take4改稿

Lv0.少年エタルと白猫シュレディ



 12歳の少年エタル・ヴリザードは手元に発生させた小型魔法陣から剣を引き抜くと前を向いた。黒い剣身に金属的な光が反射する傘の長さの剣を構えて、目の前で立ちはだかる緑色のトロールを見上げて目を据える。


「来るよ。エタル」

「ああ」


 肩に乗った白い仔猫のシュレディの言葉に頷くと、禿げ頭のトロールが振り下ろしてきた巨大な棍棒を剣で難なく弾き飛ばして、青いマントを翻した。更に振り下ろされた棍棒をまた弾いて爆風を巻き起こすと、反動で後ろに吹き飛ばされて着地する。


 トロール。このオワリーの町を東端とするセカイラン王国周辺より北に広がるサナンバ草原を生息域とする大型の巨人モンスター。外見は禿げあがった頭部に上半身裸で筋骨隆々な緑色の体表に下半身は毛皮の腰巻のみの裸足。身長は10メートル以上にも達し習性は至って粗暴。手に持つ得物は打撃系を好み、その力はたったの一体で騎士団一個小隊約三十人分の兵力を翻弄させる。強大な腕力は地面を割り、強靭な足腰により発揮される驚異的な脚力は一度の跳躍でゆうに百メートルは弾丸のように跳びはねる怪物。


 この力任せの化け物と渡り合うには二つの手段がある。

 トロールの本来の生息域である北のサナンバ草原内にある町や村で単独ソロ用の高価な武器や防具を購入するか。セカイラン王国周辺の町や村で揃う低価格の武器を装備した数十人規模の集団で取り囲むかだ。

 セカイラン王国やその周辺の町や村で入手できる武器や防具は、同じ周辺に出没する低級のモンスター用にしか作られておらず、それ以上の威力を持つ武器を仕入れたとしても需要の逼迫度では大型モンスターが常時出没する地域のほうが遥かに大きい為、自ずと高性能な武器や防具もそちらに流れることになる。

それに加え、危険度の高いモンスターが危険度の低い地域に足を踏み入れる事は最近では極めて稀である為、町や村が大型モンスターに襲撃された場合は、地元の武器を装備した多人数の人間たちによって、これを迎撃するのが常道となっていた。


「エタル」

「っ」


 次の地域エリアの一般モンスターであるトロールの攻撃を剣で弾いてエタルはこれ以上の町中心部への進撃を阻止している。エタルの握っている鉄の剣はこのオワリーの町でもよく売られている一般的な品であり、強度も攻撃力もさほど特色はない。ただしエタルが握っている剣は自作であり、軽さと長さだけは子供でも扱えるように一般の傘とほぼ同じに改良してあった。

 敵から目を離さないエタルは自分で造った傘と同等に軽い鉄の剣を握り、一軒の家さえ破壊するトロールの棍棒の一撃を凌いでいる。手には剣を握っているとはいえ、エタルは剣士ではなかった。剣士でなければ戦士でもないし、戦士でもなければ騎士でもない。

 エタルの身なりはどちらかというと剣士ではなく魔法使いの格好に近い。武器や防具に宿っている魔力を、言葉や手の行動で管理し行使して攻撃にも防御にも変幻自在に変化させる魔術士ソーサラーと呼ばれる者たちの服装。だからこそエタルは重い鎧などは身に着けないし好きでもない。かといって法衣ローブなどの妙にカサ張る儀式的で大げさな動きにくい服も好きではなく現在は普通の町民の服にフード付きの青マントを纏っている簡素なものだった。


 エタルは気に入っている青いマントがはためく中でトロールの振るう棍棒を剣で打ち払って火花を散らす。小学校高学年の子供の身長しかない体格のエタルが二階建ての民家を越す巨躯のトロールの一撃を勢いよく風圧を巻き起こしながら激しく弾き飛ばした。

 巨木をそのまま粗削りにして拵えた太い棍棒は、頭上に迫るたびにエタルの踏みしめた地面に大きな影をつくる。エタルを呑み込むほどの大きな棍棒の影が何度も迫り、それを今度は遠くへと打ち弾く。


 町を襲撃してきたモンスターの群れの一体である目の前の魔物と10分前に会敵してから、かれこれ何度も繰り返している戦闘の光景。

 防御力では心許ない。それどころか現在のエタルは極めて危うい状態で渡り合っている。防具もなく布の衣服だけの軽微な身なりは怪物の攻撃を一度でも受けただけで難なく致命傷を負うだろう。トロールの一撃は巻き込む風圧も凄まじい。棍棒の直撃を躱したところで軌跡の周囲から巻き起こる衝撃波に呑まれて重傷を負うという事態は普通にあり得ることだった。

 にも関わらず衣服だけの無防備なエタルが今も無傷でいられるのは一重に肩に乗っている白い仔猫シュレディの功績が大きい。エタルはこの仔猫と半年前に出会った。

 この町で鉱石掘りスコッパーとして生計を立てていた時に仕事場である採掘場までの道の途中にある草むらで懸命に鳴いているシュレディを見かけると一週間も経たずに飼い主と飼い猫の関係にまで発展したのだった。


「他ごと考えてるでしょ」


 手に持った鉄の剣で何度も振り下ろされるトロールの棍棒を捌きながら、エタルは肩に乗った手のひらサイズの小さい仔猫の言葉を無視して、敵の凶器に意識を集中する。


 シュレディが時折向けてくる言葉は悉くエタルの散漫を適確に突いており、緊張感を保つには丁度いい。見てくれは仔猫だが精神は異常なほどに老練している。その証拠にシュレディというのはこの仔猫の略称あだなみたいなものであり本当の名は別にあった。


「ボクの名前はちゃんと覚えてるよね?」


 言われるまでもなくエタルは否応なく覚えていた。誰もが未だに知らない未知の魔法をエタルにだけ授けたこの仔猫の真の名前はシュレディンガー。この世界カヨランでたった一匹しか存在しない確率を司る精霊シュレディンガーだった。





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