第5話 無関心の恋5

 佐久間の仕事を手伝う約束をして、そのままやっぱりなかったことにと言われるのを期待していたのだけど……無情にも誰も佐久間を止めてくれなかったらしい。

 私の元に、正式な組織からの依頼書が届いてしまった。

 清掃の仕事をしていたのに、またも佐久間が依頼書を持って現れたのだ。そしてそのまま拉致られるように組織からの依頼現場に到着した。私の上司には既に連絡済みらしい。用意周到すぎる。もしかしたら私の職場情報を組織の誰かが調べて佐久間に渡していたのかもしれない。

 今はパソコンで私の仕事場などの個人情報は管理されているらしいので、ハッカー的な人がいれば一発で分かるだろう。そもそもDクラスの情報を盗もうとする人がいるなんて誰も思っていないので、ハッカー対策はザルに違いない。


「足を引っ張らないでよね」

 そう私に言ったのは佐久間と一緒と同様に組織から派遣されたBクラスの女だ。

 彼女は身体強化能力の持ち主で、凄まじい脚力を持つそうだ。アニメの世界の様にポンと三階ぐらいまでの高さならジャンプできてしまうし、一蹴りで電信柱を折る所を見たことがあると佐久間が言っていた。

 この手の能力者は縦割りの運動部系な感覚な人が多い。なので引きこもりがちオタク系Dクラスの人間は苦手だったりする。下手をするとAクラス以上に認識差が大きい。

 例えば足を引っ張らないでよという言葉だけでも、Dクラスにはかなりの負担なのだ。すでに足を引っ張るのではないかというあらゆるパターンの失敗は頭の中でシュミレーション済み。それなのにさらに言われたら、萎縮するほかないと思う。

 でも運動部系のタイプは、そもそも自分に自信があるのでそんな言葉をものともしないし、彼ら自身がお互い普通に使い合っている。その為自分の言葉がそこまで深刻に相手のメンタルに影響しているなんて思いもしない。

 正直、さっさと【無関心】の能力を発動して、全員の中から自分という存在を消してしまいたかった。


「人質が銀行強盗に捕まっているの。遊びじゃないし、失敗は許されないものよ」

「……分かってます」

 今回の私の任務は、銀行強盗が起こっている場所の中の状況を探るというものだった。相手は拳銃を持っているという話だし、嫌な役回りである。

 何かの拍子に偶然銃弾が飛んで来る事も考えられるのだ。

「大丈夫だって。何かあったら俺がフォローするし」

「佐久間がフォローしたら、役立っているかどうか分からないじゃない」

 まったくもって、Bクラスの女の言う通りだ。佐久間が私の仕事をフォローしたら意味がいない。私が佐久間をアシストする立場なのだ。たとえ期待されていなくても。

 

 それに私はトイレでBクラスの女と一緒になった時に『佐久間が貴方があまりに悲観的で何の能力もないと嘆くだけの鬱陶しい考え方をしているから、貴方に自信を付けさせようとしているの』と言われた。

 なるほど。

 私のうじうじした後ろ向きな考え方をスパルタで直そうとするのが彼なりのこの間のお礼なのかと思う。まあでも、Dクラスの能力を必要だとか言ってくるなんて、それぐらいの事だと思った。

 私としてはそこまで自分に自信が必要だと思わない。でもそれぐらいしなければ、Aクラスの人間はDクラスの人間に助けられたという借りを返せないのだろう。


「じゃあ、行ってくる」

 私はできるだけ平常心を保ちながら、能力を発動させて銀行に向かって歩いた。特にどこかに隠れることもなく進んで問題ないので【無関心】は確かに役には立っている。

 窓にへばりつくようにして中を私は伺った。

「人質の人数は十五人。うち八人が職員で残りがお客。子供は二人。一人は妊婦。犯人は全部で五人……いえ、六人。一人隠れている。突入を試みた場合、多分その人が何らかの攻撃をするのかもしれない」

 私は無線に向かって中の情報を伝えた。

 【無関心】の能力を使っても、私から話しかければ、相手は私の存在を思い出してくれる。


 とりあえず、人質をこっそり減らしていこうと私は自分の手首に持ってきたカッターの刃を近づけ横にスライドさせた。皮膚を焼くような痛みが走るが、そこまで深くは切っていないので、血がそこから噴き出すわけではなくジワリと滲み出て来る。

 まるで自殺志願者のような光景で、あまり気持ちの良いものではない。でも私のつたない能力だとできるのはこれぐらいなのだ。

「中に入ります」

『ちょっと待て。大丈夫なのか?!』

「私は」


 能力を発動したまま入口から中へと入る。

 自動ドアが開き中に入ったけれど、誰も私という存在をおかしいと思う人はおらず、騒ぐ人はいなかった。犯人も人質も皆、普通の光景と誤認し、気にも留めていない。

 とりあえず従業員よりも客が優先だろうと妊婦と子供の額に私の血を付ける。

 血をつけた瞬間、凄く驚いた顔をしたが、私は唇の前に人差し指を置いて黙ってのポーズをした。

「外へ出る」

「えっ。でも――」

「外へ出る事だけを考えて。そうすれば大丈夫だから」

 子供を一人背負い、もう一人は妊婦さんと手を繋いでもらう。そのまま何でもないように私は犯人たちの前を通って、玄関から出た。

 ただ普通に、まるでATMでお金を下ろしてきただけの様に移動する。

 あまり血を使ったタイプの能力発動はやった事がないので、他者の感情の起伏に対してどの程度までカバーできるのか分からない。

 だから混乱を避ける為、少人数ずつ行うしかない。

 そして三人を連れたまま佐久間とBクラスの女がいるところまで来た私は、一度能力の発動を止めた。


「三人をお願いできる?」

「えっ?! いつの間に?」

「というか、手。どうしたんだよ?!」

 佐久間が私の傷に驚き、Bクラスの女は突然私を認知できるようになったため驚いたようだ。

「この間佐久間にしたのと同じことをしただけ。多めに血が必要だから今回は手首だを切ったの」

「切ったのって……」

「佐久間は気を失っていたから楽だったけれど、やっぱり意識ある人間に使うのは怖いね」

 もしも誰かが敵意を一瞬でも向けてしまったらと思うとひやひやする。

「怖いじゃなくて、何かあったらどうするんだよ」

「一応これでも考えている。子供と妊婦を助け出すのは最優先だと思ったからやったの。それに何かあっても、私が盾になるから」

 失敗した時の動きも考えてある。心臓などを守るように防弾チョッキだって着ているのだ。


「盾って。俺はそんな為に頼んだんじゃなくてなっ!!」

「知ってるよ」

 佐久間はきっとそんな事考えていなかったと思う。でも実際に私の能力が役立つのだと思うと、どれだけ怖くてもやらずにはいられないのだ。

 Dクラスは誰からも望まれていなし、誰からも期待なんてされない。生まれた時からずっとお荷物とさげすまれているだけの存在だ。

 だからこそもしもその力を使って何かができる場所があるのならば、たとえ死ぬことになっても使ってしまう。

 自分も誰かの役立てる存在だと、自分自身で思えたら、それは何よりうれしい事だから。


「じゃあ、次は他の客を順番に出していくから」

「待って」

「大丈夫だから」

 焦ったようにBクラスの女が呼び止めた。

 でも私は問題ない事だけを伝えてすぐさま能力を発動させた。そうすれば佐久間も彼女も私に【無関心】になってしまう。

 正直拳銃を向けられるのは怖い。私が盾になることも考えると、一人一人順番に開放するしかないので、時間もかかる。だから余計に集中力も使う。もっと効率のいい能力だったら良かった。でもDクラスの能力なんてこの程度だ。

 それでも今は役立っている。

 私は必死に無心になれるよう心を落ち着かせると、客に血を付け外へと誘導したのだった。 

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