第9話 天災の恋2

 佐久間を通して組織から依頼されたのは、美術館に特設展示されている王冠を怪盗から守って欲しいというものだった。

 怪盗。

 それはここ数年、世間を騒がせている泥棒を指す。ただの泥棒なのに何故怪盗呼ばれるのかと言えば、犯行予告を出し警察をおちょくるような形でものを盗んでいくからだろう。まるで小説や漫画のような人物だ。


 佐久間を通して依頼を受けてからざっとこれまでの盗みをネットで確認したけれど、怪盗は一人で盗みを行っているらしい。本当に一人なのかどうかはともかく、少なくとも警察はそう思っている。

 顔はお面をかぶっているので分からず、性別も不明。ただし今までに撮影された写真を見る限り、そこまで大柄ではないので、女性の可能性もあると書かれていた。

 佐久間はこの怪盗と会った事あるらしく、佐久間がショッピングモールから落ちたのもこの怪盗と追いかけっこをしている最中だったそうだ。

 佐久間が言うには、走って追いかけっこをしていたにも関わらず、会話は筆談。まるで予知でもしたかのようにプラカードなどを持ちだすらしい。

 屋上を走れる程度に身軽で度胸もあるそうだが能力はよく分からないそうだ。明日香のような身体能力の強化系だから屋上を走るような無茶ができる気もするけれど、プラカードは予知系だ。

 まだ相手を推測するには、情報が足りなさすぎる。


 とりあえず、今回怪盗が盗むと予告した王冠は、金庫にしまってあるとのことだ。そしてレプリカを元々の常設展示の方に置き、そこを警察が警備するという方法をとっていた。

 金庫の鍵は美術館の警備を指示している警察の男が持っている。

「今日こそ、警察の威信にかけ、我々だけで取り押さえます。どうやら組織の方は、やる気がないようですので」


 警備の総責任者の男は、私をチラリと一瞥した後に佐久間に嫌味を言った。多分何度も怪盗の捕獲に失敗して、ネットでも相当酷評されていたので、イライラしているのだろう。もしくは組織から人が派遣されてくるという状況が、彼のプライドを傷つけているのかもしれない。怪盗は今のところ人を傷つけたことはなかった。なので緊急性を伴う凶悪犯罪に分類はされない。となれば、この派遣は警察だけでは捕まえる事などできないだろうと言われているようなものだ。たとえ警察からの依頼が発端だとしても、警察だって沢山の人がいるのだから考え方は色々である。

 その上私はDクラスだ。馬鹿にされていると思ったのかもしれない。


 ギリッと歯を噛みしめた佐久間の袖を小さく引っ張る。

 私の為に怒ってくれるのはありがたいけれど、こんな直前に警察ともめ事を起こして、それの所為で怪盗に逃げられたと言われたら佐久間の立場がなくなる。

 佐久間が私の方を見たので、ここは我慢して何も言わないでと首を振ってみると、佐久間は肩から力を抜き、憮然とした様子で、よろしくお願いしますとだけ言う。

 その後ずんずんと人気のない方に歩いて行く佐久間を私は追いかけた。まだ予告まで時間はあるので、皆が緊張でピリピリしている空間にずっといるよりは、一度離れた方がいいだろう。今までの怪盗の盗み方を見る限り、予告時間は必ず守られていた。だからまだ盗まれる事はない。


「あー。腹立つ! 何が、やる気がないだ。お前らの態度の所為でやる気が失せるわ。そもそも毎回逃がしている奴のセリフじゃねーよ。もっと謙虚になりやがれってんだ」

「警察も何度も煮え湯を飲まされているから、イライラしているのだと思う。その状態でDクラスの人間が組織から派遣されたら、Dクラス程度で解決できるものに何を手間取っているんだっていうメッセージに感じたのかも」

 組織からの派遣に普通はDクラスなんてあり得ない。

 だから余計に彼が腹を立ててしまったのは分かる。とはいえ、いい大人なのだから仕事を手伝ってくれるAクラスに嫌味を言って、組織と喧嘩をしたところで意味はないことぐらいは分かっていて欲しいかった。それとも分かっていても抑えられなぐらい腹が立っているのか。

「本当に、どいつもこいつも影路を馬鹿にしやがって」

「それは仕方がない。さっきも言ったけれど、実績がなければ、私を判断するのはクラス階級だけになるのだから」

 佐久間は優しい。

 いつだって私が理不尽にさらされたら、怒ってくれる。こんな扱いいつもの事なのだから気にしなくてもいいと言っても、気にするのだろう。

 だからこそ、この仕事は絶対完遂したい。

 組織が佐久間と私をここに派遣するという判断したのは、馬鹿にしたのではなく冷静に能力を判断してなのだと警察にも知ってもらいたい。


「絶対、目にもの見せてやろうぜ」

「それは別に。でも依頼が来たのだから、せめて王冠は盗まれないようにしたいかな」

 目にもの見せるだと、相手を出し抜くような意味に聞こえて、私は首を振った。

 私と佐久間と警察は、同じ目的を持った仲間なのだ。警察と対決をしに来たわけではない。

「影路って、いつでも本当に冷静だよな。そういうの尊敬する」

 捉え方によっては嫌味にも聞こえてしまう言葉だが、佐久間は心の底からそう思ってくれているようだ。

 無関心の能力は、強い感情を持つと揺らいでしまうような弱い能力だ。だからできるだけ冷静に物事を見る癖をつけるようになったけれど、褒められると嬉しい。能力を褒められるよりも、自分の今までの努力が認められたように感じるからだろう。

 嬉しいけれど、あまり照れてしまうと能力が揺らぐ可能性があるので、褒め殺しは止めて欲しい。


「とりあえず最初の予定通り、怪盗が現れたら、発信機をつけるから、よろしく」

 佐久間にこの話を貰った時、発信機をいくつか渡されていた。【無関心】の能力で近づいて貼り付けるのが私に与えられた仕事だ。捕まえるのは私の能力的に難しいので、攻撃性に優れた佐久間とのペアになっている。

「任せとけ。でも、影路、絶対無理はするなよ」

「大丈夫」

 前に指示を聞かずに無茶をした所為で銃で撃たれたことがあるからだろう。佐久間は疑わし気な目を私に向けた。

「……怪盗は相手に大怪我をさせたりしたことはないから」

 たとえ無関心の能力が解けてしまっても、発信機がつけられなくなるだけで、危険にさらされる事はないはずだ。

 そう言うと、佐久間も一応は納得してくれたようだ。


「じゃあ、俺は金庫の方を守るから、影路はレプリカの方をよろしくな」

「うん」

 どちらに怪盗が現れるか分からないので、私達は別れて警護する事になった。佐久間は金庫の方を怪しんでいるけれど、私は必ずレプリカの方に現れると踏んでいる。少なくとも一人はこちらに現れるはずだ。

 これまでの怪盗は自分の姿を見せたがる、目立ちたがり屋なのだから。


「あっ。そうだ。影路、血ちょうだい」

 さらっと言われ言葉にギョッとする。すると、佐久間は慌てた様に手を振った。

「いや。傷つけたいとかそういう趣味があるわけじゃなくて、また影路が【無関心】の能力を展開している時に負傷したら嫌だし」

 ……確かに前例があったからなぁ。

 私への信頼が薄いのは仕方がない。それは私のこれまでの仕事の仕方が良くなかったという結果なのだ。

「痛そうだし、何か他の方法があればいいのにな」

「やめておく? もしくは見なくていいから」

「傷つけたくないけど、やっぱりやって。後、俺がつけさせた傷だから、ちゃんと知っておきたい」

 佐久間はじっと私の親指を凝視した。

 そこにカッターの刃を走らせる。見ていて気持ちのいいものではないのに、佐久間は目をそらさなかった。

 そして私はその血を佐久間のおでこに付ける。


「自分から話しかければちゃんと認識してもらえると思うし、血をぬぐい取れば効果は切れるはずだから」

「うん。悪いな。俺が絆創膏貼るよ」

 佐久間が私の手を優しく握ると、ポケットから取り出した絆創膏を貼る。人にこんなことをして貰ったことがないので何だかくすぐったいし、気恥ずかしい。

 ただ佐久間は手当てしてくれているだけなのに……私という奴は。


 私は邪念を払い無関心の能力を発動させる為に、これは仕事だと念仏のように心の中でつぶやき続ける羽目になっただった。

 

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