第2話
「……では我が国から勇者を出せということか?」
大神官から西の王国の惨事の報告を聞いた国王が言葉を紡ぐ。大神官は、西の王国で起きた勇者学校の涜神行為の数々を列挙し、挙げ句の果てに勇者学校の教師や聖女が魔族と通じて行った勇者殺しを含む悪事の数々。それに怒った神の奇蹟について述べる。
――魔族と通じる教師や聖女など信じがたい。が、西の王国が突然滅んだ事は紛れもない事実。神は怒らせてはならない存在だ。涜神行為の末路としては当然であろう。現場を見たわけでは無いので西の王国が実際に涜神を行っていたかは知るよしも無いが西の王国が突然滅んだと一点のみは否定出来ない紛れもない事実で有る。国一つが滅びたのだ。しかもその国民の大半はちりぢりとなり難民となって我が国にも押し寄せている。余はその程度のことも知らない暗愚な王ではない。しかし、このようなタイミングで我が国に勇者の責務を負わせるとは……。西の王国の無能な国王め絶対許すまじ。
大神官の話によれば西の王国の涜神者のルール違反により前回の勇者魔王ゲームは二柱の神の協議の上、仕切り直しと決まったらしい。仕切り直しとは引き分け扱いするのではなく遊戯そのものを無効とし、やり直すと言う意味である。しかし代わりの勇者を用意するにも西の王国は既に滅んでいるため勇者を選出することができない。その代役として我が国に白羽の矢が立ったのだそうだ。本来なら我が国から勇者を出すのは次の次の遊戯の予定だ。おおよそ100年後の話である。本来、当代国王である余の担当では無いのだ。しかし神託であれば逆らう事は出来ぬ。至高神は中央神聖教会の最高大神官を通じて神託をくだす。その神託が大神官あてに届いたのだ。その神託は、今回の勇者は我が国から出せと言うものだ。
――神は余を試される気か……さてどうしたものか……。
国王は理不尽に長嘆息する。神とは何時でも理不尽な存在である。嫉妬に狂い、罪なき罪を咎め、信じないことを罰する。そもそも超人かつ理不尽な存在であるから古代人はその存在を神と呼んだのであろう。国王はその点に関しては達観している。しかし、その様子を見た大神官は、
「我が国の威信を世界に示す好機ですぞ!陛下」
――などと悠長に奇声を発している。すでにいい歳した爺のくせに暑苦しい。勇者も用意するのもお付きを準備するのも国王の仕事で教会は何もしないくせに分かっているのかこの馬鹿神官……などと思ったがすぐに気を取り直す。『為政者たるもの如何なる時も感情をそのまま外にぶつけては成らぬ』亡き先王の教えを心の中で繰り返す。
「ところで大神官、どのぐらい勇者の準備にかけられるのか?」
「半年です。神は急いでおられますゆえ。しかし我が国の信仰神を神に知らしめる大好機ですぞ。ここでゲームに勝てば我が国の繁栄が約束されたものですぞ。教会の供物も増え、贅沢三昧が可能、そうですなそうしたらまず修道……」
「半年だと?」
大神官が途中からおかしな話を始めたので、それを遮る様に国王は驚いた風に言う。
それでは勇者選別すら出来ぬでは無いか。おおよそ勇者になるには適正な年齢があり、通常、その年齢になる前に勇者選別儀をすませておく必要がある。そして国は勇者選別の儀で選ばれた勇者候補を鍛え上げ、遊戯が開始されるまでにある程度の準備をすませて置くのである。神々の遊戯に於ける抜け穴の一つでもある。ゲーム開始時に勇者をレベル1のままで冒険に送り出せとはどこにも書いていないのだ。しかし、我が国の担当は概ね百年後とされるため勇者選抜を行っていない。今回の勇者は西の王国の担当であり、そのために勇者学園まで起ち上げて準備をしてはずであるが——よもや内部崩壊するとはの。国王は思う——恐らく学校と言うシステムで勇者を育てようとしたのがそもそもの失敗の原因であろう。なぜ優秀な師範を用意しても、その内面まで鍛えねば歪んだ勇者が生まれるだけだ――ここで国王は考えを止めた。今考えるべきは西の王国の批判ではなく、今現状をどう切り抜けるかだ、そちらに思考のリソースを振り分けるべきであると——そうして考え直してみると、当面の問題は余に娘がいない事だ。余にはどんくさい息子が三人居るが娘は居ない。とても半年では用意ができぬ。今から子作りに励んでも王女が生まれる前にゲームが始まってしまう。そう、このゲームには王女、つまり余の娘が必要になのだ。それに意味があるか無いかはともかく
「しかし、余にはゲームに必要な王女がいないぞ?」
勇者魔王ゲームのルールとして勇者を輩出する王国の王女が魔王に掠われると言うのは
逆に考えると娘を抱えた国王にとって魔王の側と言うのは、この遊戯に於けるもっとも安全な場所だ。捕らわれた王女は絶対に悪い虫がつかない環境で蝶や花の様に育てられるのだ。その代わり異性耐性が弱く、すぐ勇者と結婚したがるのが問題だが……そのあたりは痛し痒しだ。反面、物語の舞台になるホスト国は一番危険な場所だ。最終的に魔王軍との最前線になる宿命が定められているからだ。遊戯の後半にもなれば国軍総出で魔王軍を牽制し、時には囮になり勇者を魔王城に届ける役割を与えられているのだ。そのために必要な軍備を用意する必要もある。而るに王国に残る事は死を覚悟すると言うのと同義でもある。しかし、人質に出した王女は生き残りが確定しているので仮に国が滅んだとしても最悪魔王に国が滅ぼされてしまったとしても王家の血は残せるのだ。血さえ残れば国の復興も可能だ。西の王国の様に涜神行為を行わない限り。
まぁ良い。国王は思い直す。そもそも魔王勇者ゲームの詳細を知っているものは地上於いては少ない。この国の中では国王と大神官ぐらいであろう。仮に口を滑らしても勇者と魔王の死闘が、イかれた二柱の遊戯だと言って信じる民などそもそも存在しまい。
「それについては我が娘を陛下の養女として差し出しましょう」
大神官が言う。
「それではまるで余が悪人の様ではないか。今回のゲームはイリーガルだろう。余も準備期間があれば王女の用意ぐらいできるぞ。それとも大神官殿には余が臣下の娘を魔王に差し出す畜生にも見えるか?」
「滅相もありません」
しかしその言葉に国王は違和感を覚える。
「……大神官殿、汝に娘は居たのか?汝は独身では無かったのか?」
「恥ずかしながら、私には隠し子が居りましてな……それは13年前の話になりますか……私がまだ若かりし頃、まだ幼い修道女に出会いましてな。その時、神のお告げが降ったのです。そして私は神のお告げのままに修道女に手を出しましてな……その時出来た子どもなのです。しかし、私は神職である身、そのような話を口外する訳にもいかず、その修道女をこの神聖なる神を冒涜する売女めと罵倒し里に帰したのでございます」
国王は呆れた顔をしながら大神官に向かって言う。
「なぁ大神官殿、13年前って汝が60の時の話だよね?それで少女に手を出したの?このうらやまけしからんロリコン野郎。しかも神の名を騙ってそう言うことするのか……今すぐ牢獄に送りにしてやっても良いのだぞ?」
「いえいえ60と言えば、まだまだ若輩でござるぞ陛下。若気の至りすぎませぬ神もお許しになるでしょう。それより今から娘を迎えにいかせましょう。神のお告げで国王の娘として認知されることになったと、さすれば母娘共々喜ぶでしょう。国王はただその娘を王女として認知する以外にすること以外にすることは有りません」
もしかして体よく自分の隠し子を国王に押しつけるつもりか、この色欲坊主。きっと他にも隠し子が多数いるだろうし後ほど憲兵に命じて、必ずかの邪淫暴虐の坊主を取りのぞかねばならぬと国王は決意した。国王に宗教は分からぬ。国王は国の権力者である。政治の音頭を取り、家臣を使い暮らしてきた。けれども邪淫については、人一番敏感であった――取りあえず、そのことは後でも良かろう。この邪淫暴虐の件についてはゲームが終わってからでも遅くあるまい。所詮、大事の前の小事だ。それが政治と言うものである。国王には父は居ないが母は健在だし、かみさんも居る。まだ頼りないが息子も三人居る。だが妹も娘は居ないし結婚の予定も無い。従って坊主の件に関して何一つ急ぐ理由などないのだ。それより、かみさんに説明することを考えると思うと今から胃が痛い。『隠し子がいたので王女として認知する』など言ったら冗談でも一週間は口を聞いてくれなさそうな気がする。これでもかみさん一筋の愛妻家なのだ。しかしゲームの規則上で王女が必須である以上、何かしらの手段で王女を用意しなければならないのは自明なのだ。とは言え戯規規則にはいくつかの抜け穴がある。どこかの捨て子を養女とし王女と言い張るのもその抜け穴の一つだ。その一つを利用しようと言うのが大神官の案である。準備期間が半年しか居ない以上、それ以外の選択肢が無いのだ。せめて後15年あれば……と国王は思う。
――この説明を誰かにやらせるべきか……大神官はあてにならぬな……神の巫女とかそう言うストーリーでうまいこと誤魔化せないかな……。
国王の悩みが増える。そして頭の皺がまだ一段刻まれるのだ。頭髪へのダメージも計り知れない。そもそも魔王に掠われる為、養女にするという言い回しは使えない。二柱の遊戯は最上級の機密事項だ。ゲームのホストとなる魔王と国王そして大神官以外はこの情報を知ってはいけないのである。当然、延々と行われている魔王と勇者の戦いをイかれた神々の遊戯と話しても誰も信じないのは自明であろうが、時々賢く気がついてしまうものも居るであろう。そのため他言するのは禁止されている。もし他言が発覚すれば神に存在もろとも消滅させられてしまうのだ。それ以前にかみさんも許さないだろう。『そんなくだらない事のために養女を取るのですか』と一月は口を利いてくれない自信がある。
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