Lv2.ドグニチュード2



 目の前に立つトロールの攻撃をことごとく弾いて、青いマントをなびかせるエタルは次の行動を考えていた。殺生を嫌うエタルはトロールを無傷のまま退避させたいが、それを言葉で伝えた所で素直に聞く相手ではない。もう一つの手段である頼みの綱の王国騎士団が到着するまで時間稼ぎをするという選択肢もあるにはあるが、機動力と突破力を誇る主力のトロールが足止めされていると分かれば、対応は一番最後に回される可能性が非常に高い。

 となると残った選択肢はトロールが飽きるまで舐めプレイの戦闘に付き合ってやるか、騎士団が到着するまでトロールを玩具オモチャにしてやるかの二者択一しか存在しない。つまり結局の所、このトロールと格差のある戦闘を続ける事に変わりはないと悟ったエタルは、今日一日をトロールとの戦闘に費やす事を覚悟した。


「だったら、さっさと倒せばいいじゃないか」

「倒すと騎士団に殺される」


 シュレディの提案は即座に却下した。ここでトロールの戦闘力を削いで行動不能にしても、後から駆けつけた騎士団によってトロールの息の根は止められるだろう。住民を守る騎士団にとって町を襲う魔物を生かしておく理由はない。魔物は殺せるときに殺しておくのが鉄則である。この世界では町を襲うほどの魔物はいつでも殺すことのできるか弱い生き物などではなく、常にるかられるかを迫られる強大な敵性対象だった。


「誰が殺されるだってェッ?」


 エタルとシュレディの会話を聞いたトロールがさらに嵐のように棍棒を振り回してきた。エタルは自分の身長が簡単に隠れる棍棒の威力を剣で受けきると、そのまま振り下ろされた棍棒を片手に握った剣で受け止め続けた。建物を簡単に破壊するドグニチュード2級のモンスターの攻撃力は一撃で震度2の地響きを巻き起こす。

 今はその震動をエタルとトロールが剣と棍棒でしのぎを削ってぶつかり合っている周囲から円のように広がっていく波紋の砂煙に変換されていた。


「オレが殺されるだト? 誰にダッ」


 巨大なトロールが小さいエタルを巨大な棍棒で渾身の力のまま押し込めようとする。エタルは微動だにしない自分の剣先と力を込めて震えているトロールの巨大な棍棒が交差している接触面を見つめながら涼しい顔で突っ立っていた。


「スゴイ踏んばってるよ? 膝ぐらいついてあげたら?」


 少年の肩に乗っている仔猫のシュレディが、トロールのガニ股で開いて血管を浮かび上がらせている脚の筋肉を見て助言を囁いている。トロールが踏ん張っているからといってこちらも故意に膝をついてやるのは対戦相手に失礼だろう。だからといって、本気を出してしまうと一秒も経たずに戦闘は終了してしまい目の前のトロールの命運は尽きる。

 今のエタルにとってドグニチュード2級の魔物は既に脅威ではない。ドグニチュード2級のモンスターの最大の特徴はドグニチュード2の出力を常に放っていることである。ドグニチュード2という力の規模は、現実こちらの地球でいわれるマグニチュード2の規模にほぼ等しく、ドグニチュード2級の魔物はその存在だけでマグニチュード2の震源地が闊歩している事と同じ意味を為していた。


「エタルはマグニチュード2の地震より上か」


 まるでマグニチュードという単語の意味を知っているようにシュレディは言う。エタルもその言葉の意味は知っているが、今は目の前のトロールの対処が優先である。

 真上から力の限り押し込んでくるトロールの棍棒を片手に握った剣で涼しい顔をしながら受け止める。本来ならこの時点で震度2の地震が繰り返し起きているのだが、それらは全てエタルが中和して相殺している。

 棍棒から剣へと伝わってくるはずの震動は既に刃の触れる部分で相克されていた。


「ぐっ。そォッ」


 トロールが自分の押し込んでいる棍棒にどれだけ力を入れても、エタルはまるで巨岩のように動かない。トロールの一撃は震度2の地震そのものでありトロールの蹴りもまた震度2の威力を放つ。持久力の続く限り震度2の力を振りまく魔物の存在に、それでもエタルは向けられる威力を相殺し打ち消しながら、トロールを傷つけないように渡り合っていた。


「くそっ。フンッ」


 変化がない状況を嫌ったトロールは勢いよく鼻息を噴いて、エタルに向けて押し込んでいた棍棒を更に力を込めて握り締めた。トロールの全体重が載りかかっても動かないエタルは決して破壊できない障害物でもある。トロールは棍棒に加えた反動で巨体を逆立ちさせるとエタルを大きく飛び越える宙返りをして遠く離れた地点に着地した。着地したトロールは蹲踞そんきょしたまま両手に握った棍棒を見つめた。エタルを飛び越すために振るった棍棒の力は本来であればエタルを押し潰すための力だった。それほどの力を加えたのに、起こった出来事は少年こどもを杖代わりにして巨体の自分が宙返りをして追い越し退いただけという屈辱的な結果。

 この結果に我慢のならない自分の力を過信しているトロールは背後に見える少年の背中に振り返ると鋭く睨んだ。


「オマエ、いったい何がしたいんダ?」


 災害級の魔物を足蹴にする圧倒的な力を持ちながら、殺しも捕らえもしない少年に静かな怒りを露わにして、緑色の巨体のトロールは目と牙を剥くと一歩、力強く地面を踏み鳴らして震度2の揺れを周囲に起こすも、広がる震動は背中を向けたままの少年の手前で露と消えた。震動を消したのは少年だった。

魔術師の青マントを羽織る少年も剣を構えて振り返ると、魔物の威嚇に視線で答えた。


「シュレディ。飛ぶぞ」

「……え? 飛ぶ?」


 片手に握った剣を下に向けて構えると、少年エタルは肩に乗る子猫にそう言った。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る