無関心の恋

黒湖クロコ

第1話 無関心の恋1

 この国に生きる人間は神様から一つだけ【能力】をもらう。

 能力は何もないところから火をおこしたり、相手の心を読んだり、超人的な怪力だったりと実に様々な種類がある。

 そして様々だからこそ、神から与えられた能力は全員が同じではない。ささやかな小さな力から大きなものまである。どうしてそんな差があるのかは誰にも分からないけれど、大きな能力をもらった人は神様から強く愛されているとこの国に住む人は考えるようになった。

 そして人々はその能力の差をAからDの階級で表すようになり、強い能力者ほど高い階級に分けられるようになった。そして階級差はやがて身分差となり、高い階級のものほど優遇される国へとなっていった。


「この世界は、Aクラスの能力者達が主人公の世界なのかもね」

 そう言ったのは、私の姉だった。

 そんな姉が持っていた能力はCクラスの【花嫁の眼差し】。能力内容は、他者の結婚に関する運命を見る事ができるというもの。ようは赤い糸を見る事ができる能力で、予知タイプに分類される能力だ。

 基本的にAクラスの能力は、自然を操るタイプのもの。Bクラスの能力は自然タイプ以外で戦闘能力が強い、または感知能力の高いもの。もしくは自然を操る能力でもあまり力の強くないもの。Cクラスは特殊タイプで、凄く偏りはあるが使える能力のもの。そしてDクラスは特に生きていくうえであまり使い物にならない能力だ。


 そんな私はDクラスの能力で、【無関心】。能力内容は、ただひたすら影が薄いというものだ。元々影が薄いのだが、能力を発動すると、さらに薄くなる。確かにそこにいるのに、認識されにくくなるというもので、透明になるタイプとも違う。ただ単に周りが私に対して無関心となるのだ。

 この能力を発動中は、攻撃もできない。誰かに敵意を持てば、その瞬間能力は消え私の存在は浮き彫りになる。だから使えない能力として分類されていた。


 Dクラスの能力者はみじめだ。

 なれる職業も限られる。この世界で一番多いのがCクラス。次にB、そしてAとDが同じぐらいだ。同じぐらい希少価値なのに、そこにはとてつもなく高くて厚い壁が立ちはだかる。

 Dクラスはまず、結婚もできない事が多い。何故なら、誰も神から見放された血を入れたくないから。兄弟にAクラスとDクラスが生まれるという事もあるので血筋で能力が決まるわけではない。でも嫌われるのが世の常だ。


 そして1人で生きていかなければならないのが決まってるのに、職業もあまりいいものにはつけない。コンピューター関係だったら感知能力者、医療系なら治癒系と決まっていて、清掃などの誰でもできると言われてしまいそうな職業しか残っていないのだ。

 姉はちゃんと私の指からも赤い糸は出ているから大丈夫だと言ったけれど、今思うと幼い妹を慰めるための優しい嘘だったのかもしれない。


「よろしくお願いします」

 小さく掃除道具に呟いて、私は清掃活動に入る。

 私の仕事はビルやショッピングモールなどへの派遣の清掃員だ。だから今日も深夜のショッピングモールをモップ掛けする。

 静かな仕事だ。誰とも話す事がない仕事。だから時折話すという事を忘れないように、私は掃除道具などに話しかける。そして後は黙々と清掃だ。

 時折、音楽関係に恵まれた能力者が作り出した流行りの歌を口ずさみながら進める。

 しばらく掃除を進めていた時だった。突然窓ガラスが割れる音がした。私は口ずさんでいた声を止め、物音の方へ進む。勿論、【無関心】の能力を発動してだ。

 私が敵意を出さない限り、誰もが無関心となるから事件に巻き込まれる事はあっても誰かに襲われる心配はない。

 そして近づいた先にいたのは血まみれの男だった。その周りにはガラスの破片が飛び散っている。本来はないはずの夜風が吹いて、風が来た方見上げた。

 すると綺麗な夜空が見えた。

 どうやら割れたのは天井のガラス板だったようだ。この男はどういうわけか、空から落ちてきたらしい。


 生きているだろうか。

 男の傍まで近づくと気は失っているが胸は上下し一応呼吸はしていた。

 屋上なんかで戦闘をするのは大抵がAクラスである。Aクラスは強い能力を持っている為、多少家屋などを破壊しても国が修理費を保証し、罪に問われる事がない。

 そしてAクラスなら体も丈夫だし、たぶん大丈夫だろう。


 ならば清掃員として、どうするべきか。

 もしかしたら今まさに戦闘が開始されようとしているのかもしれないが、今のところこの男以外は誰もいないし、仲間の声も聞こえない。

 屋根の破損は国が何とかしてくれるとしても、このままガラスの破片を放置し汚したままにしたら上司から怒られそうだ。

 天井の穴が開いた事に関しては報告を入れるとして、とりあえず綺麗にガラスの破片を片付ける必要があるだろう。となるとこれ以上荒らされない為にもできるだけ、戦闘は回避したい。

 遠くから誰かがこの男を追いかけきたら困る。


「気は失ってるよね」

 男の体を引きずつようにしてとりあえず端まで移動させると、私は嫌だなと思いつつ親指の腹を落ちていたガラスで傷つける。ぷっくりと血がにじんだところで、それを男の額に血判よろしく押した。

 痛いし、本当はこのやり方は好きではない。でもこれをしないと男の存在に気づいて誰かが来てしまうかもしれない。逆に言えば、気を失って敵意も何もない男は、私の血をつけるだけでかなり存在感を薄められるのだ。

 私の無関心の能力は、自分の血をつけたものにも作用する。


 私は男をそのままにした状態で掃除道具をとってくると、箒で掃いてガラスの欠片を集めた。能力者同士の戦闘はよくある事なので、天井に穴が開いたとしても、このショッピングモールは明日も営業するだろう。ここで子供が転んだらとても危ないので、私は欠片も残さないように綺麗にする。

「うっ。……ここは――」

 ちょうど綺麗にガラスを取り除けた所で、男の方から声が聞こえた。目を覚ましたらしい。

 見れば頭を抑えながら体を起こしていた。


「待って、動かないで」

 動き出そうとする男を止めた私は新聞紙を広げた。

「アンタは――」

「何処かへ移動するなら、この上でガラスの破片を払って」

「……えっ?」

「そのまま歩かれるとガラスの破片が飛び散るからすごく困るの」

 男は何を言われているのか分からない様子だったが、私はそうお願いする。ようやくガラスの処理が終わったのだ。清掃に特化したような能力者でないので、掃除はできるだけコンパクトにしたい。


「助けてくれたのか?」

「いいえ。ただそこに転がしておいただけ。掃除の邪魔だから。まだ移動しないならそのままでいいけど、でも移動するなら新聞紙の上でガラスの破片を落としてからにして」

「……はぁ。君はここの清掃員なのか?」

「そう」

 私はこくりと頷く。

 こんなに人と話すのは久々だから上手く話せているか心配だけど、何とか意志疎通はできたようだ。男は立ち上がると新聞紙の上でガラスを払ってくれた。

「少し屈んで」

 私は新聞紙の上で屈ませると、男の頭についた欠片をとれる範囲で取り除く。茶色い髪にはいくつかまだ残っていた。もう少し明かりがあると取り除きやすいのだけど、清掃の為の最低限の明かりしか灯っていない。その為すべてを取り除くのは難しそうだ。それに血もついているので、シャワーで洗い流す方が早いだろう。


「もう大丈夫」

「なあ。ここに俺以外の人は来なかったか?」

「いいえ」

「そっか。せっかく掃除してたのに汚して悪かったな」

 ……突然謝られて私はキョトンとしてしまった。どうやら自己紹介をしていなかったので、私の階級を間違えているようだ。

 普通はこんな深夜に清掃の仕事をしているというだけで、察しはつくと思うのだけど。

「貴方はAクラス?」

「まあな」

「私はDクラス。だから謝る必要はない。それに掃除が仕事だから、問題ない」

「待て待て。AクラスだからDクラスに謝らなくてもいいとかあり得ないだろ。そんな差別主義者が周りにいるのか? だったら、俺がそいつをぶん殴って、常識を教えてやるから」

 そう言って、男は右手で拳を作り左手の手のひらにぶつけるしぐさをする。

 不思議な人だ。この世界の主人公なのに、モブキャラ以下の存在を気にするなんて。


「殴らなくていい。それが普通だから。Aクラスは天災。何があっても仕方がない事でしょ?」

「いやいや。普通じゃないって。それにどうやら俺は、Dクラスの君に助けられたみたいだし」

 もしかして頭をぶつけて、頭の回路がおかしくなっているのかもしれない。さっき私は助けてないと答えたはずだけど。

「って、おい。残念そうな目で見るなよ。俺はなぁ――」

「出口は、C館にある従業員通用口か、あそこの穴。じゃあ、新聞紙を片付けるから」

 私が屈むと、男は新聞紙の上から退いた。

「えっと。従業員通用口がどこか分からないんだけど」

「……案内する」

 新聞紙を丸めながら、そこへ行く道を考えたが口頭で伝えるには少し難しい事に気が付いた。だから私は仕事を途中で止める選択をする。

 仕方がない。主人公は天災。その横暴は誰にも止められないのだ。


「仕事が終わるまでここで待ってるよ。アンタが帰る時についでに案内してくれ」

 しかしAクラスの男は遠慮をした。君からアンタに喋り方が変わってしまっているけれど、それでもDクラスの私を尊重してくれている。

 ……やっぱり、頭を打ってどこかおかしくなったに違いない。

「まだそれなりにかかるけど」

「いいって。俺も、今日はもう家に帰るだけだし」

 そう言って男は笑った。気が長い人らしい。

 でも無理に追い出すように案内するのも何か違う気がして、私は頷いた。

「分かった。できるだけ早く終わらせるから」

 こうやって誰かと約束をするのは、いつぶりだろうと考えながら私は再び静かなショッピングモールでモップがけを始めた。

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