19 御主人様はおびえる
森の入口まで駆け抜けていった御主人様を保護して連れて帰ったのですが、御主人様はガタガタ振るえて居る様でした。無意識で全力の付与魔術を使った反動で身体がついていかなかったのは確実ですし、恐らく魔力欠乏気味になっていると思われます。
しばらく様子を見ていましたが、御主人様は、ベッドの上で歯をカチカチさせながら体育座りしていました。時々『……女怖い……』と呟いています。魔道ネットワークにある「饅頭こわい」の親戚では無いかと思います。この年頃は異性に関心が高いはずなのです。まるで発情期の猿の様に——。
取りあえず疲労回復に良いモノを食べさせて、ゆっくりお休みさせてあげないといけませんね——とは思ったもののそれ以外の対処法が分かりませんでした。魔道ネットワークにアクセスしてみましたがこの状況に関して調べる事柄が分かりません。
……まぁ時間が解決してくれるのかも知れません。心も体もお疲れのはずなので心身共にリラックス出来るハーブティでも用意する事しかできなさそうな気がします。
※※※
翌朝。
「あーよく寝た……しかし、なんか冷えるし、土臭い気が……」
森の入口で全裸で寝っ転がっている一人の少女が目覚めた。
「え、なんで裸なの?――覚えてないし」
天然と呼ばれるアリサ・クロザールである。アリサは、その天然ぶりを朝から発揮していた。飲料水と消毒用アルコールを間違えて飲んだ時点で、脳内の短期記憶の機能が遮断。その後の行動は記憶として定着せず、何をしていたのかサッパリ覚えていない状態である。アリサが覚えているのは、水を汲んで戻ってきた後、なぜか素っ裸で寝ていた事実である。
――取りあえず、服を着なければ……それより泥だらけなので、水浴びしてこよう……。
取りあえず、外套で身体を隠し、周りが寝ている間に、こっそり昨日の水くみ場まで行って水浴びをしようと画策してみた。
「おねぇちゃん……」
誰かがアリサの足を引っ張っている。振り返って見るとミーアだった。ただ、衣服が全て脱げおちているのはなぜだろうか?
まだ子どもだし、故郷が恋しいのだろうか?2つしか変わらないミーアを見てアリサは思った。それより、水浴びに行かねば……。まず足をつかんでいる腕を外さないと前に進まない。――だが、腕をはずそうとすればするほど握力が強くなっていく。
――ミーアってこんなに強かったかしら……アリサは、違和感を感じたが。取りあえず、前に進まなければ――と思いそのまま引きずる様に強引に足を動かす。その瞬間、ミーアは寝返りを打ち、抑えて居た腕が足から外れる。その反動で、前のめりにつんのめる。そのまま大地に顔を突っ込んだ。
「顔も泥だらけじゃん……」
「あははは、アリサ、面白い顔しているじゃん」
地面から這い上がるとそこに立っていたのは、すけすけの寝間着を着ているエスティ・マーランドだ。金色の髪をかきあげながら言う。
「昨晩は、大変だったんだからねぇ。突然、消毒液を飲んじゃって裸踊り始めるし、ミーアも一緒になって踊り始めるし、リーナは野生に帰るし――これはいつものことだったわね――しかたが無いから昨晩は、一人で夜通し見張りをしてたのよ。まぁ近くのゴブリンは刈り尽くされていたみたいだから大事にならなかったけどねぇ――それよりさっさと顔を洗ってきなさいよ。ゴブリンと間違えられても知らないから」
エスティは、言い終わると、生あくびをする。
「はひっ」
アリサは慌てて水源までかけだしていった。
「ミーアはもう少し寝かせときましょうか。しかし、酷い寝相だわ。リーナは、いつもの様に木の上で寝ている気がするのだけど……」
夜間は見通しが悪いので、どの木の上で寝ているまでは分からないが遠目で見る限り何処にも見当たらない。そもそも、徹夜明けで目がしょぼくれて良く見えないのだが……。
「エスティの事だし、どこかで狩りでもしてそうね」
しかし、もう限界だ。アリサが起きた事で気が緩んだエスティは意識を落とした。
――数時間後。
「ん、それで大分遅くなったがこれから森の奥へ向かうぞ」
「くんくん、こっち」
「こら、リーナ急ぐな」
エスティがリーナの首をつかむ。リーナは食べ物を前にして『待て』と言われた子犬状態になっている。
「でも、なんかおかしいの」
「どうかした?近くにゴブリンでも居るのか」
アリサが身構える。
「その逆なの。ゴブリンの気配が全くしないの」
※※※
「最初に、この魔道具を適当においておけばいいのね?」
「……依頼に寄れば森の中心あたりにできるだけおいてくれと言う話だ。この作業だけで一週間は見て欲しい。それが終わったら今度は野営地を作る必要があるな。雨がしのげるぐらいの小屋は作らないとキツそうだな」
「当然、お風呂も作るんでしょ」
生あくびをしながらエスティが言う。
「エスティ、それは無理だろうけどねぇ」
「ちぇっ」
「しかし、この魔道具は何なのでしょうか?」
「ミーア、良い質問だ。実は話を聞いたのだがよく分からない」
「どうせゴーレム魔道研究室製じゃないの。変な魔道具しか作らないし、その辺、気にしたら負け」
「魔道具の配置は、ミーアに任せる。私、アリサは前方の周辺の警戒、リーアは高いところから周囲の警戒」
「ほいな」
「エスティは、ミーアのフォローをよろしく」
「言われなくてもやるわよ」
こうして《乙女の涙》の一行は森の奥へと踏み込んでいった。
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