Lv1.対トロール戦
世界でたった一匹しかいない確率の精霊シュレディンガーを肩に乗せて、エタルは剣を構えたままトロールに向き直った。
改めて見るトロールの外見。緑色の体色。巨大な体躯。不気味な光沢を放つ毛髪の無い丸い頭。筋骨隆々な肉体。棍棒と毛皮の腰巻だけの装備。
見るからに肉弾戦を好みそうなモンスターであるトロールの攻撃は至って単純だ。手に持つ武器を上下左右に振り回して周囲を破壊するだけ。しかしこの対処が中々に難しい。まず最も早く直面する問題は力の差である。トロールの怪力は大人を百人集めてやっと渡り合うことができる程かけ離れている。しかもたったの一振りで30人編成の騎士団一個小隊なら瞬く間に戦闘不能にできるだろう。三回攻撃されれば三つの騎士団が消し飛ぶ計算になる。その為、トロールの進行を食い止めるには百人以上の圧倒的な兵力を一度にぶつけるしか方法は無いのだが、今のエタルはたったの一人で大の大人が束になっても敵わないはずのトロールと対等に剣戟を打ち合っていた。
傘と同じ長さしかない鉄の剣を振るい、エタルは自分の体よりも二倍や三倍は大きく太い棍棒による攻撃を正確に何度も弾き飛ばす。
トロールは筋力も異常だが素速さも異常だ。あの握られている巨大な棍棒が瞬きをした瞬間には姿を消して、いつの間にか真上から振り下ろされている。そして気が付いた時には重傷を負っている。
本気になればいつでも人を殺めることのできる大型の魔物だが、近頃では人の命を奪う一歩手前で手心を加える事が多いという。背中を見せて逃げだす人間よりも応援として駆けつけた新戦力に狙いを定めて戦闘を続ける好戦的な事例が目立つようになっていた。その行動の理由は定かではないが一説によれば『そういう時代になった』ということで人間の世界では概ね解釈されようしている。
それほど楽天的な仮説を信じる人間もまたこの世界では依然として少ないが、似たような行動をとる魔物もまた着実に増えていることも事実だった。目の前のトロールのように、逃げ惑う人々よりも立ち塞がるエタルに強く狙いを定める習性が新たな時代を迎えつつあることの証明になろうとしている。
血管の浮き出るトロールの両腕によって振り下ろされた棍棒をエタルはまた打ち弾いた。
エタルにはトロールの動きが確実に視えているし対処も出来ている。それを可能とさせたのは紛れもない魔法の力だった。魔法とはいっても人間には魔力は備わっていない。魔力を備えたり宿している生物もいるにはいるがそれらは全て
トロールは筋力だけで魔法と同じ威力を発揮する。
これに対抗するには人間も強力な魔法を用いるしかないが魔法を行使する為の魔力を宿す精密な素材は、その多くが強度もないため武器や防具に組み込むことにはあまり向いていない。
それどころか今のエタルは魔力を宿す武器や防具を一切身に着けていなかった。
魔力を持つ装備も身に着けずに魔法を行使する。やろうと思えばできなくはない。魔力を宿す鉱石などに頼らずに契約した精霊などの力を魔力の根源にして魔法を発動すればいい。エタルにも勿論シュレディという世界で最古の精霊がいるがエタルの使う魔法はこの精霊の力さえも必要としない。魔力を持たないエタルはこの世界で唯一人、魔力を用いずに魔法を行使できる。その知識は肩に乗る仔猫のシュレディによってもたらされた。
エタルはシュレディの教えを思い出しながら、トロールの振り回す棍棒を何度も打ち払って巻き起こる風圧を頬に感じた。この戦闘中、エタルはしきりに背後を気にしていた。
王都から東にある深い森に囲まれたオワリーの町より先に広がる北の地へ進む為には、その地で一般的に出没する標準モンスターであるこのトロールと
この地域のモンスターではないトロールを町の中央に侵入させてはならない。トロールが町の中心部の広場に到達した場合、それは即刻、トロールが町を支配したことを意味する。地元周辺で出現するモンスターより上の等級の
上位。そう。この世界では上位と下位と呼ばれる区別があり、力の規模によって魔物に等級が割り振られ大別されている。等級はDという単位で表わされDはドグニチュードと呼ばれる。上位とはDの数字が大きい側であり下位とは等級の低い数字を持つ魔物のことを指した。
そして目の前に立ちはだかる巨人の魔物であるトロールはドグニチュードで2。D2級の力を誇るモンスターだった。
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