第10話 天災の恋3
怪盗だって、馬鹿正直に本物が展示さているとは思わないだろう。だとしたら、盗みに来るならば絶対金庫の方だ。
そう思い身構えていたのだけれど、予告時間になったタイミングで、警報機が鳴った。
「マジかよ」
警報機がついているのはダミーとして置かれたレプリカの方だ。まさか偽物の方を盗んだのか?!
そんな間抜けな奴だっけと少しだけ違和感を感じたけれど、ジリジリと警報機は鳴り続けている。俺は今度こそ捕まえてやる為に、展示室の方へ走った。
金庫は一階の事務室で展示室は二階だった為、それなりに距離がある。
エレベータを待っていられない俺は、非常階段を駆け上がる。もしかしたら怪盗とぶつかるかもしれないと思ったが、流石にそこまで間抜けではなかったようで、怪盗と階段ですれ違う事はなかった。
展示室内に入れば、唐辛子のような刺激臭がした。さらに警察の人が窓辺で咽ている。
「どうしたんだ?!」
「ごほっ……怪盗が、ガスをまいて、目がっ……目がっ!!」
何やら唐辛子のような刺激臭は、怪盗がまいたガスに含まれていたらしい。
そして王冠のレプリカが展示されていたガラスのショーケースを見れば、そこはもぬけの殻になり、代わりにカードが置かれていた。本当にレプリカの方を盗んで行ったらしい。
「そうだ。影路?」
影路もガスにやられてしまったのかとまわりを見るが、何処にもその姿がない。何でだ?
影路の血を事前に貰っているので、俺が影路に気がつかないはずがない。それなのに見当たらない。
影路は仕事をサボるような性格ではないから、盗まれる時間に持ち場を離れるなんてないはずだ。むしろ頑張りすぎてしまうことを知っているために、血の気が引く。
落ち着け。
まだ影路が一人で怪盗を追いかけたとは限らない。
俺は防犯ベルが鳴る中、偽王冠が置いてあった場所に刺すように置かれたカードを手に取る。
『王冠は手に入れた。ついでに僕の為に作ってくれたレプリカも貰っておくよ。ありがとう』
「ありがとうじゃねーよ!!」
俺はカードを読んだ瞬間破り捨てたくなった。
レプリカは記念品じゃねーよ。というかレプリカだって分かっているのに、警報機を鳴らしてまで貰っていくって、どれだけ自信家なんだよ!!
それにしても俺も金庫の前に張り付いていたのに、怪盗はいつの間に盗んだのか。俺は駆け上った階段を再び駆け下りる。
「金庫の中身は?!」
「いや、誰も来ていませんが」
「これを見ろ」
金庫の前で鍵を持って守っている男にカードを見せれば、一気に顔色が変わった。彼は鍵に紐を通して首にかけていたらしく、胸元から取り出して開ける。偽物にすり替えられているわけでもないようで、ガチャリと鍵穴から音がした。
だとしたら、そもそも金庫に入れる段階でとられてたのか?
重そうな観音扉を開ければ、中には宝石が輝く王冠が入っていた……えっ?
「入っていますね」
なんだって?
じゃあ、このカードは?
もしかしたらこのカードを置いた時は盗む予定だったけれど、何か予想外の事があって盗めなくなったとか?
よく分からないが、ここにあるなら怪盗は盗みに失敗したということだ。
「……影路が怪盗に付けた受信機を見せて」
「おい。受信機を持ってこい」
そういえば、一人の警察官が受信機を持って走って来た。発信機は移動しているようだ。この感じだと美術館の外か。結構移動スピードが早いので、乗り物を使っている可能性が高い。
「これは怪盗の居場所なんですか?」
「影路がやると言ったなら、そうに決まってる。とりあえず、警察の方で引き続き王冠は守っておいて。もしかしたらがあるから」
「あっ……」
警官は何か言いかけたが、俺は指示だけして、美術館の外に飛び出した。そのまま自分のバイクの所へ走る。一秒でも時間が惜しい。またがると一気にエンジンをふかした。
そして風を操りタイヤの下で固めると、その上を一気に走らせ、ビルよりも高く駆け上がる。
発信機の位置を見た限り、ずいぶんと距離ができている。あまり離れすぎると、圏外になってしまうので、ここは一気に距離を詰めるしかない。その為俺は道路を無視したショートカットをした方がいいと考えたのだ。
「……なんで一緒について行ったんだよ」
影路が現場にいなくて、発信機がちゃんと作動しているということは、影路は怪盗と一緒に居る可能性が高い。
何故そんな危険な事をと思ったが、ふと、ついて行ったのではなく、連れ去られたって事はないかと別の可能性に思い当たる。
これまで怪盗が人質をとったという話は聞いた事がない。でも今までなかったからこれからもないとは言えないんじゃないか?
どういうわけか、本物の王冠は盗まれていない。もしかしたら、影路と何かがあった可能性もある。
しばらくバイクを走らせれば、発信機の位置を走るタクシーを見つけた。タクシーとはなっているが、怪盗が用意した車に違いない。俺はボンネットとフロントガラスの上にバイクごと着地した。ガリガリっとタイヤがフロントガラスを傷つける。
ガラスの向こうの運転席には仮面をつけた人物が見えた。ビンゴだ。
さらにその後ろにある後部座席で、ぐったりと横になっている影路の姿を見た瞬間、俺の血圧は一気に上がった。
「てめぇ。影路を返せ!!」
『危ないよ』
運転をする怪盗が器用にスケッチブックを見せた瞬間、タクシーが急ブレーキをかけた。
いきなりのブレーキで俺は車から振り落とされかけたが、風を集めて横転しないようバランスを取りつつ下に降りる。
「何しやがる。今回は見逃してやるから、影路を置いていけっ! 人質なんて取るんじゃねぇよ!」
ふざけるな。
偽物を掴まされたからって、人質を取るなんて。コイツはもっと義賊みたいなやつだと思っていたのに。
『失礼な。人質なんてとってないよ。ぷんぷん』
怪盗は車の中でさらにスケッチブックを開く。事前に書いてあるということは、やはり予知をしているのだろう。一体俺の行動はどこまで予知され、怪盗の想定内の中にいるのか。
「だったら、影路を攫ってどういうつもりなんだ」
そもそも影路を攫っておいて、人質なんてとっていないとは、ずいぶんと都合のいい話だ。今のところ影路を使った交渉をしていないとでも言いたいのだろうか。たしかに、今はまだ人質ではなく誘拐だ。でもそんな言葉遊びをしたいわけじゃない。
『この王冠は、僕のものだもの』
「は? 王冠?」
再びスケッチブックを怪盗がめくったが、微妙に意味が伝わらない。もしかして見せるページをもしかして間違えたのだろうか。
まだ本物の王冠は盗めていない……よな?
『この子は僕と居た方が幸せだよ』
「勝手な事を言うな! 影路に先に会ったのは俺だってーの!」
更にスケッチブックがめくられると、今度は勝手な言い分が書かれていた。
確かに清掃の仕事を黙々としている影路は、寂しそうだし、能力とかそういうのを考慮しても、その仕事で終わっていい人材ではないと思う。クラス階級で貶められるとか、俺も納得できない。
だからって怪盗に引き抜きとか、何で影路が犯罪者にならないといけないんだ。影路は自分の損得も考えずに、人を助けられる人間なんだぞ。
そもそも、影路を誰もいないショッピングモールで最初に見つけたのは俺なのだ。
『まだ苗字呼びのくせに』
「みょ、苗字呼びは……あ、あだ名だ!! 下の名前で呼んだから偉いんじゃねーよ」
自分で言って何だかしょっぱくなってきた。畜生。勝手に俺の心の傷を抉りやがって。分かって書いているだろ。
『この子はDクラスを理由に正当に評価されないんだよ。そんな中にいても不幸だ。でも俺ならこの子の力上手く活かしてあげられる』
怪盗の言葉は、嫌なぐらい俺も思っていることだった。
Dクラスと分類されてしまっている影路にとってこの世界は生きにくい。影路とは短い付き合いだけれど、それでもAクラスの中で生きてきた俺とは全く別世界を生きているように感じた。
全てを諦めてしまっているような影路を、誰もいないショッピングモールに置き去りにしたくなくて、俺は自分の方に引っ張り込んだ。
それなのに、影路が正式に組織から仕事を依頼をされているにも関わらず、何も知らない奴がDクラスというだけで侮り、馬鹿にする。
さもそれが正当だと言わんばかりに。
誰もが皆差別は良くないと言う。でも今日出会った警官たちは、差別しているという認識すらない。これがこの国の当たり前で、影路も受け入れてしまっている。
影路が不当な扱いをされるのが嫌で連れて来たのに、俺はまだ何も変えられていない。
俺は図星を刺され、唇を噛んだ。
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