第3話 無関心の恋3
私の仕事が終わったので、一度更衣室に荷物を取りに行った後、男を私の車まで案内した。隣に座ると会話が続かない時にお互い気まずくなりそうなので、後部座席に座ってもららう。
少々年期のはいった中古の軽自動車なので何か嫌味っぽいことを言われるかと思ったが、彼は特に車に関しては失礼なことは何も言わなかった。髪を茶色に染めているけれど 御礼も言うし意外に礼儀正しい。
ただここに来るまでの間、清掃の仕事が寂しくないかとか嫌な質問をしてきたのが無神経かなとは思う。
……何故そんな当たり前のことを聞くのだろう。誰もいない、誰にも認めてもらえない空間で楽しいと感じる方がまれではないだろうか。
だからと言って転職できるかと言われれば否だ。やめた所で、Dクラスに働き場所などない。仕事があるだけマシだと思った方がいい。
不満はある。でも仕方がないと分かっているから、この現実に折り合いをつけようとしているのだ。だからそういう、少し考えれば分かる無神経な質問はしないで欲しい。
そういうのもあり、『無理』とハッキリ伝えたのだけれど、全く理解していなさそうな様子だ。もしかしたらAクラスはDクラスとかけ離れすぎているから、無神経というよりは実情を知らないのかもしれない。
Aクラスの知り合いはいないけれど、仕事は引く手あまただと聞く。攻撃性に優れた能力であるために危険な仕事も多いけれど、その代り危険手当がガッツリ出るそうだ。でもそれはあくまで噂。
私もまたAクラスの職業事情など知らない。
「悪いな。なんか、車まで出してもらって。しかも家出シャワーを借りることにまでなっちまって」
「大丈夫。ついでだから」
車を走らせていると、男の方から話しかけてきた。
どうせ私も家に直帰するタイミングだ。
男の額には、まだ私の血がついているから、それほど人から関心を向けられることはないだろう。でもボロボロの服で頭にガラスの欠片を残した状態で帰すのもなんだか悪い気がしたし、これは自分の気持ちの問題だ。
とはいえこんな時間に見知らぬ男を家に上げ、更にシャワーを貸すとか、姉が知ったら説教されるかもしれないなと思う。
でも相手はAクラス。Dクラスの女に手を出すほど女に飢えているとは思えない。だから貞操の意味では大丈夫と思う。それに危険になったら、私の無関心の能力を発動して、離れてから警察に連絡をすればいい。
Aクラスは優遇されているとはいえ、ここは法治国家。たとえ相手がDクラスでも性犯罪などの犯罪行為を行えば、刑務所行きだ。
「うわっ。今日も誰かが派手にドンパチやってるな」
車を走らせていると、前方で稲妻と炎が見えた。どう見ても自然発生したものではないので誰かの能力だろう。
Aクラスの能力者はこうやって街中で戦闘をすることも多い。でもAクラスのもめ事は天災だと思っているから、誰も止めたりはしないし、そもそも止められない。
「って、おい。迂回しないのかよ」
「大丈夫。稲妻と炎だったら車にものが飛んでくることはないから」
道路のど真ん中で戦っているわけでもないので、私は能力者には気にせず道路を走らせた。
もしもこれが風や土を操るタイプだったら、周りにいるだけで物が飛んできて巻き込まれる事がある。でもその点、雷や炎はその危険はない。
「でもさ、戦闘中に車が走っていると、目障りだって攻撃する馬鹿もいるだろ?……その、Aクラスって血の気の多い馬鹿がいるのは確かだから」
「私の能力なら問題ない」
男は自分自身もAクラスであるからか、申し訳なさそうな顔をした。しかし同じクラスだからって責任を感じる事はない。私だってDクラスの犯罪者がいたとしても、それで申し訳なく思う事はない。
私は自分の能力を発動すると、問題の場所を運転した。
稲妻を操っている能力者は、炎を操る能力者にそれをぶつけようとし、逆に炎を操っている能力者は稲妻の持ち主の周りを炎で取り囲んでいた。
本当にエネルギーの法則などが丸無視された能力だと思う。
二人の能力者は高校生のようで、着ている制服に見覚えがあった。
そんな事を考えながら戦闘場所を無事通り抜けた私は、赤信号で止まる。
「すげぇ……本当に何もされなかったな」
能力を発動したままなのに声をかけられ、私はビクッとする。何で無関心の能力が効いていないんだと思ってから、私の血をこの男に付けたままだからかと気が付く。
……部屋に入ったらすぐシャワーを浴びてもらい私の血を落としてもらおう。
「私の能力は【無関心】だから。影を究極に薄くする能力なの。今は貴方の額に私の血を付けさせてもらっているから分かりにくいと思うけれど」
「血?」
男は額を触ろうとしたが、それによって血が取れてもいいのか気になったのだろう。中途半端な体勢で止まったのがバックミラー越しに見える。
「私の血をつけると、その対象物も私と認識されるからか、影が薄くなるの。ただ私が私を認識できないというのは可笑しいから、貴方は私を認識できるわ。でも血がついていない状態で、私がこの能力を発動させれば、貴方は私に全く関心が持てなくなるはず」
そこにいるのは分かっているけれど、それを知ろうという意識がなくなるのだ。
「へえ。世の中そんな能力もあるんだな。初めて聞いたけど、凄いな」
「それは違う。この能力はDクラスに分けられる程度でそれほどすごくはない。敵意のような強い感情を持った瞬間、一瞬で解けるものだから」
誰かの役には到底立たない能力だ。この国のごく潰し。そう揶揄されても仕方がないと思っている。
「……そうか? でもやっぱりアンタは俺を助けてくれたんだな。わざわざ血をつけたって事はもしかしたら俺が誰かに追われているかもしれないって考えたんだろ? ありがとうな」
バックミラーに映る男はそう言ってニカっと笑った。
ありがとうなんて言葉を貰うのは、何年ぶりだろう。慣れない言葉で顔が熱くなる。薄暗い上に後頭部しか相手に見えない状態で良かった。
きっとこの男にとっては特に気負うような言葉ではないし、Dクラスの私が意識しているなんて気がついたら気まずいだろう。
「ど……どういたしまして」
ドキドキとしつつも、なんとか返事を返した。
それでもその後は何をしゃべったか覚えていない。ただたわいもない、最近の事やテレビの話題などを話した気がする。
アパートについた私は、最初の計画通り、さっさと男を風呂場に入れた。出かける前に掃除を終わらせておいて良かったと思いつつ、脱衣所にタオルと仕事場から借りてきた男物の作業着を置いておく。
そして私は、ひとまず自分の仕事をすることにした。
パソコンを立ち上げると、会社に今日天井に穴が開いてしまった事の報告と、掃除完了のメールを送信する。これで私の今日の仕事は終わりだ。
しばらくだらだらとしていると、男が風呂場から出て来た。作業着を着ていると、Aクラス的なカリスマ性は皆無になるようだ。私と同じ人間に見えてしまう。
「風呂、ありがとうな。そういや、名前をまだ聞いていなかったな。俺は――」
「別にいい。今日限りの知り合いだから」
名前で呼び合ったら、まるで友達のようで、後できっと寂しくなる。Aクラスの彼と話すのは、これが最初で最後だ。
彼とは生きる場所が違うのだから。
非日常はこれでおしまい。明日からはまたいつもの日常だ。
「寂しい事言うなよ。ここから始まる恋だってあるかもだろ?」
「私はDクラスだけど?」
あまり記憶力が良くないのだろうか。……頭を打った所為なのか元からなのか。神は才能を二つは与えてくれなかったらしい。
照れた様に言われても、あまりにあり得なさすぎて照れる要素が見当たらない。渾身のギャグと言われた方がまだ分かる。
「だからさ、Dクラスとか関係ないって。それに俺はアンタの能力は少なく見積もり過ぎだと思うぞ?」
「そんな事ないから」
ほんの数時間一緒に居ただけで私の能力の何が分かったと言うのか。変な期待は持たせないで欲しい。
私はDクラスである自分を何とか受け入れながら、この年まで生きてきたのだ。
「お風呂に入ったなら、帰って。作業服は、この会社に送ってくれると嬉しい」
私は会社から支給されている自分の名刺を取り出し渡す。そこに会社の住所と電話番号が書いてあるから、何とかなるだろう。
「ふーん。影路綾ちゃんか」
「そこは気にしなくていい。上に書いてある住所が会社だから」
「綾ちゃんと影路ちゃんどっちがいい?」
聞いてよ。
流石Aクラス。ノリがフリーダムすぎる。空気を読むことなくニコニコ笑っている。これは自分から折れる気はなさそうだ。
私は仕方がなとため息をつく。
「影路で」
流石にいきなり名前呼びはされたくない。
「オッケー。影路ちゃん。俺は佐久間龍。龍って呼び捨てでいいから」
「佐久間さん。ではさようなら」
私はわずかながらの抵抗をして頭を下げた。
どうせ明日には私の事を忘れるくせに。AクラスにとってのDクラスなどそんなものだ。
「影路ちゃんはつれないな。まあ、でも。男が夜中に一人暮らしの女子の部屋にいるのは色々不味いだろうし帰るわ。またな」
またはないと思うのだけど。
そう思うが、振られた手に、私は気が付けば小さく降り返していた。
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