決意:鎖理SIDE
バカの足音が遠のいたのを確認して、ボクはこいちゃんを見やる。
「よかったの?」
主語のない問いに彼女は少し目を丸くするが、すぐにへらへらと笑った。
「こうしているので十分幸せですから」
背景はまばゆいくらいの黄昏。差し込める夕日のせいでその表情の翳りは深い。
「それ以上に、今を壊すのが怖いんです。えへへ」
「付き合おうかなんて言い始めたのに?」
「……はい」
こときれるように言うと、彼女は俯いた。
そういうものなのか。私も俯く。視線の先にはもう何人目になるかわからない彼氏(二次元)が貼り付けたような笑顔を浮かべている。
ボクだったらすぐコクけど。そういう選択肢がない時主人公にイラっとするし。
なんて思うけどこんなものは妄想だからできることだ。リアルでそういう感情を持ったことがないからわからん。
わからんから、手を差し伸べることはできない。
いつからだっただろうか。兄貴に対するこいちゃんの視線が、ほかのそれとは違うものだと気づいたのは。それを恋慕だと気づいたのは。
あんな成績が少し良いだけのどこにでもいるようなオタクのどこがいいのだろうか。
いや、それだけではない。
彼女の想いにここまで気づかないほどの 鈍感さまで備えている。
嫌なことを思い出した。あれは中学に上がってすぐのことだ。
この頃になると女子は体の変化が著しく、それはボクとて例外ではない。
ありていに言えば初潮を迎えたのだ。
ずっと車酔いしているような感覚のあまり、ボクはリビングのテレビでアニメを見てやり過ごそうとしていた。
「大丈夫?」
兄貴はそう訊いてきた。
ボクは大丈夫と答えた。いくら兄貴とはいえど恥ずかしいし。
それでも兄貴はボクの様子に不安な表情を見せると本当に大丈夫かと尋ねてきた。
何度も、何度も。
ボクは体のコントロールが効かないなりに、それらしい振る舞いで気づいてもらおうとした。
えづいてみたり、おなかをさすってみたり。
それでも兄貴は気づかなかった。ずっと不安そうな瞳をボクに向けるだけ。いや、それだけならよかったんだけど、あろうことかあのバカは無許可で背中をさすり始めた。
身体全身がぞわっとして思わずグーで殴ってしまった。
バカにーはそんなやつだ。決して誰かに好かれる要素なんてろくにない。あったとしても必ず上位互換がいるだろう。
理解できないからアドバイスもままならない。歯がゆい。溜まった苛立ちは兄貴へのヘイトに還元される。
「まあよかったじゃん。バカにーがどう思ってんのか知らんけど付き合うことになって」
だから起こった出来事をなぞるような、益体のない励まししかできない。まあこいちゃんはえへえへ笑ってるしまあいっか。
しかし大丈夫か?
バカにーの表情を浮かべて思う。
兄貴がああやって席を立つ時はたいてい良くない思考に陥っている時だ。
勝手に解釈して勝手に苛立って勝手に暴走して。普通に話せばいいのにコミュニケーションの経験値が足りないからそのことを思いつかないんだ。
兄の考えてることは手に取るようにわかる。
兄妹だからとかじゃない。
私もまた同じだからだ。
あるいは兄妹だから同じ性格なのかもしれないが。嫌な絆だ。
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