take5改稿

Lv0.少年エタルと子猫シュレディ



 12歳の少年エタル・ヴリザードは手元で発生させた小型魔法陣から剣を引き抜くと町の大通りの真ん中で前を向いた。銀色の剣身に光が反射する傘の長さの剣を構えて、目の前に立ちはだかる緑色のトロールを見上げ目を据えた。


「来るよ。エタル」

「ああ」


 肩に乗った白い仔猫のシュレディの言葉に頷き、禿げ頭のトロールが振り下ろしてきた巨大な棍棒を剣で難なく弾き飛ばし、青いマントを翻す。更に再び振り下ろしてきた棍棒をまた弾いて爆風を巻き起こすと、反動で後ろに吹き飛ばされて着地した。

 着地したエタルは通りの奥で立つ攻撃してきたモンスターを見る。


 トロール。

 ここオワリーの町を西端とするセカイラン王国周辺より、北に広がるサナンバ草原を生息域とする大型の巨人モンスター。外見は禿げあがった頭部に上半身裸で筋骨隆々な緑色の体表に下半身は毛皮の腰巻のみの裸足。身長は10メートル以上にも達し習性は至って粗暴。手に持つ得物は打撃系を好み、その力はたったの一体で騎士団一個小隊約三十人分の兵力をいとも簡単に翻弄する。強大な腕力は地面を割り、強靭な足腰により発揮される驚異的な脚力は一度の跳躍でゆうに百メートルは弾丸のように跳びはねる怪物である。


 この力任せの化け物と渡り合うには二つの手段がある。

 トロールの本来の生息域である北のサナンバ草原内にある町や村で単独ソロ用の高価な武器や防具を購入するか。セカイラン王国周辺の町や村で揃う低価格の武器を装備した数十人規模の集団で取り囲むかだ。

 エタルが選んだのは後者であり、後者を選んだのであれば集団行動が必要なのだが、現在陥っている状況は集団ではなく単独による戦闘だった。セカイラン王国周辺で流通している装備を用いて次の地域エリア魔物モンスターであるトロールと一人で対決することは不可能ではないが非常に困難を極める。

 D1級の魔物用の耐久力や攻撃力しか備わっていない鉄の剣では、D2級の魔物であるトロールの身体能力には遥かに及ばない。D1級用の武器や防具を用いて、より等級が上のモンスターと戦うには熟練した技と力、そして経験と勘が必要だった。


 そこまで理解しているエタルがトロールの振り回してきた棍棒を鉄の剣で受け止めて、また弾いた。通常ならここで鉄の剣は折れている。トロールの一撃は簡単に民家一軒を破壊することができる。それを貧弱なD1級用の鉄の剣で受け止めてさらに弾き返すという芸当は、この町の人間では誰も出来ないだろう。にも関わらず、12歳の少年でしかないエタルはオワリーの町でも一般的に売られている鉄の剣を用いてトロールの豪腕による攻撃を何度もね返し続けていた。


 これにはエタルの持つ魔法の力が大きい。この世界の人間は魔力を持たない。魔力を持たない人間が魔法を使うには鉱石が必要になる。しかしエタルは鉱石の力に頼らずに魔法を行使することができた。

 その力を授けたのが何を隠そうエタルの肩に乗る白い仔猫のシュレディである。


「エタル」

「わかってる」


 肩にしがみ付いて喋る手の平サイズのシュレディはただの子猫ではない。シュレディは確率の精霊だった。エタルがシュレディと出会ったのは半年前のこと。この町の郊外にある道の草むらから奥へと進んだ川岸だった。道の脇から聞こえてきた仔猫の鳴き声を頼りに声の主を探していたら川原の岩の上でお座りしているシュレディを見つけたのだった。

 エタルはその時にこの仔猫とある契約を交わした。


「ボクはキミにこの世界の真実と力を与える」

「その代わりにオレはお前の話し相手になる」


 少年は仔猫の姿をした精霊を飼い精霊は少年に力と知識を与える契約。

 白い仔猫シュレディの姿はエタルにしか視えない。確率の精霊であるシュレディは周囲からも確率的にしか認識されない。しかもその確率は極めて低く。シュレディはこの世界が生まれてから今まで自分を見つけだせる人間を探していたという。その人間がこの12歳の少年エタル・ヴリザードだった。


「いつまでこんな雑魚ザコを相手にしてるつもり?」

「お前ほんとに口が悪いな。お前の声はオレにしか聞こえないけど。お前に話しかけてるオレの声は周囲にも聞こえてるんだからな」

「そこは安心してよ。今までの会話は目の前のトロールには聴こえない様にしてあるし、これからの会話もちゃんと周囲には聞こえない様にする。勿論、確率的にね」

「それ何分の一だ」

「何分の一がいい?」

「十分の十だ。絶対に聞こえないようにしろ」

「それ……確率の意味がないよね」

「やれるのか、やれないのか」

「チェ。やるよ。やればいいでしょ」


 肩に乗る白猫のシュレディが目を鋭く据えると肩に爪を立てた。


「イテぇっ」

「これでボクと話してる時のエタルの声は完全に周囲には聞こえなくなったよ」

「その代償が爪を立てるってヒドいじゃないか」

「え? ゴメン。気付かなかった。力むとツメ出ちゃうんだ」

「まさかそれも確率的じゃないよな」

「ボクは確率の精霊なんだから確率的に決まってるでしょ」

「ウソだろ。お前が力を使うたびにこれから確率的に爪とか立てられちゃうの?」

「確率的に発生する代償が、爪を立てるだけだと思ってるなら幸せだね」

「おい。冗談はやめてくれ」


 恐ろしいことを言う白い仔猫にツッコみを入れて、目の前のトロールに向く。エタルが現在所持している武器と防具と戦力は、初期装備の鉄の剣に布の服と青いマント。そして肩に乗る確率の最古の精霊シュレディンガーとその知識だった。





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