第4話 無関心の恋4
「なあ、影路ちゃんは、他の仕事をしてみたいとか思わないわけ?」
空から降って来た男、佐久間はあれ以来、何故か私の前に現れるようになった。どこで調べているのか、私の掃除の仕事中に押しかけてくる。
私は派遣の清掃員なので、定期的にいろんな場所のお掃除に行っていて、特定の場所にいるわけではないのにだ。
「悪いけど、今は仕事中だから」
「影路ちゃんは器用だから話しながらでもできるだろ?」
今日の私はオフィスの非常階段掃除をしていた。そして当たり前のように現れた佐久間は既にモップ掛けが終わった階段に座り込みニッと笑う。
既に掃除が終わった場所だから邪魔とも言えず、私はため息をつくと、再びモップ掛けを始めた。
「それで、他の仕事とかどう?」
答える気がないという想いは伝わらなかったらしく、再度同じ質問をされた。どうも佐久間は私が掃除の仕事をしているのが気に入らないらしく、色々私の仕事に対しての想いなどの探りを入れてくる。
「別にこの仕事に不満はないよ。給料は少ないけれど、Dクラスの給料はこんなものだと思うし」
Dクラスの平均給料を知っているわけではないけれど、切り詰めれば独り暮らしができるので、たぶんそれほど少なくて仕方がない数字ではないと思っている。保険や年金などは給料から引かれてしまうけれど、逆に言えば自分では払わなくて会社がやってくれているのだからありがたい。
もちろんAクラスの仕事の様にやりがいに満ちて、誰からも尊敬されるものではないのは分かっている。それでも清掃の仕事は誰にでもできるけれど、誰かはやらなくてはいけない仕事ではあるのだ。
だから特に転職は考えていない。
「俺が所属している組織の仕事とかどう思う?」
「組織って、AクラスやBクラスが所属している、国家治安を担っているアレだよね?」
佐久間は、能力を使った凶悪犯罪が起こった時に警察からの要請で制圧に動く組織で働いている。これこそまさに、誰からも尊敬される仕事という奴だろう。
「そうそう。この組織って国が管理しているから、事件の内容によってはAクラスを強制的に手伝わせる権限を持っているんだ。だからそれぐらいなら俺みたいに最初から所属して、それを仕事にしてしまおうって奴が多いんだよ。給料もいいし。でもAクラスって基本力馬鹿が多いからさ、組織に勤める感知系の能力者が少ないんだよ」
「へえ」
Aクラスは自然能力系なので、感知系はBクラス以下だ。戦闘面ではAクラスは無敵に近いが、力のゴリ押しだけではどうにもならない場合もある。だから組織にはBクラスやCクラスも所属しているらしい。
それは分かるが、そこから『どう思う?』の言葉に繋がらない。
いや。話の流れから、何となく着地点は見えているのだけれど、正直その着地はないよねと言いたくなる。
「それで本格的な所属はちょっと不安なら、まずは俺のパートナー的なのはどう?」
「……ベッドはここにはないのだけど。大丈夫?」
「あれ? 何かすごい遠回しに馬鹿にされている?」
その着地点はないという部分に、見事着地してくれた佐久間を、私は冷めた目で見た。
何をどう考えたらDクラスが、そんなエリート集団が集まる組織で働けると思うのだろう。私だけではなく他の人が聞いても、寝言は寝て言えと言うに違いない。
BクラスやCクラスならまだしも、Dクラスが組織に所属しているなんて聞いた事もない。
「馬鹿にはしていないから。佐久間は寝ぼけているんだよね? 最近仕事大変だった? 忙しいのにわざわざ私の所まで来なくていいから」
「大変は大変だったけど、寝ぼけてないから! 影路ちゃんの力なら、スパイ的な感じで的確に情報収集できるだろ? 上司にも許可は貰ってるからさ」
確かに私の【無関心】の能力ならば、誰にも気にされる事なく情報を手に入れることもできるかもしれない。でも大きく感情を揺さぶられた瞬間に消えてしまうのだ。スパイ行為中に私がずっと平常心でいられるかどうかなんて分からないのだから、危険すぎる。
そんな不確定要素が大きい能力を、大切なミッションに加えるとか馬鹿げていると思う。
「……Dクラスが組織に所属なんて前例もないし、無理」
「無理じゃない。俺には影路ちゃんの力が必要なんだ」
真剣な顔の佐久間から、私は目をそらした。
佐久間は本当に心臓に悪い。わざと私の苦手な言葉を使っているのだろうか。
味噌っかす的なDクラスの能力者に『貴方の力が必要なんです』なんて言ったら、誰でも浮足立ってしまうと思う。私達は馬鹿にされたりすることには慣れているけれど、こういう言葉に慣れていないのだ。
少しだけ佐久間と会話して免疫はついて来たけれど、私も所詮はDクラスの女。凄く心惹かれてしまう。ただAクラスやBクラスの人に混じることで、その輪を乱したら嫌だという後ろ向きな思考が残っているから踏み止まっていられるだけだ。
私はDクラスの能力を持って生まれてきてしまった為に、沢山両親や姉に迷惑をかけてきたのだ。ようやく独り立ちできた今、誰かの迷惑にはなりたくない。
「佐久間。私が偶然、貴方を助けるような状況になったから勘違いしているのだと思う」
たまたま【無関心】が使える状況の時に、たまたま佐久間が私の仕事場で負傷していた。偶然が重なったことで使える能力に見えるけれど、本当に有力な能力というわけではない。
「違うって。俺は人を見る目はちゃんとあると思うんだよね」
何処からその自信は来るのか。
なんと言った断れるだろうと私は思考を巡らせる。
「で、その上で、俺は影路が欲しい」
酷い男だ。
分かっていてやっているのだろうか。それともただの天然か。
どちらにしろ、佐久間の言葉は毒のようだ。私の思考をドロドロと溶かしてしまう。引き受けたら大変になることは分かっているのに。
Aクラスだから、こんな酷い事ができるのだろうか。
分からない。
分からないけれど……これ以上はもう、無理だった。
「分かった。一度だけなら付き合う」
一度だけ。
ただ一度でも一緒に仕事をすれば、佐久間もどれだけ馬鹿な事を提案したか分かるだろう。もしくは、佐久間の仕事仲間が前もって止めてくれるかもしれない。……お願い止めて。
「うん。ありがとうな。楽しい職場だぞ」
絶対Dクラスにとっては胃が痛くなる職場だと思う。
憂鬱な気分になる私とは反対に、にこにこと嬉しそうに笑う佐久間を見て、Dクラスの私では端から彼からの誘いを断るなど不可能だったのだとため息をついた。
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