どこに書くのか

商業小説は、何らかの形で公開され、それによって対価が発生します。どこかの金持ちが「1000万円出すから非公開作品を私だけのために書きなさい」などと言ってくることは……あるのかもしれませんが、ぼくに来たことはないです。


というわけで、短編小説を発表する商業媒体をいくつか挙げます。


■小説雑誌


世の中にジャンプやアフタヌーンといった漫画雑誌があるように、「小説雑誌」もあります。小説が載ってる雑誌です。そんなものがあると知らなかった方も多いでしょう。ぼくも小説家になるまで知りませんでした。たいてい月刊誌で、隔月や季刊もあります。漫画と違って週刊は見たことないです。


こうした雑誌にはだいたい連載小説と読切の短編小説、あとエッセイや書評などが載っています。「○○特集」のように特定のテーマを決めて、それに準じた原稿を集めることもありますし、そうではなく単発的な短編が載っていることもあります。


この小説雑誌というものは、知り合いのある編集者によると「商売というよりも作家さんに締切を与えるためにやる」ものであり、出版社の利益にはならないそうです。その代わり、そこに載せた小説が単行本になることで利益が発生するという仕組みです。


村上春樹『1Q84』でもそんなことを言っていたので、おそらくこれは出版不況になる以前からそういうビジネスなのでしょう。作家の立場では、雑誌の原稿料と単行本の印税が両方もらえるので、ありがたいことです。


■アンソロジー本


アンソロと略します。特定のテーマについて大勢の作家が書く、という形態が一般的です。ぼくが以前参加させていただいた『ポストコロナのSF』は、現状のコロナ禍のあとの未来がどうなるのかを19人の作家が書いたものです。ミステリ業界に目を向けると『ステイホームの密室殺人』というものが出てきます。時代を反映していますね。


書き手の作業については、雑誌とそれほど違いません。原稿料の形態が少し違う程度です。ただこれは雑誌ではなく書籍の扱いになりますので、書店での扱いがけっこう違います。少し古いものでも入手しやすいのが特徴です。


先述した雑誌特集が話題になると、それが書籍版として売り出されることもあります。これも扱いとしてはアンソロ本と言っていいでしょう。


■電子書籍の単話売り


書籍化する分量でない短編を、出版社が単体で電子書籍として売ります。短編新人賞の受賞作がこの形態で売り出されるのをよく見ます。雑誌掲載作のうち1編だけを電子版として切り売りすることもあります。ぼくが経験がないので詳細は省きます。


■小説メインでない媒体


SF系にはそういうのがあります。科学技術系の雑誌にちょこんとSF小説が載っていたり、ちょっと変わったところだと、メーカーなどの企業が出す冊子に「この技術を使った未来」のようなSF小説が載ってたりします。


文字数はごく短く数ページで、どういう人が読むのかイメージが掴みにくい仕事ですが、契約条件が文芸業界の慣例とかなり違い、「見積書」だの「納品書」だの見慣れぬ書類を求められたり、原稿料が異様に高額だったりします。


Twitter でよく見かけるPR漫画のような「PR短編小説」もあっていい気がするのですが、ぼくは見たことありません。そもそも商品のPR漫画はフィクションではなくエッセイ形式なので、「PR小説」というよりもただの「使用体験談」になってしまうせいでしょうか。


■短編集


さて、こうした媒体に継続的に小説を出していくと、やがて1冊分の書籍を出せるほどの原稿がたまります。そうすると、特定の作家の短編を集めた「短編集」が出ます。


小説の短編集では、「その短編集のための新作」を1編以上載せるのが慣例です。著者の作品を雑誌で読んでいる読者に、購入のモチベーションを与えるためです。漫画はそういうことはあまりしません。余ったページにおまけマンガを載せるくらいでしょう。


したがって「短編集を出しましょう」という段階になっても、そこから書き下ろし原稿を書く時間 + 書籍化作業時間(3ヶ月ほど)がかかります。なので「最近この作家は雑誌に短編をたくさん出しているから、近いうちに短編集が出るな」とは思わないほうがいいです。雑誌を買ってください。


ところで、たまに誤解されるのですが「A社の雑誌に書いた短編をB社の短編集に載せてはいけない」というようなルールはありません。ぼくも集英社の『小説すばる』に寄稿した短編を、早川書房の短編集に収録させていただきました。ただルールとは別に業界慣習や道義みたいなものがあるので、あまり無闇にやるとおそらくよくないことになります。

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