22 ダズマン=エルマール紛争

 エルマール辺境伯はシーアを通じて、アリスのまとめた話を聞いた。要約するとダズマ王国が高機動型ゴレームを使い森を突っ切り辺境伯領に奇襲を仕掛けると言うことになる。もっとも敵にバレている奇襲は奇襲とは呼ばないのだが。


「さてどうしたものか……」


「敵が攻めてくると分かっているならばどうにでもなります」


 執事長が言う。


「ゴーレム対策はどうすのだ?森に展開できる手持ちのゴーレムは無いぞ」


「それはどうにかなりましょう。罠に嵌めても良いし、遺跡に誘導しても良いかと……。森の中を動く機動特化型ゴーレムなど落とし穴で十分防げますゆえ。誘導さえできれば十分です」


「そんな簡単に罠にはまるのかのぉ。相手は連戦連勝のダズマン王国だぞ」


「呵々、頭が良いと勘違いしているオーク二匹がトップに立っている国ですぞ。面白いぐらい簡単に罠にはまるでしょうね」


「相変わらずお主を敵に回すと怖いの……。それで派遣すべき兵力は?」


「300もあれば十分かと。最近、森のゴブリンが減っている関係で浮いている軍があります。それを投入します」


「では百人隊3つを与える。ところで指揮は誰が行う。お主は屋敷から動けぬぞ」


「指揮など誰でも良いでしょう。百人隊長の一人に兼任させておけば大丈夫でしょう。戦争と言うのは始まる前には終わっているものですゆえ、指揮官に必要な能力は、冒険しない、過大評価をしない、慢心しないの3つもあれば十分です」


 執事長は素早い差配により、百人隊三つをとりまとめると簡潔な指示をまとめるとエルフの森に送り込んだ。エルマール辺境伯は、相変わらずの凄腕に驚愕する。居なくても防衛上問題無い百人隊を適格に抜き出しているのだ。ジェンガであと一つ抜くと倒れる状態から、更に三つ引き抜いてなおも安定を保っているそのような鮮やかさである。もっともうち1つはあらかじめエルフの森に投入していた百人隊である。


 配下の執事隊も素早く動いた。人員を動かし、こっそり噂を流し始める。その噂は、最良のタイミングでダズマン王国に届く様に計算しつくされていた。《何時》、《何処で》、《誰に》、その情報を流せば良いかと言う事を研究し尽くしていなければ出来ない所業だ。しかも、その噂の内容が大抵の人にとっては、どうでも良い内容なのが余計に怖い。


 その噂は「辺境伯が北の山麓に鷹狩りに出かける」と言う割とどうでも良い内容だった。この噂には《何時》が入っていない。しかし、エルマール辺境伯の執事団は、領邦連邦の主要人物の性格を概ね把握している。先代ならいざ知らず今代のダズマン王が、《何時》を確認せずにこの噂を信じるのは間違いなかった。


 3つの百人隊の案内には《乙女の涙》の四人がそのまま割当られることになった。直近まで森の中を散策していたのがこの四人だからだと言うのもあるがメイドの『御主人様が怖がる』と言う要求に配慮した形だ。


 腐っても《乙女の涙》は上級パーティだ。森の構造を適格に把握しており、3つの百人隊は指示通りに通りに作業を行っていた。《乙女の涙》の私達の出番、この説明で終わりなのと言う声が聞こえそうだが、そんなのお構いなしに地の文は進む。これだけ工兵が居れば多分お風呂も作れると思うよ。良かったねエスティ。


 それはともかく百人隊達は不要な木を切り、偽装用の木を植え、獣道を微妙にずらしていった。全てはダズマン軍本体を誘導するためである。


※※※


「それでは進軍開始」


 大軍師の号令でダズマン軍1000とゴーレムが森に向かって出発する。大軍師デュクシはにんまりと気持ち悪い笑顔を浮かべた。これで我が王国の領土は一気に3倍に増える。そうなればデュケス領邦連邦の再統合も夢ではなくなる。国王が、デュケス大王いやアルム王国も統合したデュケス皇帝に成る日も間近い。金髪オーク野郎大軍師は、その日を妄想しながらブヒブヒと笑い声をがなり立てていた。


 ――辺境伯は当分不在だろうし、即応出来まい。奇襲は必ず成功する。完全に噂に引っかかったオーク野郎は今日も自信満々だった。


 かくして、最新鋭ゴーレムと百人隊十隊が森の中へ進軍していく。


 ――かくして話はプロローグに戻る。


 ダズマン王国自慢の最新ゴーレムは一瞬にしてなぎ倒された。重心の高さが命取りで、なぎ倒された高起動ゴーレムは起き上がれず、空回りしているところを魔道核を停止させられてメイドが回収されていった。このゴーレムは、研究素材に回される予定だ。


「……そ、それで、後はどうすれば……」


 御主人様が戻ってきたメイドに言う。


「黙って見ていればどうにかなるかと思います」


 メイドがニコッと笑う。


 ――これ怖い奴だ……。御主人様の背筋に悪寒が流れる。


「……あっ、それじゃあ、もう寝ていいでしょうか……」


「うーん、御主人様にはまだ刺激が強すぎるかも知れませんね。お休みに成られるとよろしいかと」


「……じゃあ、後よろしく。巨大ゴーレムも片付けておいて……」


「それは、一段落ついてから御主人様がやってください。私ではあのゴーレム動かせませんので」


「えー」


 文句を言いながら御主人様は寝所へ行く。


(御主人様に人の死体は刺激が強すぎます)


 メイドはそう独りごちた。


※※※


 御主人様が、二度寝を開始した頃――。


 ダズマン王国の千人隊は森の中を進軍していた。


「ゴブリンが全然居ないな。こりゃ進軍が楽だぜ」


「おお最新鋭のゴーレムは凄いな。このまま森を突っ切るだけで向こうに出られるのか。ゴブリン一匹出てこないぜ」


 目についたゴブリンをミリアが根こそぎ葬り去ったからだと言うことを知らないダズマン軍だった。そのため遺跡から森へ抜けるまでの周辺地域にゴブリンは近づけない。入ったら族滅するからだ。動物は、わざわざ死に行く様な行動は取らない。わざわざ高いリスクを犯した行動をとるのは人種ぐらいだ。人より動物に近い頭を持つゴブリンも危険地域には近づこうとしない。


「そろそろ、折り返し地点かな?」


 ダズマン軍の動きは、アリスには手に取るように分かった。森にばら撒いた魔導器を通じて覗き見をしていたのである。無論、アリスは、王都のゴレーム魔道研究室に居るので、この様子は現地にいるエルマール伯爵の百人隊は見ることが出来ない。


「随分、間抜けな兵隊だのぉ」


 アリスは研究室で飴をなめながら、その様子を水晶球に映し出していた。


「老師、仕事をさぼっていて良いのですか?その戦争は老師には関係ないでしょう」


 シーアが見たら頭を抱えそうな状況だ。そんな便利なモノがあるなら貸してくださいと言いそうだ。しかし、シーアはエルマール辺境伯領へ借り出されており今は居ない。しかし、この水晶球を扱うにはアリスの高度な魔力調整力、魔力放出持続力そして多重魔法展開能力が必要なのだ。持ち出しても使いこなせるものは世界中に二人居るかも怪しい。


「仕事より見世物を見る方が先だろ。しかし、先程の巨大ゴーレムは凄いな。何しろでかい。そして飛ぶ」


「それってカタパルトで巨大な岩を飛ばしても大して変わらない気がするのですけど……」


「相変わらず、男の浪漫が、わからんやつだなぁ」


「老師は、ロリバ……女性ですよね……」


「今何と言った?」


 研究所内に《ハリセン》が乱舞する。今日も平常運転である。


「うまく誘導されているな……もうすぐ伏兵の居るポイントだろ」


 ダズマン軍は、徐々に北よりに誘導されていた。しかも最新鋭ゴーレムの仕事を信じ切って進軍の速度を通常より上げている。ダズマン軍は、先行するゴーレムが魔物や敵を駆逐していった後を突き進むだけであるから、脇目も振らず一直線に進むだけである。周辺を警戒しながら進むのとでは当然速度が違う。しかも、あらかじめゴーレムが森も切り広げているのだ。隊列を崩さず、渋滞もせず、スムーズに進む事が出来る。当然進軍速度は速くなる。


 ダズマンの千人副隊長はふっと違和感を覚えた。そこで馬を飛ばし、隊長に語りかける。


「この辺だけ、雰囲気が違いませんか?」


「副隊長。臆病風に吹かれたのか?お主らしくもない。ずっと森の中を進軍しているのだから、変な感じがするのはあたり前だろう。それより配置に戻れ」


「しかし、この辺だけは、なんと言いますか……人の手が入った様な感じが……」


 ――と言い終わらないうちに、ダズマン軍に向かって、弓が雨あられと降り注いでくる。


「伏兵か……。しかし、大した数ではあるまい。落ち着いて盾を構えよ」


 隊長は、そう叫ぶが、兵達は突然の襲撃に隊列を乱し、恐慌に陥り逃げようとする兵が出る始末である。やむをえず、隊長は各百人隊に防御陣を引くように伝令を飛ばす。


「敵は、精々百人ぐらいであろう。何をおびえているのだ。早く隊列に戻れ」


 隊長が、そう叫び終わらない内に、横から兵隊が突撃してきた。もとより森の中を縦隊で進軍している兵である。当然縦に長い。その所為で横からの挟撃には弱い。伏兵の突撃で完全に隊列は崩壊し、みるみる内にダズマン軍は切り落とされていく。


 隊長は、軍をたてなおそうとあがくも、前後左右から挟撃されあっと言う間に討ち取られる。お手本の様な包囲殲滅戦だ。


「ダズマン軍の将軍討ち取ったり」


 と言う声を聞いた副隊長は敗残兵をとりまとめて兵を引き上げるが、厳しい追撃を受け、森から脱出した時に率いていた兵は100人を切っていた。ダズマン軍の大敗だった。


 金髪大軍師は、副隊長が戻ってきたのを見て激高し、その首を刎ねる様に命じる。そしてこう言い捨てる。


「これだから無能には軍をまかせられんのだ……」


 自分の作戦ミスを反省せず、軍に全責任を負わせる大軍師だった。

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