涼 第四話 強くなりたい
‥‥‥な、何だよこれ? こんなのありか? いきなりこんな展開ってあり? 香さん、勝手に涼を作ってるし。涼をこんなに動かすってありか?
まあ、嬉しいけど。相当嬉しいけど。
でも、そうだよな。これは小説だから涼は僕じゃない。僕だけど、小説上の僕だ。自由に書けばいいんだ。僕も勝手に香さんを作ってやる‥‥‥
カオのお勧めのカプチーノは美味しかった。会う前から一時間位しか時間が無いと言われていたので僕は少し焦っていた。聞きたい事は色々あったけど、肝心な事はほとんど聞き出せなかった。
彼女が書く小説から僕が想像していた彼女と、実際のカオは随分異なっていた。もっと気高い近寄り堅いお嬢様的な方かと思っていたけれど、どちらかというと美人というより可愛い感じで、ボーイッシュなサバサバした感じだ。髪は長く、ワンピースが似合いそうな姿を想像していたけれど、ショートヘアで可愛いズボンとスニーカーといういでたちだった。
話していると十歳も年上という感じはしない。この可愛らしい人がどうしてあんな深い感情を表現した小説を書けるのか不思議だった。
僕はカオと話をしながら、男らしく強くなりたいと心から思っていた。一時間なんてあっという間に過ぎてしまった。もっともっと色んな話をしたかったし、ずっと一緒にいたかった。
「そろそろ行かなくちゃ。ごめんなさいね。もっと一緒にいたいけど、この後の予定を変えられなくて。今日は来てくれてありがとう。楽しかった。また、会いましょうね」
カオはちょっと寂しそうな顔をしてくれた。
「あ、う、うん。今日は本当にありがとうございました。楽しかった。近いうちに必ず」
カオが持っていたバッグから財布を出して立ち上がったので僕は思い切って言ってみた。
「カオ、今日はオレに
カオはこっちを見てにっこりと笑った。僕の顔は引き攣っていたに違いない。
「リョウ、無理しなくていいんだよ。でも嬉しいから、今日は奢ってもらおうかな。でも今日だけだよ。ごちそうさま」
カオの気遣いに感謝しながら、僕は会計を済ませた。
「私の家は駅の少し先だから、駅迄一緒に行けるから」
僕達は並んで歩き出した。カオは喫茶店で座って話していた時より、小柄で華奢に見えた。可愛いな、手を繋ぎたい。そう思ったけれど、そんな勇気は無くて僕は手を後ろに組んでいた。
と、突然、カオの
僕はびっくりして無意識にカオの身体を支えた。カオはそのまま僕に身体を預けるように倒れてきた。
「どうした? カオ! おい!大丈夫か?」
一瞬意識がとんでしまったのか、閉じていた目がハッと開いた。
「あっ、ごめん」とカオが言った。
「ど、どうした? 大丈夫か?」僕はカオの身体を支えながらもう一度尋ねた。
「ごめん。ちょっとだけ休む」
僕は当たりを見回した。近くに腰をかけられそうな縁石があった。
「あの縁石まで歩ける?」
「うん。大丈夫」
「僕が支えているから」
僕に寄りかかるようにカオも足を動かしているが、足元はおぼつかない。
「オレ、あそこまで抱っこするから。ごめん。大丈夫だから」
僕は躊躇なくカオを抱えあげ、縁石までいってそこに座らせた。
「ありがとう。ごめんね。何かクラッとしちゃって。でも、大丈夫。ちょっと貧血持ちだから、初めてじゃないの。ちょっと休んだらすぐに治るから」
「わ、わかった」
僕はちょっと安心して、カオの隣に腰掛けた。
「もたれかかっていいよ」
僕がカオの身体に片手を回すと、カオは僕の肩に頭を寄りかけてきた。
僕は身体に回していた手をカオの頭に軽く乗せた。
「ごめんね。ありがとう」
「ぜ、全然、構わないさ。落ち着く迄ゆっくり休めばいい」
僕らは何も話さず、少しの間そこに座っていた。
「もう大丈夫。普通に歩けると思う。とりあえず駅迄行こう」
カオが立ち上がったので僕も立ち上がった。
「うん。もう大丈夫だから。ごめんね。ほんと一時的な物だから心配しないで」
カオが普通に歩き出したので僕は隣を歩いた。歩き方はしっかりしているし支える必要も無さそうだ。駅まで来た。
「家はもうすぐそばなの。だから大丈夫」
倒れた時は少し青ざめていた顔にも赤みが刺し、もう大丈夫そうに見えた。
「でも心配だから。家迄送るから。家には誰かいるの?」
「母と二人で暮らしているの」
「そっか。なら安心だ。家の玄関迄送ったら僕は帰るから」
カオの足取りはしっかりしていた。僕は玄関迄送った。
「本当にありがとう。また会おうね」
そう言いながらカオは家のドアを開けた。
「身体、大事にしろよ。何かあったらオレに連絡しろよ」
無意識にそんな言葉が口から出ていた。
カオが家の中に消え、僕は一人になった。心臓の鼓動が急に激しくなった。急に我に帰った。カオが倒れてから家の中に消えるまで、僕は必死だった。僕が何とかしなきゃと思って無意識にした行動が蘇ってきた。僕はそれを振り払うかのように、早足で駅に向かい、ちょうど来ていた列車に飛び乗った。
席はガラガラだったが、僕はドアの横にもたれかかって外の流れる景色をずっと見ていた。広々とした緑と遠く迄見える山々をぼんやりと眺めていた。
さっきは必死だった。カオの身体に触れても、カオの身体を抱いても、何も感じなかった。あの時は何も感じなかったけれど、今それがはっきりと蘇ってきている。華奢な身体、思った以上に軽くて柔らかい身体だった。乱暴に扱えばすぐに壊れてしまいそうな。
目を閉じた顔、ハッと目覚めた時の顔、少し落ち着いた時の
僕は、大丈夫だっただろうか? 間違った行動はしてないよな、と不安になった。場面場面を思い返してみる。大丈夫だと思う。ただ、「何かあったら連絡しろよ」とは言ったけれど、僕達は連絡先の交換さえもしていなかった。繋がっているのはこの小説だけだという事に気がついた。
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