すとデスクトップのディスプレイに映ったギャルゲの主人公と目が合った。

 そいつは幾人かの美少女に囲まれて困った顔をしている。

 

 ゲームだったらなあ。

 と改めて思う。

 クリア条件が明確でチュートリアルがしっかりあって、なにより会話なんてほとんどが勝手に進行していく。

 ギャルゲの主人公にいたっては、気さくな台詞とウィットとエッジの利いたジョークを操り攻略対象の魅力を引き出し弱さを見せようものならすかさず言葉巧みに篭絡する。

 プレイヤーの俺はターニングポイントに意思決定をするだけ。あとは主人公が喋ってくれる。


 勝手に感情移入していたがこいつは俺ではない。もともとレベル1の俺が挑んでいるのはクリア条件が提示されてない上チュートリアルすら用意されていないクソゲーだ。せめて攻略本くらい用意してほしい……


 そこまで考えふと思い至る。

 

 攻略本とかいつの時代の話かと。 

 普段ゲームに詰まった時なにを参照していたかと。

 ゲームだけじゃない。プログラムも学校の勉強も教科書なんかよりずっと有能なものがあるじゃないか。

 

 俺は勢いよくキーボードを叩きロックを解除する。

 

《女子 会話 続け方》


 検索エンジンにそう打ち込むと、俺は力強くエンターキーを押した。

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