涼 第三話 動かなきゃ

 僕はハッとした。香さんに言われなかったら、無責任な小説を書いてしまう所だった。僕は考えた。

「小説」ってなんだろ? 

 僕は何を求めてこの小説を書こうとしているんだろ?


 僕は最初「何かを伝えたくて、誰かの力になりたくて、小説を書き始めた」

 でもこの小説は違う。読んで下さる人を想定もせず、ただ自分が書きたい事を書きたいと思った。こうだったらいいのになって事を自由に書こうと思った。何となくだった。ノリだった。本当に無責任に書き始めた。


 まさかの展開になって、僕は考え直した。すっごいチャンスをもらったから絶対にこれを生かそうと思った。僕はこの小説を書く事で成長してやる。僕の為に書く。そして行き詰まっていたという香さんの為に書く。この小説が香さんが再び書くきっかけになるのなら、これ以上嬉しい事はない。もうそれだけで充分だ。

 そしてこの「交換小説」を公開する意味はある。香さんが書いてくれる事は僕にとって学びだらけだ。読者の中には僕と同じように感じてくれる人もいるだろう。もしかしたら香さんと同じように行き詰まっている人がこれを読んで、一歩を踏み出してくれるかもしれない。

 これを書いている僕と、僕達と一緒に読者も成長してくれるかもしれない。そんな小説にしたい。


 だからお願いします。僕もこの作品には責任を持ちます。魂を込めます。だから、だから、どうかこの小説をここで完結しないで下さい。お願いします。


 僕は生まれて初めて何か大きな覚悟のような物を持った気がした。

 だからって、急に文章が上手くなる事はないし、急に男らしくなれるわけでもない。

 急にはなれないけれど、少しずつでいいから頑張ろう。


 そうだ、動かなくちゃ。涼を動かすんだ。そう思うと急に何かドキドキしてきた。僕はその場に立ち上がった。

 ダメだ。ちょっと気分転換しよう。僕はうーんと大きな伸びをして部屋の中をぐるぐると歩いた。用を足して、おもむろに腹筋運動を始めた。いつもはこんな事はしないし、何か意図があるわけじゃない。ただ、強い男になりたいと思った。もう身体が持ち上がらない、と思う所まで腹筋をやって、その場で大の字になった。

 なんだか気持ち良かった。天井をマジマジと見た。一匹のクモがセッセと蜘蛛の巣作りに励んでいた。


 覚悟を決めた僕は、少しでも何か行動をしようと考えた。

 僕は香さんの事を色々知りたい。どんな顔? どんな髪型? どんなスタイル? どんな声? 歳はいくつ? どこに住んでいるの? 好きな事は何? 好きな人はいるの? 出来る事なら直接お会いしたい。

 これは小説だ。ノンフィクションじゃない。当たって砕けたって痛くも痒くもないはずなんだ。僕は思い切って口を開いた。


「香さん。もしも、もしも迷惑でなければ、僕と会って下さいませんか? 一度だけでいいんです。香さんがどこに住んでるか知らないけど、僕どこだって行きますから。そしたら、色々書けると思うんです。きっとこの小説が面白くなる。あ、迷惑だったらいいんです。色々忙しいと思うし。ダメだったら別の展開考えますから。よろしくお願いします」

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