第3話


 白い四頭立ての馬車が騎士達に囲まれ王宮の中に入ってくる。その様子を国王は上から眺めている。思えばこの一ヶ月、なんど胃液が逆流したか数え切れない。口の中に酸っぱい味が蔓延してその後喉がもやっとするのだ。食べ過ぎによる胃もたれならまだ良いのだが、これはストレスによる胃もたれだ。仕方無いので主治医に作らせた胃薬を飲みながらやり過ごす。この手の胃痛って回復魔法では治らない様だ。治したところですぐ元の状態に戻ってしまうのである。仕方無いので胃薬として処方された炭酸水素ナトリウムの粉末を飲むことで胃液を薄めてこらえることにする。この薬は一時的ではあるが胃の中の酸を中和する働きがあるのだそうだ。しかし、取り過ぎると塩分取り過ぎと同じ状態になるので一日に使える処方量に限度があるそうである。


 ——そう今日は、大神官の娘を国王の養女として引き取る日なのである。


 侍女が、どのように説明したのか知らぬが王妃かみさんは納得してくれた様である。今は養女として迎える娘の衣装を何十着と取り繕っているようである……が、しばらくしたら魔王に触れてしまうのだよな——先に起こる事態を思い起こすと国王の胸がギュッとしまる。例え神の望みとは言え娘の居ない国王としては、その身代わりとして見知らぬ娘を代理に差し出すのは心苦しいのだ。その横で嬉々としている大神官の脳天気さをみて、溜息が出てくる——こいつは自分の子をなんだと思っているのだ。もしかしてこの色欲坊主は、人の心が抜け落ちているのではないかっとそんな暗澹たる気分になる。いや、昔からあんな感じだったか……神以外はどうでも良いと思ってそうだな。うっかりこの大神官に寝首をかかれない様に注意しないといけないのは余かもしれぬな——と国王は自嘲する。


 ちなみに後に伝わる話では、国王が隠し子を認知すると聞いた王妃は「あの人にそんな甲斐性ないから。おおかた家臣の不祥事を引き受けたのでしょう」と侍女に語っていたそうである。そもそも王妃も娘が欲しかったのだが産まれる子どもは男の子ばかり、確かに国の将来を考えると男子の方が良いのであるが、やはり娘も愛でたいと言う母性は捨てがたいのだ。これから来る新しい養女を心待ちにしていた。



 馬車が入城し、謁見の間に養女がやってくる。


「大義である」


 素っ気なくしてゴメンよ。でもな、掠われるために王女に仕立てあげないと言う負い目があるのだよ。そのような真っ直ぐな目で見られると流石の余も罪悪感に押し潰れされてしまう。ここは王妃に一任することにしよう。だけではない。他にもやらなければ成らない仕事が山積みになっているのだ。主に至高神の気まぐれの所為で——もとい、試練をこなさなければならぬのだ。のほほんとひなたぼっこしている大神官と違って余は忙しいのである。


 余には王女を用意する以外にも行わなければいけない事があるのだ。その1つは勇者付きの冒険者の準備だ。勇者を表から影からサポートする冒険者の存在は勇者と魔王のゲームには不可欠な存在である。しかし、その人数はルールにより人数が定められている。勇者を含めて四人と言うのが最新のルールだ。——となれば三人の冒険者を用意する必要がある。それも勇者に賛同し、勇者に比肩する能力を持ち、陰日向の支えになり得る性格を持つ必要がある。中でも性格は重要な項目だ。西の王国の勇者殺しも魔族に魂を売った勇者の仲間達が指図したと言う。そのような外道は最初から排除しなければならない。ルール上、この面子に魔族が混ざりこむことはあり得ないのだ。ともあれば、かの冒険者達は、自らの意思で勇者を売ったと言うことである。西の王国は腐敗はやはり学校と言うシステムの欠陥が顕在化したものと言えよう。学校と言うシステムは全てを数値化して評価する傾向がある。恐らくこの目でその人格を確認せず、巧妙に邪心や涜神を覆い隠した輩が勇者の補佐に紛れ混んだのであろう。——であれば余はその逆を行うべきであろう。市井なかから人格者の冒険者を探し出し勇者の補助を行わせると言うことである。


 最大の問題はそれを行うための時間が無い点であるのだ。すでに一ヶ月を切っている。神のお導きでもなければ用意すら無理だろう。その話を大神官にすると……。


「その時になれば現れるので大丈夫です」


 ——などと言っていたが。あまりに楽観的過ぎる気がする。取りあえず、王女の教育方針だけでも固めることにしておく。教育方針は、魔王に掠われた後も適用されるはずなので、重要なのだ。方針さえ決めておけば、魔王軍が継続して教育してくれるのだ。これはゲームの規則で決まっている訳である。教育方針に関しては、余り心配する事は無かった。王妃が万全の体制で準備を整えていたからだ。王妃も女の子が欲しかったのだろう、あらかじめ用意されていた様である。


 しかし、組む冒険者となると探す時間が無い。それに見合った聖女や賢者候補が我が国にいない。必要なのは心構えと伸び代の2つであろう。老聖女や老賢者でも良いが、勇者が、それに頼ってしまうのはいけないことである。互いに協力しあえる仲間を見つけなければ成らないのだ。


 これに関しては難航し、結局選考できなかったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る