18 冒険者と御主人様の邂逅

「まあ疲れたから、取りあえず。お水」


 ここで言う水は汲んできたものでは無い。汲んできた水をそのまま飲むと腹を下す必要があるので最低でも煮沸する必要がある。実際には煮沸しただけでも何が混じっているか分からないので、更に浄化する必要がある。そのためこちらの水は冒険用に保存性能のある水筒につめた飲用水のことをさす。ちなみに飲用水は携帯魔道具で一晩で水筒を一杯にするぐらいの水を生成することが可能だが、飲用水用携帯魔道具は高いので森で飲用水を得る方法は安全が確認された湧水から得た水を煮沸するか日持ちする水を持ち込む方法が主になる。ちなみに日持ちする水とは果実酒の事を差す。この世界に於いて水は腐るものである。それは水に溶け込んだ不純物を餌にカビや細菌が繁殖すると言うサイクルによるものかは定かでは無いが放置すれば腐ってしまう。一方、果実酒は腐りにくく1年は保存可能だと言うことは経験則によってしられている。度数はさほど高くなく少し飲んだぐらいでは酔っ払わない。


 しかしアリサがつかんだのは飲用水でも果実酒でもではなく消毒用の酒瓶である。消毒用の酒は蒸留酒の一種で、酒精成分の比率も60-70度と圧倒的に高い。上質なものは90度を超える。魔法により水分だけを飛ばして酒精比率をあげる方法も存在するが経済的メリットは低く、蒸留法の方がメインになっている。それはともかく、高アルコールの消毒液をアリサは一気に煽った。一瞬にしてアリサはできあがってしまう。


「みんな酒盛りの時間だぜーー」


 顔に真っ赤にしたアリサが言う。


「リーアも飲む」


 飲みかけの消毒液をリーアがアリサから取り上げ、ぐいっと飲み込む。アリサは、暑いと言いながら服を脱ぎ始めた。酒池肉林と言うより阿鼻叫喚の図だ。


「それよりレッツダンス」


 一瞬でリーアが煽る。野営地で謎の踊りが繰り広げられていた。


「しょうがないわねぇ。この状況で、ゴブリンが出てきて大丈夫かしらねぇ……」


 エスティが溜息をついていた。


※※※


 そのころの御主人様——。


「……んん?」


 どうやら森の入口に居るような気がする。今は、バッテリー切れでヘトヘトの状態だ。呼吸がまともに肺腑の中に入ってこない――ここまでどうやって来たのか当然身に覚えも無い。取りあえず、ここから屋敷の遠くから離れた場所で、メイドとはぐれた事だけは分かった――どうしよう……と思うが頭の中が真っ白である。取りあえず、脳みそに血液を送り込まなければ何も考えられぬ状態だ。


 息を何度も吐いたり吸ったりを繰り返していると徐々に頭の中がはっきりしてくる。そうすると今度は眼の間にたき火をしている様相が見えてきた……。


 ……誰かいるのか?…俺は恐る恐る火の方へ足摺しながら近づいていく。まるで火に飛び込む虫の様に。


 まず目に入ったのは、たき火の周りを踊っている四人の影である。時々「きぇー」「おとこ、おとこ」と言う奇声が発せられていた。


 そこでは四つの影がたき火をしているようだった。しかし、ここはキャンプ場ではない。それは少し考えれば分かることだ。どうやら四つ影が火を囲んで火踊りをしているようだった。この世界の奇習であろうか?そういえば、この謎の世界に放り出してから人らしきものは初めてみた気がする。まぁ、そういうのは居てもいなくてもどうでもいいけど――などと思った。もしかするとここから東に進めば街とかそう言うものがあるのかも知れない……。そうすれば――と思ったが少し迷いが生じる。そういえば太古語がわかるとはいえ、この火踊りをしている謎の人類達と言葉が通じるとは限らないし、仮に街に辿りついたとしてもお金が必要だったらそこでゲームオーバーだ。何しろ自活の手段を持たず、お金も無いコミュ障を必要としている社会などここには無さそうな気がする――どうするべきかと色々な思考が頭の中を空転しつづけけ、そのまま思考がフリーズしてしまう。


※※※


 ……御主人様は東の方向へ駆けだしてしまいました。ゴブリン如きで御主人様が恐慌を起こしてしまうと思いもよらなかった、このメイドの一生の不覚です。ゴブリン退治を優先したのは失敗でした。御主人様の安全確保を優先すべきでした……。象と戦っても大丈夫なぐらいに鍛えてあるので大丈夫だと思っていたのですが、そういえば御主人様には実戦経験がありませんでした。実戦も休日のプランに入れないと駄目ですね。メイドは反省を活かして柔軟な変更が可能なのである。しかしそれより今現在の御主人様の状態が心配。


「しかし、今は反省するより一秒でも早く御主人様を保護するほうが先です。ここ一体のゴブリンは全部始末しておきましたし急がないといけません」


 メイドゴーレムはひとりごちる。周りには100を超える言うゴブリンの死骸が転がっている。それをまとめて火葬しながらエルフの森の魔道ネットワークにアクセスを行う――核の中にエルフの森の俯瞰図が投影され、御主人様の現在地が点滅される。さながら見守りアプリを開いた状態である。エルフの森の中に居る限り、このメイドは手に取るように御主人様の居場所を補足できるのである。


「無意識に強化魔法を発動させるとは流石御主人様です。時速200kmで東方向へ移動中ですか……しかし森の外にでられてしまうと少し厄介です。先回りして捕捉した方が良さそうですね」


 無論、エルフの森の外に出たとしても御主人様の居場所を見失う事はあり得ないのであるが、エルフの森の外側は、エルフの森内ほどに緻密な網は張り巡らされていないのである。当然ながら大まかな居場所は分かっても精度がかなり落ちてしまう。10mも誤差があればそれだけで探す難易度が一段か二段上がってしまう。それは避けねばならない状況なのだ。


「すぐに行けば間に合いますよね」


 ミリアは地面を滑るように移動を始めた。


※※※


(……原住民かな……)


 思考を再起動した俺は考えた。うかつに近づいたら、生け贄エンドだろう……そう思いながら、避ける様に進んで行く。日が暮れててきたので、安全を確保できる場所を探さないといけない。


(……とはいえ、サバイバルとか無理だな……)


 一食抜いても死にはしないはずだし、水だけ確保すれば良いかもしれない。そう思いながら俺はあたりを探索することにした。しかし身体の節々が痛く、鉛の様に重い。身体を引きずりながら様子を窺う。


 バキッ!


 その時、枯れ枝を踏んでしまったようだ。


 奇声を上げている四つ影がその音に敏感に反応する。


「「「「誰っ!」」」」


 酔っているとはいえ、名の知られた冒険者達である。不測事態に対する対処は本能レベルで行われる。四人は音の鳴った方に飛んでゆく。


 四つの影が飛んでくるのを見て俺は恐怖を覚える。膝がガクガクし動かない。その場にへたり込んでゆっくり後ろに下がっていくのが限界だ。そうして居るうちに四つの影がどんどん迫ってくる。四匹の毛の無い雌猿の様な原住民が奇怪な歩き方で近づいてくる。


「ひゃ、おとこのきょひゃゃん……やしぇいのおにいちゃまがはなしぇぎゃいにされているぅーーー」


「たべちゃおう」


「げへへ、おとこ、おとこ」


「相変わらず、はしたない人達ですねぇ……」


 謎の力さんがバグった様で、恐ろしい呪詛の様なモノが聞こえてきた。もしかして、このままこの原住民に食べられエンドなのか……肉体的に食べられるのか性的食べられるのか知らないが……前者なら食人を文化にする原住民がこのあたりにすんでいるのだろう、後者ならば太平洋上にあったと言う成人の儀式に女性が通り掛かりの男性を襲う風習がある島が存在したが、この世界にはそれと同じ風習があるのかも知れない。どちらにしても恐怖で身体が痺れてもう動かない。顔をうなだれて身を硬くする。どうやら、この世界は鬼婆みたいなのが跋扈している世界らしい。最初に森の中に居た理由ってそう言う訳なのか、などと考えて居ると——。


「御主人様。探しましたよ。まったく強化魔法が使える様になったとはいえ、一気に200kmも駆け抜けるとは無茶しすぎです。それだけ無理矢理魔法を使えば身体がボロボロでしょう。今日は、すぐお風呂に入って休みましょう」


 四つの影の間にメイドが割って入る。メイドは御主人様の右手で背中をつかむと四人の中に飛び込み、左手で手刀をたたき込む。次の瞬間、四人はその場に倒れ込む。


「……この奇妙な連中どこかで見た記憶がありますね」


 メイドにとって、それはどうでも良いことであった。御主人様をお風呂に入れ、暖かいベッドに寝かせることが最優先なのだ。速やかに優先順位を決めたメイドは御主人様をつかんだまま、屋敷の方へ最高速度で走りさっていった。

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