23 休戦協定

 ダズマン王国のアルム王国への奇襲いわゆるダズマン=エルマール紛争は正史に残っていない出来事である。しかし、その後の大陸情勢に大きな影響を与える事になった。ダズマン王国とアルム王国の両国が突然、所有権を放棄し自治領であると宣言したからである。誰も所有権を持たないエルフの森は、冒険者ギルドの管轄とされ、ギルドの許可無く立ち入る事が禁止された。


 ――水面下ではメイドとアルム王国、ダズマン王国の間で調整が行われていた。アルム王国側で交渉を行うのはエルマール辺境伯である。国王から、「この件、汝に全権委任する」と書かれただけの紙切れが送られてきたからだ。辺境伯は、今日も胃が痛かった。


 この会談にあたり、御主人様がおっしゃられたのは何者も研究の干渉させぬこと。私はその命を実現する為の案を差し出します。


「エルフの森を未属地とし、冒険者ギルドの許可無しでは入れぬ様にすることか……」


 辺境伯はその文書を見て困惑した。


「そこのメイド……いやミリア殿、この条件で十分なのか?お主の御主人様……ユーティス殿は名誉勲章ものの功績を残しているのだが——希望ならば王宮所属ゴーレム研究所所長の地位を譲ると、アリス導師も申されている。まぁ導師の場合、研究に専念したいから面倒な地位を押しつけたいのだろうが?シーア殿はどう思う」


「ユーティス殿は、導師と同じ匂いがしますので、地位で縛りつけるのは得策では無いと思います。これで良かれと思っているのであれば、それが最大限この国の利益になると思います。友好関係が気づけるのであればそれ以上の益は無いと思います。そもそも導師様すら御しきれていないこの国でそれ以上の代物を受け容れる余裕があると思いますか?」


「そ、そこをつかれると辛いな。良し、これで問題無いと陛下に上奏することにしよう。ミリア殿、我が辺境伯家もエルフの森を我が領が切り離す事には相違はない。一部の冒険商人が反発するだろうが、正直、我が辺境伯領では元々重荷になっている土地でな——出来ればゴブリン退治をやってくださる助かります」


 そもそも執事団の資産では、適合者が現れてからゴブリンの出現数が顕著に減っている。概ね十分の一と言う話だ。この条件を呑む方が恐らく利益になるだろうと辺境伯はソロバンをはじく。


「御主人様の邪魔するモノはゴブリンだろうが容赦しません」


「——なら問題無い」


 これは実質勝利と言っても構わない内容だ。ゴブリンに対する費用が減ると言う事は北部に回せる金が増えると同義だ。ついでに北部の商人共に人参をぶら下げてやれば、南部の開発も進むに違いない——。使い方の分からぬ未知の技術を手に入れるより遙かに利益になる。身丈に合わぬ能力はその身を滅ぼすものだ。それが分からぬ一部の研究者や商人が抗議が問題か。先回りして納得させておかねばならぬな。


「しかし、この内容をダズマンの連中にも飲ませるのか?」


「はい、そうです」


「しかし、あの連中がはい、そうですと言うのかな……」


 目先の欲にくらんだあの間抜けどもがこの条件を呑むとは思えないが——辺境伯は少し心配したが、このメイドなら物理でどうにかするだろうと思った。


※※※


 ダズマン王国には、以下の条件で停戦に応じる事と言う書面が送られてきた。その書面には、森の主ユーティスとエルマール辺境伯の署名が入っていた。森の主(笑)はともかく、今回の作戦が、エルマール辺境伯にバレバレだったとすると大問題だ。


 その所為で、ダズマン王国では継戦派と講和派で喧々囂々の閣議が行われていた。拡大派の軍務大臣は継戦派で、財務大臣が講和派の筆頭だ。開拓派筆頭土木大臣は今回は表に出ていない。今回の講和派は、開拓派だけではなく拡大派の一部も混じっている。ただし現時点では戦争より講和を優先と考えているだけだ、そのため、講和派が数で圧倒するには開拓派が表に出てこない方が都合が良かった。あくまで国家予算が厳しいと言う論調で講和を押し切るストーリーだ。この建前が崩れると軍務大臣が分裂工作を仕掛けてくるのは必然だ。なお、金髪巨漢の大軍師はこの席には居ない。


「ですから、エルフの森に投入した、最新鋭ゴーレム7体だけで国家予算の3割を消費しています。これが1日で藻屑となったのですよ。これ以上、予算の余裕はありません。財務部としては一刻も早い終戦を提案します」


「……しかし、貴重なデータが取れた訳だろ。そのデータを元にしてさらに強力なゴーレムを作成すれば十分元は取れるではないか」


「ゴーレムの作成に一体、何年かかると思っているのですか?今回のデータの分析にすら数年は必要です。畑から沸いて出てくる訳ではありませんし、その分析にも機体が回収出来ていない以上、時間がかかるのですよ。魔道部としてこれ以上の戦争は無意味だと提案します」


 魔道大臣が言う。魔道大臣は拡大派だが、これ以上の戦争は国の破滅につながると恐怖を覚えた。それゆえ一刻も早く講和すべきと考えて居た。


 魔道部に与えられている現在の予算は、国家予算の4割。それが戦争を続けると減らされる可能がある。兵を動かし、ゴーレムを維持する為の魔石、これらに予算が食われて居る現状はあまり好ましくない。実験用の魔石は魔道部の予算だが、戦争用の魔石は軍務部の予算になる。このまま戦争を続けると魔道部の予算が削られ軍務部に回されるだけだ。しかも減らされた予算で同じペースでゴーレムを投入しろと圧力をかけてくるのは必然。ここは一度講和すべきだ――魔道大臣はそう考えていた。


「しかし、それは魔道部が頑張れは良いのでは無いか?普段は我々が汗を流して働いているところを後方で湯水の様に予算の無駄遣いしているだけだろ」


「それは聞き捨てなりませんな。我々、魔道部は不眠不休で研究を続けています。これも予算が少ないだけではなく、人材が不足しているからです。我が国で魔道ゴーレム学を修めた研究者はあまり多くありません。それにも関わらず短期間で強国に押し上げたのは、不眠不休で研究を続けてきた研究者達の努力の賜です。軍務大臣、それを侮辱する気か。魔道部としては、無駄な戦争で疲弊させているだけの軍務部の予算を削り、教務部に予算を配分して、魔道ゴーレム学者を育成して貰う方が遙かに有益だと考えます」


「足りなければ、他国から引き抜けば良いでは無いか?」


「引き抜きに、どれだけ予算が居ると思うのですか?育成した方が結果的には安上がりなのです。その程度の計算も出来ないのですかこの脳筋は」


 そもそも、今回の研究者の中にアルム王国側に情報を流した研究員が居た可能性が高い。引き抜いた人材に軍事機密を扱わせる事自体、リスクが高いのだ。


 閣議は、継戦派と講和派の論争と言うより拡大派同士の内ゲバ状態になっていた。財務部主導のシナリオに拡大派が上手く嵌まってくれたようだと土木大臣はその喧噪を楽しむ様に聞いていた。


 その様子を二人の巨漢が暗い部屋で投影術式で眺めている。一人は大軍師、もう一人は国王カルス二世だ。カルス二世も大軍師と同じく腹がたるんでいるタイプの巨漢だ。二人のだらしない体躯が密着すると暑苦しいことこの上ない。仮に大軍師の暑苦しさを10、国王の暑苦しさを10とした場合、その暑苦しさは10+10で、100だ。決して20ではない。足し算ではなくかけ算してしまうぐらいの暑苦しさを周辺に漂わせていた。控えているメイド達も正直この暑苦しさにはいつまで経って慣れることが出来ず困惑していた。中には息苦しさを訴えて医務室に運ばれたりもする。それぐらい暑苦しいのだ。


「しかし軍務大臣は使えんな。そろそろ総括粛清しようか?」


 金髪大軍師がグラスを仰ぎながら言う。


「そろそろクビか。敗戦の全責任を負ってもらうか……もう少し使えるとは思ったが……代わりの人材の目処は居るのか?」


 国王カルス二世が言う。


「元教務部執務官はいかがですか?陛下」


「もしかして亜人買春で捕まったあいつか?大丈夫か……見た目も頭も悪そうだし、そもそも前宰相ヤスル子爵の女婿と言うだけで出世した奴だろ?」


「そのあたりは情報屋を利用して有力領主を買収すれば何とでもなります。要するに担ぎやすい御輿が居れば良いのであって、能力は必要ありません。むろん余計なパフォーマンスをしたがる馬鹿は除きますけどね」


 情報屋稼業をやっていたこともある大軍師は、情報工作についても造詣が深かった。その内容がエロ本をタダで手に入れようとかエロ小説を斜め後ろから覗き読みする方法と言うくだらない内容なのは機密事項だが、それでもデマを拡散する事において、この国では右に出るものが居ない存在だ。


「しかし、そろそろ奴らが焦れて暴発する頃だと思うのに中々動きませんな。陛下」


「テロで家畜が何人か死んでくれれば堂々と排除できるのになぁ……ヤケに慎重すぎるよな」


 国王は、国民のことを家畜と呼び捨てる。国王の夢は世界征服だ。この程度で躓いてくれては困るのだ。予算や人が足りないなら他所から収奪してくれば良いであろう。軍務大臣にはエルマール辺境伯領攻略に失敗したなら代わりに南部諸国を攻め滅ぼすぐらいの気概が欲しいところだ。同じ戦場にこだわるのは無能の極みだ。そろそろ建設的な閣議をやってもらいたい所だ。


「ところでエルフの森で我が国のゴーレムを倒したのは無名のゴーレム使いと言う噂は真か?」


「確かユーティスと名乗っていたと言う噂が流れています」


 金髪巨漢がカンペを取り出しながら言う。


「なら、そのユーティスをこちらに引き込めぬか?」


「いいえ、それは認めません」


 どこからか、メイドが飛び降りてきて暑苦しい二人の前に立つ。噂を流した張本人でもある。


「そのメイド服、見慣れぬ素材で出来ているな……。お主どこの間者だ」


 刺客かも知れないものを眼の前にして狼狽うろたえない国王は、豪胆と言うべきか、危機意識皆無の無能と言うべきか迷うところだが、恐らく後者だろう。


「私は、ユーティス様のメイドで御座います。そろそろ講和にサインしてくださらないと業務に支障が出ますので、こうして直接お伺いした訳ですが……」


「……ならちょうど良い。ユーティス殿は、私の軍事顧問にならぬか?金も女も好き放題だ。国家予算の4割を出そう」


「4割は流石に無理があるのでは?」


 大軍師が言う。


「無能な魔道部の連中と軍務部の連中を総括粛清すればそれぐらいの予算はでるだろ」


「それは可能です」


「なら話が早い。ユーティス殿はこの条件を呑むであろう。なあ」


 国王はメイドをいやらしい目つきで眺める。中々良いからだをして居るではないか。ユーティス殿はこのようなメイドを侍らせておられるのか。英雄色を好むと言うし、それなりの良いどころを徴収せねばならぬな……などと取らぬ皮算用をしていた。


「御主人様はそのようなことは望まれていません。如何なる事態においてもダズマン王国のエルフの森へ侵入禁止、エルフの森の割譲及び中立化、この条件を即座に飲んでください」


 そういいながらメイドは二人の首筋に手刀をたてる。その瞬間、国王と大軍師は、妖艶な淫魔サキュバスに撫でられたかのようでは無く、死神が突然現れて鎌を振り下ろそうとして居る恐怖に駆られた。


 それほどまでに恐ろしいオーラをこのメイド・ゴーレムが発したのだ。次の瞬間国王と大軍師の股間から暖かいものが滲み出て、床に湯気が立ち込めた。


「あらあら、行けませんね。そのお年でまだお漏らしなどとはしつけが出来ていませんね。……そこでサボっているメイドに世話してもらわなくでよろしいのでしょうか?」


 メイドが茶化す。


「わ、分かった。すぐに署名する」


 逆らったら次は首が飛び跳ねている。そう感じた国王は観念するしか無かった。


「……ではここにサインを……すぐに撤兵させてくださいね。――あ、撤兵させる兵は壊滅してますか。では停戦とエルフの森の所有権の放棄をしてください」


「分かった分かった。すぐ停戦する。大軍師、すぐ軍務大臣をよべ」


「……腰が抜けて動けません。陛下」


「誰でも良い、軍務大臣を呼んでこい。早く」


 暑苦しさにあてられたメイド達は逃げた後で、軍務大臣がやってきたのはそれから小一時間ほど経ってからだった。その間、失禁した二人は蛇に睨まれた蛙状態で生きた気がしなかった。メイドゴーレムは、軍務大臣の案内で閣議に顔を出した。


「それでは言質は頂きました。次は無いと思いくださいませ……。約条を破ったら今度は城を吹き飛ばしますよ。私は夕食の準備がありますのでこれにて失礼させて頂きます」


 メイドゴーレムは終わらない閣議に顔を出し、一喝して終わらせると颯爽に立ち去った。


「エルフの森には、優秀なゴーレム研究者だけではなく有能なメイドもいるのだな」


 土木大臣が言うと


「——違う、あれは悪魔だ……」


 着替えをするために少し遅れてやってきた大軍師が恐怖に震えながら言う。


 こうして、ダズマン王国とエルマール辺境伯は停戦し、エルフの森に一時の平穏が訪れた。


※※※


「御主人様、紅茶の準備が出来ました。あまり根を詰められても仕事は進みません」


「今の作業が終わったら行くから……」


 一日6時間以上作業しても無駄だとは心底理解しているが、調子が乗っている時は中々作業を辞められないものだ。16時間ぶっ通しでより二日に分けた方が作業は早く終わる事は何度も体感済みしているはずだが……と自嘲する。そもそも本音ではサボりたいのだ。どうも常時、監視されている気がして仕方無く作業しているのだ。


「では、1分待ちます。有無を言わさず連れ出しますから」


「……げ……。じゃあ今行く」


 慌ててセーブボタンを押し、ファイルを閉じる。


 主従は昼下がりのティータイムを過ごすのであった。


 なお、射出された巨大ゴーレムは未だに森の中に放置されたままだった。

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しがないプログラマが異世界ゴーレムで無双します。 みし @mi-si

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