15 御主人様は森を探索する

「御主人様、重要な注意事項です。仮に森の中で見知らぬ人に出会っても着いていってはいけませんよ」


 そういえば今の俺の見た目は年端もいかない子どもか……。しかし、その見知らぬ人について行けばここから逃げるチャンスではあるな。しかし、その見知らぬ人がこのメイドより極悪な可能性も有るわけだな……。奴隷に売り飛ばされたり、人体実験の素体にされたり……であればまだ手口が分かる現状維持の方がまだ安全か……。俺は打算する。


「……はいはい分かってる」


「それから、御主人様には翻訳術式が埋め込まれています。見知らぬ言葉でも話が通じる様になっています。この翻訳術式、魔道ネットワークとはつながっていないそうです。独立駆動型スタンドアロンだそうです。御主人様が記憶している言葉と聞いた言葉を結びつけ学習を行い自動翻訳を可能にすると説明書にはあります」


 簡単に言うと翻訳AIだ。それも見知らぬ言語をスタンドアロンで自動学習し翻訳してしまうと言うかなり高度なAIの様だ。謎の力さんの正体は、どうやらこの翻訳術式らしい。……ところでこの魔法、何時の間に俺の中に装填インストールされたのだ。森に出現する前の記憶無い時間帯と推測は出来るがまあよい。そもそもこの世界が現実であるとはまだ確定しない。単純にゲーム製作者の都合かも知れないのだから。


独立駆動型スタンドアロンになっているのは、脳と魔道ネットワークを直接接続するのはプライベートの侵害だと言う声が大きかったと言う理由が書いてありますが……なんでしょう……」


 この部分、メイドも何でこのような記述があるのか不思議そうに口にしていたが、要するにこの翻訳術式がスタンドアロンで動作するのは攻○機○隊みたいな世界はゴメンだと言う太古人の世論に配慮した結果とみたいだ。――ここからは推測だがメイドゴーレムは常時、魔道ネットワークと接続している為、その状態が普通と認識しているのだろう。俺も外部記録装置を脳の外に置いて使えるのは便利だが、自分の頭の中を覗かれるのはゴメン被りたいと言う心情はよく分かる。内心の自由は守られるべきだ。


「ちなみに、この森はエルフの森と呼ばれています」


「……そうするとエルフが住んでいるのか?」


 そうすると、森に入るといきなり弓矢で撃ってくる気むずかしいイキリ耳長種族が住んでいるのか……。突然、魔法や矢が飛んでこないか警戒しなければ……。


「いえ、資料によればエルフの森とは呼ばれていますが、ここ5000年間はエルフが住んでいたと言う記録は存在しません。むしろゴブリンの巣窟になっています」


 エルフじゃなくて、ゴブリンですって、脳内が弓を持ってこちらを睨んでくる耳長金髪姉ちゃんの代わりにエロゲーやマンガなどで出てくる緑色の小さな孕ませおじさんの姿が上書きされて行く――辞めろ……。俺の妄想を誰か止めろ。


「ゴブリンは単為生殖なので性的に襲われる事は無いので安心してください。ただ餌になる可能性はありますので捕まらない様に注意してください」


 ……それ、何も解決してない気がします。


「それから、これは、お昼に食べるビスケットになります。私は魔力を補充すればいくらでも動けますが、御主人様は魔力で動く事が出来ませんから、ちゃんと食べないといけません。疲れている時は糖分の補給は必須です」


 ――などとカンパンらしきものを渡される。……ちなみにビスケットはラテン語の二度を現すbisーに料理したものを差すcocusをつなげたbiscocusが語源であり、二度焼いた堅いパンを差していた様だ。フランス語ではビスキュイと読む。cocusは英語のcookの語源でもある。クッキーは実はcookが語源ではなく固めたものを差すcakeが語源だ。もう少し丁寧に説明するとビスケットの語源をたどるとラテン語、クッキーはゲルマン語になる――ちなみにビスケットはアメリカ英語ではスコーンの様なものをさし、イギリスではクッキーを差す。これ以上書くと言語警察グラマー・ナチスが突っ込んできそうな気がする……やはり警戒は怠らないに限る。ここが現実と確定していない以上、場外からの遠隔攻撃すらあり得るのだ――などと気を引き締める。


 ――相変わらず、どうでも良い記憶だけ思い出してくるらしい。自分の名前は思い出せないのに……。


「それでは森での注意事項です……」


 メイドが長く退屈な注意事項を読み上げていく。これが学校であれば昼寝タイムである。大体、先に冊子を渡しておいて、それを朗読しているだけである。冊子を先に渡して、それをいちいち読み上げられても教師が読み上げる速度より、冊子を読む速度が10倍ほど速いので全く耳に入ってこないのだ。しかし、今の御主人様は真剣である。一応真剣に聞いていた。問題は、読み上げ終わるとすっかり頭から抜け落ちている点である。


「――と言う事です御主人様わかりましたか?」


「……は、はい。分かった……」


「それでは『エルフの森探索規約』第14条はなんでしょうか?」


 ちょっとまて、『エルフの森探索規約』なんて話していたのか?そんなものは記憶にない。取りあえず適当にでっち上げて返してみる。


「……あ……んードラゴンにあったら逃げ出す?」


「御主人様、不正解です。話を聞いていませんでしたね……これでは先が思いやられます。第14条は、森の奥でゴブリンに出会ったら気がつかれる前にその場を立ち去るです。森の奥に住んでいるゴブリンは大体大きな集落で最低でもゴブリンナイトからゴブリンロードが居ますから、単騎で突っ込むのは危険からですね。勿論ゴブリンキングを拳で殴り殺せるぐらいなら関係ないとは思いますが……御主人様は精々象と五分五分ですから、第14条を守ってください」


「……ところで、ホントは『エルフの森探索規約』など話して無いだろう」


「はい、そもそも話していません。どーせ聞いてないと思ってブラフをかましただけですよ」


 性格悪いな……このメイドゴーレム。


「それでは、お気を付けていってらっしゃいませ。私は、草葉の陰から覗いて居ますから」


「……草葉の陰ってどこにあるんだよ」


 幽世かくりよを意味する単語じゃねぇか……ゴーレムでそもそも生きていないからあの世にはいかない気がするのですけど。


「ほんの冗談です。迷われると探すのが大変なので、ついて行きます。それではお外に行きます。御主人様」


 メイドゴーレムの先導で屋敷の出口に向かう御主人様は面倒だから家で本を読んでいたいのにと思っていた。そもそも太古語で書かれたドキュメントを読み解くのに時間がかかっており、特に基本になる技術体系を読み解くのに時間がかかっているので、少しでも多く時間を割きたいと思っていたところである……しかしながら完全週休二日、時間厳守を厳命されているので調子が良い時も強制終了になってしまうので、そこが心残りになっているのである。最近は週休三日に移行するとまでいっている。


「そう言う時は、気分転換です。外の空気を吸うだけでも頭のコリが溶けますよ。入り込んでいる時ほど周りの事が見えなくなります。そう言う時は一度そこから離れて頭の中を空っぽにするのです。そうすれば、物事を俯瞰的に見られますから、今まで気がつかなかった事に得てして気がつくものです」


 ――このメイドゴーレムがどこかで聞いてきたような事を言っている気がする。


「これもどこかしらの知識ですよ……私は、そう言うふうに作られていますので……」


 ――何故に心の声が聞こえるのだと御主人様は思った。

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