妖精、天使か死神
「はい。これはわたしの仕事なので、果たさなければいけません。死者の苦しみをほんの少しでも和らげたい、それがわたしの仕事、使命だと思っています。でも、誰が亡くなるかは、そうなってみるまで、わからないのです」
突然、部屋に現れた妖精のバンシー。
窓は自分の死を恐れた。この家には住民が二人しかいない! 自分か兄。この女の子が本当に妖精で、彼女の言葉をそのまま信じたとしたら。兄妹どちらかが近日中に死を迎えることになる。
つまり……。俺は窓の顔を真っ向から見やる。
「自分が死にたくないから、先手を打って、俺を死なせようとしたってのか?」
あからさまに目を合わせず、窓は無情にカーテンのレース模様を眺めていた。何年も洗濯してないから、白いカーテンは裾の方が黒ずんでいて目立つ。ああ、地味に気になる。年末までには一気に洗いたいな……。いや現実逃避している場合ではない。生きるか死ぬかの局面だ。
「言ったでしょ、2年前から計画してたって。昨日今日突発的に決めたわけじゃないから」
ただ妄想だけしていても、実行に移さなければ罪ではない。窓が直に動いたきっかけは、エリーゼがやってきたからなのではないか?
「普通に考えて、わたしの殺意がエリーゼを呼び寄せたんでしょ」
「あ、あの……」
エリーゼが丁寧に解説してくれた。
「水を差すようですが、わたしたちの仕事に『殺人』は対象外です。突発的でも計画的でも、人間の殺意だけで、『死の気配』は漂わないからです。今回のように未遂に終わることも多いですから」
窓は不機嫌にソファに座り直し、口をつぐんだ。
殺人以外の死因……。
俺も窓も若いし、持病も持っていない。近日中に急病で倒れて突然死、もしくは余命何ヶ月――となる可能性もゼロではないが、限りなくゼロに近いだろう。
とすれば、死因は事故か事件か災害となる。なにかの殺人事件に巻き込まれて命を落とす可能性もだいぶ低い――消去法で考えると、残るは事故だ。
確実に死に至る危険な目に遭うと未来予測できていれば、それを回避する行動を取っていけばいいので、死から逃れられるのでは……?
自然災害を完全に防ぐのは無理だが、少なくとも家の外に出なければ、事件や事故は確実に防げる。民家にヘリコプターが落下して直撃とか、運転を誤ったトラックが勢い余って玄関に突っ込んでくるとか、たまにニュースで見るけど……。
「しばらく家に引きこもって様子見るってのはどうだ」
と俺が言うと、窓は鼻で笑った。
「は? なに言ってるの? わたし出席日数ギリギリなんだよ、留年しちゃうじゃん」
「学校のことでガタガタ言ってる場合か? 死ぬよりはいいだろーが」
「あんたが今すぐ死ねば解決するし」
「たとえ俺を力ずくで抹殺したところで、バンシーがお前に憑いてる場合は、窓もそのあとすぐ死ぬだろ! それだと俺はなに? 単なる無駄死にだよ!」
「うるさい」
窓はドスを利かせた極道女のような声を発する。ヒィとエリーゼが高音でうめいた。なんていうか、3オクターブくらいの開きがあり、俺の耳はイカれそうだ。ただでさえ頭がイカれそうな状況なのに。
「平和な日本で、同じ家の住民が、まったく別々の原因でふたりも同時期に死ぬなんて。それも十代の健康な若者が死ぬなんて、どう考えても絶対に不自然すぎる! つまり、あんたが死ねばわたしの死は回避されるはず!」
「不自然だけどあり得なくはないだろ!」
アワアワ、とエリーゼが首を振り、口論になった窓と俺を交互に見ながらなにか言いたそうにいた。
なんだか可哀想になってきた。べつにバンシーそのものが死をもたらすわけではない。死が近づいてきて、色濃く漂わせている人間に髪を引っ張られるようにしてバンシーがやってきただけだ。
彼ら彼女らは、死を悼むために来てくれているのに、厄介者扱いで忌み嫌われるなんて。
バンシーからすれば、マジでやってられないお勤めだよな……。
「見た目が子どもだからってころっとコイツを信じたわけ? そんなのわかんないでしょ。人の死に寄り添い魂を慰めるバンシーだとか、心温まる泣ける映画にありそうな聞こえのいいこと言って、本当はこいつがほほえみながら人をコロ――」
俺が咎める前に、ジャ、と小さな擦り音を鳴らしてエリーゼは席を立った。立ち上がってもとても小さくて、今にも消えそうで頼りない気配しかない。
「信じてもらえないのは仕方ありません……わたしもこうして人とお話することがはじめてで、勝手がわからないので……。ほんとうにごめんなさい。こんな風にしてご家族の死を予告されて、不愉快で不安になりますよね。でもわたしにとってもこれは運命なんです。この仕事をやり終えるまで、この家の地縛霊のように――ここを決して離れられないのです」
「その件については三日間、わたしがあらゆる方法を試したから実証済みよ。この子を追い出すこともできなければ、殺すのも無理。この子は不死身、どころか、人間界における物理法則の攻撃はいっさい通用しない」
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