第7話 無関心の恋7
「トリック・オア・トリートッ!!」
「……佐久間。もう少しまともな発音できないの? 影路、傷の調子はどう?」
病室で横になっていると、賑やかな声が聞こえて、私は頭を起こす。
組織の方で用意してもらえた病院の個室の入口には、佐久間とBクラスの女が立っていた。
結局あの後、私は佐久間に担がれて病院へ行ったのだ。防弾チョッキを着ていたおかげで銃弾の貫通は真逃れたけれど、胸部打撃による心肺停止に一時なったいたらしい。
私の存在にしばらくは誰も気が付かないだろうと思ったが、佐久間は私の傷を手当しようとした時に私の血に触れていた為、【無関心】の能力が効かなかったそうだ。だからいち早く撃たれた私に気が付けて、AEDが使えたとか。なんだか一人で舞い上がってしまった分、生還してしまうと、これはこれで恥ずかしい。
勿論自殺願望はないので、生きていてよかったとは思うけれど。
「おかげさまで、もうすぐ退院できそう。治療費も全額払ってもらえるなんて、申し訳ないです」
「別に、私達も任務で負傷したら治療費は国が出す事になっているし、当然の権利よ。貴方が何処のクラスの能力者であっても関係ないわ」
私が頭を下げると、Bクラスの女はギロリという音が付きそうな目で睨み私を見下ろした。
「それから私は卑屈なのって大嫌いだから、あまりDクラスだって自慢しないでよね。あと、私の事は明日香って呼びなさい。私の方が年上ではあるけど、敬語もいらないから。もしもBクラスの女とか言ったら、かかと落としするわよ」
「りょ、了解」
電柱も砕く明日香にかかと落としをされたら、折角一命を取り留めたのに今度こそ昇天してしまうだろう。心の中でずっと、Bクラスの女と呼んでいた事は内緒にしておこう。自己紹介がなくて、名前を知らなかったのだから仕方がない。
「なあ、俺の渾身のボケには誰もツッコミを入れてくれないわけ?」
佐久間は相手にされなかったのが寂しかったのか、自分の頭の上についている猫耳をチョンチョンと指す。
そういえば入ってきた時も、トリック・オア・トリートと叫んでいた。
さらによくよく思い返せば、今日はハロウィンだ。普段パーティーなどもしないので、そんなイベントがある事などすっかり忘れていた。
「ああ。お菓子なら、お見舞いでいくつか箱が積まれている中に入っていたと思うから。適当に食べていいよ」
「いや、お菓子が欲しいのではなくてですね、影路さん?」
「影路が目をそらしたくなるぐらい酷い外見だって事だから、いい加減取りなさいよ。一緒に歩いていた私も恥ずかしいわ」
明日香に言われて、しょんぼりしながら佐久間は猫耳を取った。決して似合っていなかったわけではないけれど、たぶんこういうのは子供がつけるものではないだろうか?
いじけながらお菓子をつまむ姿はまさに子供だけれど。
佐久間の所為でAクラスのイメージが一気に変わりそうだ。
「私、トイレに行ってくるから。後はごゆっくり」
「へ?」
「貴方への貸しはこれでチャラよ」
そう言って明日香が病室から出て行った。
なので必然的に部屋の中は、私と佐久間の二人だけになる。事件の後初めて会ったせいで、少しだけ気まずい。もしかしたら佐久間も同じ気持ちで、だからあえて猫耳なんてつけて場を和ませようとしたのかもしれない。上手くツッコミを入れてあげられなくて申し訳ない。
普段人と話さないからどうも会話をテンポよく行うのが難しい。
「……結局、足を引っ張ってしまってごめんなさい」
私は少しためらった後、さっさと謝ってしまおうと口を開いた。嫌な事は早く済ませるに限る。
「でも……私でも誰かの為に何かできるんだと知れて嬉しかったから。ありがとう」
何もかもを諦めて生きていたあの時より、凄く充実している。明日香に言われた『佐久間は貴方があまりに悲観的で何の能力もないって嘆くだけの鬱陶しい考え方をしているから、貴方に自信をつけされようとしているの』というのは確かに今回ので叶った気がする。
少しスパルタだったけれど。
「お見舞いもありがとう」
これで最後の別れかもしれない。
Dクラスでも何かできる事は分かったけれど、どちらにしろAクラスとは住む世界が違うのだ。だけど、佐久間の友達になれて幸せだった。
本当に、いい思い出ができたと思う。
「ありがとうじゃないだろ。もっと俺に恨みごととかないのかよ」
「ないよ、別に。佐久間は私に自信をつけさせようと任務を手伝わせてくれたんでしょ? おかげでばっちり自身はついたから。今後は胸を張って清掃の仕事をするよ」
そしていつか、本当にやりたい事をみつけよう。
きっと私でも何かできるはずだ。Dクラスだからできないと諦めなくても。
「って?! また清掃の仕事をするのかよ。何? やっぱり今回ので組織の仕事が怖くなったのか? いや、本当だったら影路はあんな危険な任務じゃないから。ああいうのは俺みたいに戦闘に特化した奴がやればいい話で」
ん?
私の言葉に何故か佐久間が慌てた。何かおかしなことを言っただろうか?
「えっと。これって一日体験みたいな感じだったんだよね?」
Aクラスの職場体験的な。
おかげでAクラスはAクラスで大変だなというのは感じた。どの階級でも、色んな悩みがあるものだ。
「違うって。俺は本当に影路をスカウトしたくて」
「私に自信をつけさせるためじゃ?」
「自信をもって、俺のパートナーになって欲しいんだよ!」
佐久間は顔を真っ赤にして叫んだ。
まるで愛の告白でもされているみたいだと笑えてくる。
「ねえ。そう言うのはDクラスには、殺し文句だって分かっているの?」
Aクラスにそんな事言われて、コロッといかないDクラスなんて皆無だ。いい加減心臓に悪い話し方はやめて欲しい。
「はあ? 思った事を言っているだけなのに。殺し文句?」
「ある意味、愛の告白と同じレベル。超金持ちからのプロポーズとイコールと言っても過言じゃない」
「ぷ、プロポーズッ?!」
顔を赤くして慌てている佐久間を見て私は笑った。茶髪だしモテそうだけど、思ってたよりも佐久間はスレてないらしい。
どちらにしても今後も佐久間から告白なんてこれからもされる事はないだろう。能力を認めてもらえただけでも奇跡に近い。
「ごめん。でもうん。清掃の仕事の合間なら手伝うよ」
「って、やっぱり清掃優先かよ。影路って、俺が落ちてきた時も仕事優先にしやがったもんな。どれだけ掃除が好きなんだよ」
佐久間はそう言って口をとがらせる。別にそこまで掃除が好きというわけではないけれど、佐久間にはそう見えたようだ。……確かに仕事は大切にしないといけないと思っているからなぁ。
「物事には優先順位があって、Dクラスは謙虚堅実をモットーにというのが合言葉で、仕事をなくした時も路頭に迷わないように、ちゃんと保険をしておこうと思うんだよね」
力がない分、私達Dクラスは堅実に生きるようにしている。Aクラスの派手人生とは違う。
それに組織に所属してもDクラスではできる仕事は限られる。だから唯一の収入源はなくせない。
「でも折角だから主人公に巻き込まれてみるのもいいかなって思ったの。保険は必要だからかけるけど」
「主人公?」
「そう。佐久間達Aクラスはこの世界の主人公。その近くでモブとして付き合うのも、楽しそうだし。人生いつ死ぬか分からないから」
今回だって、これっきりだったかもしれないわけで。
でもそれでも満足だと思えたのだから、謙虚堅実ながらもやりたい事をやるというのが楽しく生きるコツだ。
「ひ、ヒロインはAクラスとは限らないだろ」
「まあ。そうだね。皆がAクラスじゃ、物語も面白くないだろうし」
色んな人がいるから面白い世界なのだ。それにみんながAクラスでドンパチやってたら、町はめちゃくちゃだ。
「よろしく、佐久間。貴方が誰をヒロインに据えるのか知らないけど、もうしばらく私にも面白い物語を見せて」
私は新しい人生を歩む為に、佐久間に手を差し出したのだった。
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