第2話 無関心の恋2

 この日の俺は、とにかくついていなかった。


 ショッピングモールの天井で追いかけっこをしていた際に、底が抜けてそのまま墜落し気を失ったのだから。

 ただし老朽化が進んでいるショッピングモールのガラスの天井の上で追いかけっこをしている方が悪いと言われればそうかもしれない。追いかけっこをする想定で作られた建物ではないのは確かだ。底が抜けたのは運が悪いのではなく、俺が悪い。それは認める。

 

 でもそんな場所で追いかけっこをする羽目になったのには理由があった。

 俺はこの国で決められた能力階級の、Aクラスに所属する能力を持っているのだけれど、高い階級にいる代わりに面倒な仕事を任されるのだ。今回の追いかけっこも警察が手を焼いている怪盗を追いかけろという命令に従っていたに過ぎない。

 俺の能力は【風使い】で風を操り、空を飛ぶこともできるもの。それもあり、屋上を走って逃げる怪盗を一人で追いかけることになったのだ。

 というか怪盗を捕まえるのは、名探偵とかそういう奴らの仕事だよな。何で盗まれた状態で俺が追いかけなければいけないのか。もっと警察もしっかりしろよと言いたいが、とられてしまったのだから仕方がない。

 

 さらに俺が追いかけた怪盗は本当にふざけた奴だった。

 俺のような空を飛ぶ能力はなさそうなのに、怪盗は屋根の上を平然と走るのだ。

 しかも空を飛んで捕まえようにも、障害物があって上手く飛べないどころか見失いそうな場所を選ぶために、俺まで怪盗の後ろを走る羽目になった。この怪盗には恐怖というものはないのだろうかと思うぐらいの身軽さで、どんどん進んでいく。


「義賊か何だか知らないけどな! 能力を使って犯罪を犯している時点で、その金は薄汚れているんだよっ!! つーか、地面を走れ、地面を!!」

 俺が叫ぶと、コツンと紙が頭にぶつかった。

 攻撃の威力もない紙屑を投げてくるとか本当によく分からない怪盗だ。それでもキャッチしてしまった丸められた紙を開くと、そこには『やーだよ』と書いてあった。走りながら書いたとは思えないけれど、俺の言葉への返事には間違いないだろう。さらにあっかんべーの顔が書いてあるのが余計イラッとくる。小学生か!


「やーだよって、これだけの言葉なら喋れっ!!」

 本当にふざけた奴だ。

 色々行動がふざけすぎていてムカムカしつつも俺はすばしっこい相手を捕まえる為に走る。怪盗の背後に竜巻を作って攻撃もしかけてみるが、ひょいひょい逃げてしまって、まったくかすりもしない。

 もしかしたらこの怪盗は【予知能力】系のなにかを持っているのかもしれない。しかしこればかりは本人に聞くしかないだろう。……ただ【やーだよ】すら紙で書いてくる相手と、会話が成立する気がしない。

 あー、もう。本当に、うろちょろ。うろちょろと!!


「ただから逃げるな、畜生――へ?」

 イライラが募りに募り、周りへの警戒が緩んだ時だった。ショッピングモールのガラス板の上で俺が思いっきり足を踏み込んだ瞬間、バキッと嫌な音が鳴る。それと同時にガラス板が外れた。

 どうやら俺の重みを想定していなかった作りだったらしい。俺は悲痛な音を立てて割れるガラスと一緒に崩れた穴の中へと落ちる。


「てめーの仕業かっ!! 怪盗っ!!」

 落ちながら叫ぶと、プラカートが見えた。

『違うよ。ただの建物の老朽化。じゃーね』

「だから話せ、会話しろ、ちくしょう!!」

 最初から予定していたとしか思えないプラカードを何処からか出した怪盗は、やはり予知系の能力者なのだろう。

 集中力を粉々にされていたため、上手く飛ぶ体勢が作れなかった俺は、それでも自分が助かる為に体の下に風の塊を作った。しかしギリギリで作ったために衝撃を全て吸収することができず、そのまま気を失っていたというわけだ。

 本当に最悪だ。


 俺は自分が落ちた天井を見上げる。……まあ、骨も折れていないようだし、怪我がこの程度ですんで良かったのかもしれないけど、それでもついていない。

 更に、俺の目の前では、仕事の鬼のような女が一人黙々と床にモップ掛けをしていた。

 黒髪を後ろで一つに結んだ彼女は、化粧っけもなく、作業服を着ている。年はたぶん俺と同じか少し下ぐらいだろう。こんな深夜に清掃の仕事をしているということは学校には行っていないのだろうか。

 彼女とはまだ自己紹介もしていないけれど、本人からの申告でDクラスだということは分かっている。

 彼女には俺の怪我を全く心配しない塩対応をされたけれど、ガラスを割って汚してしまったのは俺なので謝った。でも自分がDクラスで俺がAクラスを理由に謝らなくていいと言われてしまったのだ。


 この国には確かに能力による階級制度がある。

 それは知っているけれど、俺はAクラスだから何をやっても許されて、Dクラスだから踏みにじてもいいという考え方が好きじゃない。

 そもそもAクラスとかDクラスとか、同じ能力で優劣を決めるのではなく、種類によって分けられている。だから俺は余計に変に感じるのだ。俺みたいな風を操る能力者同士で競い合うならまだしも、おおよそ土台の違うものと優劣を競うのはなんだか狂っている気がする。

 神様だってそんな優劣を考えて能力を与えているわけじゃないだろう。だから変に卑屈になられたり、逆に階級だけ見て敬られるのは正直嫌いだ。

 そして目前の彼女は、俺を敬ってはいなさそうだけれど、Dクラスを理由に卑屈になっている感じがした。


 だから彼女の仕事を邪魔して、俺がAクラスだから優先に案内させるというのが嫌で仕事が終わるまで待つと言ったのだ。

 そして現在に至るわけだが……。

 それにしても卑屈だけど、本当に俺の事は何とも思っていないんだなというのが、俺の存在をまるっきり無視して黙々と仕事をしているのを見ると分かる。そもそも最初も、正直へこむぐらいショッパイ塩対応だったしな。怪我をしてるのに新聞紙の上でガラスを払って欲しいとか……いや。ポトポトガラスの破片を落としながら歩かれたら迷惑なのは分かる。頭についた破片は優しくとってくれたけれど、やっぱりショッパイ。

 思い返していると、ふと俺の上司を思い出してため息をついた。上司も同じような塩対応をしてきそうだ。優遇を期待しているわけではないけれど、もう少し優しくしてくれてもいいのにと思う。俺の周りの女性はどうしてこんなに俺に優しくないのか。


 そんな事を考えながら、俺は壁にもたれかかって彼女の掃除の様子を見ていた。それにしても能力をまったく使わない仕事というのも珍しい。でも使えない能力とされているのがDクラスなのだ。そもそも自分の能力に合わせた職業選びというのをしていないのだろう。

 でも能力を使わない仕事というのなら、俺でもできるということだ。

「なあ、手伝おうか?」

「いい。これは私の仕事だから」

 しばらく見ていたけれど、手持無沙汰で声をかけると、あっさり断られた。

 相変わらず不愛想だ。俺も最初こそ君とか言ってみたりして、できるだけ優しい言葉遣いを心がけてみたが、今はもう彼女に対して自分の印象を良くしようとするのは諦めた。たぶん彼女は俺が敬語でしゃべろうが、いつも通り喋ろうが変わらない気がする。

 

「アンタ高卒?」

「ええ」

「働いて何年目?」

「一年目」

 暇なので話しかけると、返事をくれた。質問すれば仕事をしていても答えてはくれるようだ。

 なのでとくに深い意味はないが、色々質問をしてみる。世間話をしてもいいけれど、彼女の好みが分からないので、いい感じの会話のきっかけが見つけられないのだ。彼女と俺は何もかもが違い過ぎる。


「この辺に住んでいるの? 独り暮らし?」

「そうよ……貴方は?」

 しばらく質問を繰り返していると、初めて彼女から俺に対しての質問が返ってきた。なんだか、中々懐かない警戒心の高い猫が、こっちを見てくれたような気分で嬉しくなる。

「俺はちょっと離れているな。今日は仕事でここまで来ただけで。仕事で人を追いかけていたんだけどさ、ヘマして落っこちたんだよ。おかげで服も裂けてるし。本当に最悪。最寄りの駅とかこの辺りにある?」

「……ここからは少し離れてる」

「そっか。タクシー呼ぼうかな。上司も交通費ぐらいケチらないよな……って、うげ。携帯忘れた! 最悪」

 ポケットを全て探すが、何処にもない。

 自分のとことんまでついてない状況に、少しへこむ。屋上は走っていたけれど、どこかに落とした感じでもない気がする。だとすると今頃職場に置きっぱなしにしてある鞄の中だろう。

 財布だけは、ちゃんと持ち歩いていたのは不幸中の幸いだ。これもなかったら、本当に泣ける。


「私の家は駅から近いからそこまでなら車で送る。後、その格好で電車に乗るのは迷惑行為だから、私の家でシャワーを浴びていって」

「えっ? いいのか?」

 というか、シャワーって……。いや、言わないでおこう。下心はまったくなさそうだ。ここで機嫌を損ねて、駄目と言われると俺としても困る。

 鏡で見たわけではないけれど、今の俺は人に歓迎されるような姿をしていない。

「ええ。待っていてもらったから」

 どうやらお喋りをしている間にモップ掛けが終わったようだ。彼女は清掃道具を片付けながら俺に言った。いや、待っていてもらったって、俺が案内される方だからお礼を言う方なんだけど。

 しかし気にしていないようでスタスタと歩いて行くので、俺もその後ろをついて行く。


 夜のショッピングモールというのは昼とうって変わって静かだ。マネキンとかもちょっと怖い。これだけ広い空間に誰もいないと言うのはなんだか寂しく感じる。

「なあ、この仕事をしていて寂しいとかないわけ?」

「寂しい?」

「ほら、もっと賑やかなところで働きたいとかさ」

 俺の言葉に彼女は少しだけ無言になった。

「……無理だから」

「無理って何だよ」

 ようやく言葉が返って来たと思えば無理のひとこと。その後はだんまりだ。

 どうやらこの話は嫌だったらしい。俺もこれ以上の返事は諦めて無言のままついて行く。

 折角懐いてくれた感じがしたのに、再び離れてしまったような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る