第8話 天災の恋1
空を飛ぶこともできる【風使い】の能力者なのに、ショッピングモールのガラスの天井を踏みぬいて墜落し気絶するという恥ずかしい事件。それを起こした俺は、しばらくの間職場の同僚の笑い者となっていた。
あの日は本当についていなかったのだ。
でも悪い事ばかりでもない。
俺はあの日、墜落した事により運命の出会いをしたのだから。
運命の女性の名前は、影路綾。
出会った当初の影路は塩対応で、正直いいイメージはなかった。Dクラスである彼女の卑屈な部分もあまり好きではない。
でも仕事への責任感や実は優しいところ、そして時折出るデレに俺の心は奪われた。手を振るとおずおずとだが、小さく手を振り返してくれるのとか、今までに周りにいない感じで可愛いのだ。
そんな彼女が気に入って、俺は影路に付きまとった――いや、それだと俺がストーカーみたいだな。断じて俺はストーカーではない。
言い訳をさせてもらえば、俺は影路の【無関心】の能力は、まだ磨いていない宝石の原石だと思ったのだ。彼女自身が気に入ったのもあるけれど、Dクラスを理由に見向きもされず、磨かないままでは勿体ないと思った。だから必死にスカウトしたというわけだ。
そして何度も彼女の仕事場に通ったおかげで、一度だけという条件で手伝ってもらえることになった。周りはDクラスであると言うだけで影路を侮っていた。でも俺は絶対影路の能力は凄いものを秘めていると思ったのだ。
そして俺が予想するよりもはるかに凄い結果となった。
俺の手伝いで銀行強盗の逮捕の協力に入ってもらったのだけど、影路は能力を使ってすべての人質を解放してしまった上に、犯人が人質のふりをしているのも見抜いてしまった。結果ほぼ影路の力で解決したと言ってもいい。
しかし影路は犯人逮捕に尽力した為に入院するほどの大怪我を負ってしまった。あれは今思い出しても心臓に悪い。
とはいえその事件のおかげで何かが吹っ切れたのか、影路は最初こそ自分なんかが組織の仕事の手伝いなどできないと断っていたのに、今では要請すればほぼ二つ返事で手伝ってくれるようになった。組織でも影路の活躍を知っている人はDクラスである事で何か言ってくる事もない。
色々いい方向に進んでいる気がする。
影路の主な仕事は相変わらず派遣の清掃員ではあるけれど、組織からの要請で一緒に仕事ができるのは嬉しいし楽しい。それに影路は常に冷静なので、色々頼りになる。ただ影路は真面目過ぎるので、この間の様に仕事を優先しすぎて自分をおろそかにしないか、心配にもなるけれど。
「佐久間、キモイ」
「なあ、明日香。俺に対する優しさとかないわけ?」
俺は優しさの欠片もない言葉をぶつける同僚にため息をつく。付き合いが長いからの雑さだとは分かっているけれど、もう少し優しくしてくれてもいいと思う。
「バ●ァリン上げようか?」
「いや、ソレ。半分は優しさって言うけど、半分は薬だからな。そして俺がそれを貰ったところで、明日香の優しさじゃないから」
明日香は俺に対して冷たい眼差しを向けて来る。
冷たい眼差しは、影路だけで十分貰っているからもういらないんだけど。……どうして俺の周りの女子は、皆俺に塩対応するのか。
Aクラスはモテると言うけれど、絶対嘘だ。
「今日は綾と一緒の仕事だからって、デレデレしすぎよ。鬱陶しいわね。この間逃げられた怪盗が相手なんでしょ? また失敗しても知らないから」
「嫌な事言うなよ……。ってか、いつの間に影路の事を名前呼びしているわけ?!」
あれ? おかしいな?
俺の方が早く出会って、早く仲良くなったはずなのに、いまだに苗字呼びなんですけど。なんだったら、仕事で会っている回数も俺の方が多いはずなんですけど?!
「そりゃ、親友だもの。名前で呼んで当たり前じゃない?」
「親友ですと?! えっ? 明日香さん? いつの間に?」
明日香からの信じられない言葉に俺は愕然とする。
あれれ? おかしいな?
俺の方が、影路の職場へよく遊びに行っているんだけど。でも俺、いまだに名字呼びされている……というか、よく考えたら明日香は最初から名前呼びだ。
おっと。待て待て。慌てるな。
明日香と影路は性別が同じなのだから、異性である俺とは多少付き合い方に差があってもおかしくない。うん。
とにかく今までの俺は、間違いなく影路と仲が良かった。そうだよ。部屋でシャワーを借りた仲だしな。
「いつの間にって。まあ、ちょっとした共通項もあったしね……。ちなみに、綾の手料理も食べたことがあるから。もちろん、綾の部屋で」
「な、何で俺もその時誘ってくれないわけ?!」
俺は助けられたあの日以降は遠慮して、影路の家に直接押しかけたことがない。なのにどうして明日香は影路の家に行き、手料理までご馳走になっているのだろう。納得がいかない。
「まあ、女同士、積もる話もあったのよ」
「俺、その時だけ女になる! 龍子ちゃんでいいから」
はいっと姿勢よく右手を上げれば、明日香は深くため息をついた。
明日香からの眼差しは、冷たいというよりも生温かい。
「本当に馬鹿よね。まあ、股間のものを切るだけの勇気があったら呼んであげるわ」
酷い。
今の言葉で、俺はきゅっと縮こまる。ほんの冗談なのに。……いや、影路の手料理を食べたいのは冗談じゃないけど。あーあ。明日香が羨ましい。
「とにかく、遅刻する前に、さっさと仕事に行ってきなさいよ。でもって、ちゃんと綾を守ってよね。あの子、本当に馬鹿みたいに仕事を頑張っちゃうみたいだし。最初の時も発破をかけるんじゃなくて、もっと優しくしてあげればよかったって、後で後悔したもの」
「分かってるよ」
影路は仕事に手を抜かない。
そして目的を果たす為ならば、自分を犠牲にしてもいいと思っている節がある。それはDクラスであるという負い目からきていそうだ。
やっぱり俺はこの国の階級制度は間違っていると思う。でも俺一人がそれを叫んだどころで階級制度は変わらないし、影路の認識も変わらない。
だから俺は影路が自分を守れないならば、代わりに彼女を守ろうと思う。それがこの仕事に影路を連れて来た俺の責任だと思っている。
俺は組織のオフィスを出ると、駐車場に停めておいたバイクにまたがり、今日の仕事現場に向かう。
今回怪盗が予告状を出したのは美術館だ。企画展で展示される、王冠を狙っていると馬鹿正直な予告があり、警察に通報された。そして毎回煮え湯を飲まされている
警察は、再度組織に応援を要請したというわけだ。
それにしても予告状とか、本当に目立ちだがり屋だ。正直アニメの見過ぎだと言ってやりたいけれど、それで盗めてしまっているのだから、逮捕で来ていない俺達の方が情けない。
美術館に到着した俺は、第一駐車場にバイクを置く。
美術館は今日も一般公開日だったが、予告日だった為に閉館していた。出入口には警官が立っていて重々しい空気だ。
「本日は閉館しております。どういったご用件でしょうか?」
入口に近づけば、警官の一人に話しかけられた。俺もそれなりに身長はあるつもりだけれど、この警官はさらに大きい。確か警察官は、身長が決まっていて、格闘技をやっていなければいけなかったんだっけか。
ただしAクラスであれば、特別に身長制限がなくなり、格闘技の義務もない。こういう時、やっぱりAクラスは優遇されているんだなと思う。
「組織からの要請で来たんだけど」
俺は組織から発行されている身分証を取り出し見せる。
身分証にはAクラスと階級も書かれている為、それを見た警察官は敬礼をしてすぐに横に移動した。
「お勤めご苦労様です」
……いや、何かそれ、極道っぽくないか?
頭こそ下げられなかったけれど、微妙な気分だ。とはいえ、挨拶に文句をつけても仕方がない。
「先に仲間が来てると思うけど、知らない?」
「ああ。Dクラスの女は、そこにいますよ」
たぶん影路の方が先に来ているだろうなと思いたずねると、少しだけ眉をひそめた男が、美術館の券売機の隣でたたずんでいる影路を指さした。仕事をしている感じではなく、頼りなさげにたたずんでいる。
「彼女が何の能力者か知りませんが、Dクラスと仕事しないといけないなんて大変ですね」
「は?」
心底同情します的な雰囲気で言われ、俺は低い声を出してしまった。何で今、俺は同情された?
俺の不快そうな空気に気づいた男は、戸惑った顔をする。
「えっと。そうですね。Aクラスの方には無用な心配でしたね」
「いや、Aクラス関係ないし。というか、Dクラスだと悪いのか?」
俺が真顔で聞き返したからだろう。俺より体が大きいというのに、男は挙動不審になる。
「わ、悪くはないです。ただ、あれですよね。Dクラス助成で、お荷物雇っているんですよね。国主導の仕事だからって使えない人間入れられたら、現場は困ると思っただけで……」
この男は警察だけれど、殴ってもいいだろうか。
市民を守る為にいる警官の癖に、あまりに偏見にまみれた意見に、イライラする。影路と知り合って、俺もDクラスの職業事情を調べるようになって知ったが、確かにDクラスを雇うと国から補助金が会社に出るという仕組みがあった。
Dクラスは役立たないから、どこの企業も採用したがらない為に始まった制度らしい。……影路が仕事を選べない理由が分かった気がする。
誰も影路の能力が何なのか知りもしないのに、Dクラスというだけで使えないと思うからだ。これではろくな仕事に付けないし、能力に見合った仕事も貰えないだろう。だから余計に影路達は苦しい立場に追いやられる。
「アンタ、警察な――」
「佐久間」
殴らなくても文句の一つでも言わなければ気が済まないと思い口を開けば、俺の言葉を遮るように名前が呼ばれた。
振り向けば、すぐ隣まで影路がやってきていた。
「……悪い。遅くなった」
「大丈夫。予告までの時間はまだあるから」
多分俺がもめ事を起こそうとしているのに影路は気が付いたのだろう。だからあえて俺の傍までやってきたのだ。
……本当に怒るべきなのは影路なのに、影路は当たり前のようにこの現実を受け入れている。その上で、自分の所為で言い争いが起こらないようにしたのだ。
だとしたら、俺も振り上げかけた拳を下ろすしかない。
俺は不快な男をみないようにして、影路と館内に移動する。
「色々警備体制は教えてもらったか?」
「えっと。まだこれからかな。ほら、佐久間と一緒に聞いた方が二度手間じゃないし」
影路は困ったような顔で笑った。
言葉に出しては言わなかったが、先ほどの警官の態度を見る限り、影路は先についたにも関わらず、Dクラスを理由に真面目に対応してもらえなかったのだろう。
正式な組織からの依頼書もあると言うのに。彼らは組織の名より、階級で人を見たのだ。
手伝いを要請したのはそっちなのに、ふざけている。
やっぱり文句を言ってやらないと気が済まない。
「あのね。私はまだ何の成果も見せていないから、信頼されていないのは当たり前なの。分かる? 信頼は仕事を続けて初めて得るものだから」
俺がムッとしたのが伝わったらしい。
影路は慌てた様子で少し早口になりながら付け足した。
これ以上何も言うなというのが影路から言葉にしなくても伝わってくる。……俺的にはすごく文句を言ってやりたい。
警察なら市民に対して表面上だけでも平等にしろよと言いたけれど……それが影路を幸せにしないなら意味がない。
「分かったよ。じゃあ、一緒に話を聞こう」
影路はいつでも冷静だ。それは俺と出会った時から変わらない。理不尽な事にも怒らず対処を考える。それは【能力】とは別の力で、俺が持っていないもの。
能力の種類だけで、その人のすべてを測るのはやっぱり間違っていると俺は思った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます