第6話 無関心の恋6
「本当に全員解放しちゃうなんてね……。凄いけど、誰もいない場所で立てこもっている犯人たちはどういう思考になっているのかしら?」
「……さあ」
考えてみた事もなかったけれど、言われてみるとどういう心境なのだろう。
一人一人地道に開放し続け、現在銀行内に立てこもっているのは犯人のみとなった。彼らは最初から人質いなかったと思っているのか、途中で自分達から逃がしたと思っているのか。それとも、今もいるなんて思っていない……よね?
全ての人質に関心がない状態というだけだから、実際に質問してみないと分からない。そもそもこんな風に能力を使ったのは初めてなのだ。
「全員救出したんだからもういいだろ。手当するぞ」
そう言って佐久間は私の怪我をしている手を掴んだ。どことなく苛立っている様に見える。
「一人でできるから」
「俺は――」
「佐久間。一人でできる」
中々手を離さない佐久間に、手当は私一人で十分だと重ねて伝える。既に血は固まり出血はほぼ止まっているから優先順位は私ではない。
私が強い意志を持って伝えれば、佐久間は怯んだ顔をして、私の手をゆっくりと放す。怪我をしている手だったので、佐久間の手まで汚れてしまった。
「私は佐久間を助けるためにここにいるの。佐久間は今ここから離れては駄目だよね」
Aクラスの佐久間がここから抜けるのは許されないだろう。
これから突入して捕まえるならば、彼は重要な戦力だ。私の事を気にしている場合ではない。
パンッ!
銀行から発砲音が聞こえた。
周りがその音に騒めく。
『犯人からの要望だ。人質を助けたければ逃走用の車を用意しろと』
無線からそんな連絡が私の耳にも届く。
でも人質?
確かに私は全員助けたはずだ。しかし犯人が女性を捕まえ、その頭に拳銃を当てているのが窓越しに見えた。私が気が付かなかっただけでもう一人いた?
人質を見落とすなんて、やってはいけない初歩的なミスに、血の気が引く。
「まだ一人人質が残っていたということね」
「そんな……」
これで完璧だと思ったのに。
自分でもできたはずの仕事ができていなかった事実と、その所為で人の命を危険にさらしてしまっているという現実に私はただ固まった。
なんて言っていいのかも分からない。
「まあ、犠牲者が十五人から一人になっただけ良かったんじゃない?」
ショックで真っ白になっている私に、Bクラスの女が同情するような慰めの言葉をくれた。
でも、たとえ一人でも、それは大切な命に変わりないのだ。もっとしっかりと確認していればという言葉しか浮かばない。
しかし後悔しても現実は変わらず、犯人は人質を盾に今も立てこもっている。
「行くわよ、佐久間。ここからは私達の仕事よ」
「そうだな。影路はここで待ってろ。でもちゃんと、怪我の手当てをするんだぞ? それから――」
「はいはい。アンタは影路のお母さんか。とにかく、人質を傷つけられる前に一気に攻めるわよ」
Bクラスの女と佐久間が銀行の方へと駆け出していく。
私の所為だ。
もしも人質が残っていなければ、佐久間たちはもっと簡単に犯人を倒しに行けた。人質がいればそれだけ困難になる。つまりは二人の命も危険にさらすということだ。
私がもっとちゃんと……でも、本当に私は人質を見落としたのだろうか。
二人を見送りながら、ふと別の可能性が思い浮かんだ。
私が確認した時、間違いなく人質は十五人で、最後の一人を外に出した時も見落としがないか確認したのだ。
人質がいないのならば、もしかしたら犯人が人質のふりをしている?
ふとそんな事を思いついた。
最初に中を確認した時、五人がすごく目立つ場所にいて、後一人が隠れていた。ただ拳銃を向けられている人が、その隠れていた人なのかどうか、ここからでは確認できない。
銃弾の音が聞こえる。
戦闘が開始したのだ。佐久間たちは大丈夫だろうか? 人質を傷つけないように苦戦をしてはいないだろうか? でももしも本当に人質が犯人だったら、佐久間が危険だ。
人質だと思って助けた相手に銃弾で殺される可能性だってある。
「そんなの嫌だ」
佐久間はこの世界の主人公なのだ。死んではいけない――死なせたくない。
私は必死に自分の心を落ち着かせる。そして能力を発動した。
銃弾が飛び交う場所へ向かうのは怖い。私の能力は自分の存在感を薄めるだけのもの。飛んできた銃弾を避けたり弾き返したりすることができるものではない。それにあの犯人たちの能力もどんなものか分からないのだ。
それでも……それでも。
私を必要だと言ってくれた人が、そんな危険な場所にいるのだ。
銀行の建物に近づいた私は銃弾で割れた窓ガラスから中を除く。この瞬間もしかしたら運悪く私の所に銃弾が飛んでくるかもしれない。そんな恐怖心を必死にねじ伏せる。
落ち着かなければ、私の能力は途切れてしまう。
銀行の中は土埃が舞って視界が悪い。佐久間の能力は風を操るもの。中で疑似的な竜巻をつくような事をあらかじめ言っていたので、佐久間がこの土埃を引き起こしているのかもしれない。
どうか神様。
初めて必要とされたんです。Dクラスで、味噌っかすで、この世界のお荷物の私が。だから彼の力になりたいんです。
祈りながら中を覗き続けていると、犯人の姿が見えた。
あれが佐久間たちを窮地に陥れている相手。そう思った瞬間、私は向けてはいけない敵意を向けてしまったことに気が付く。
人質を抱えた犯人が私を見た。そして犯人の持つ拳銃が私の方を向くのがスローモーションのように見えた。
撃たれる前に伝えなければっ!!
「佐久間っ!! 人質なんていないっ!! あれはどっちも犯人っ!!」
大声で叫ぶと同時に聞こえた銃声。
何が起こったか分からないまま私は倒れた。多分撃たれたのだろう。
ああでも。私の事が気になって、佐久間達が戦えなくなっては困る。私はお荷物のまま死にたくない。
だから私の【無関心】の能力を発動させた。
こうしたら、誰も私のことなど気にしない。だから思う存分戦える。
私の心臓が止まったら、流石に能力も止まるだろうから、きっと葬式くらいは出してもらえるだろう。
佐久間。ありがとう。
私は、本当は掃除以外の仕事もしてみたかった。掃除の仕事が嫌いというわけじゃない。でも誰もいない場所で働くのではなくて、誰かに必要とされてみたかった。
それが叶ったのだから、佐久間に風呂を貸したにしては過ぎたお返しだ。
こんな風に満足のいく仕事ができて――そして好きな人を守れるだなんて。私はなんて幸せなんだろう。
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