14 御主人様は試験を受ける

「それでは先週いったとおり試験を受けてもらいます」


「……なんの試験でしたか……記憶にございませんが……」


「先週、自己強化術式も試験をすると言いましたよね」


「……はい」


 メイドゴーレムの圧に負けて御主人様は思わず頷いてしまう。


「これが出来れば外出出来ますから。この森の中には怖い魔物が沢山居るのです。私がついて居ますが、隙を狙って御主人様を攻撃してくる可能性も否めません。その時最低限身を守る術をつけていただけなければ外に連れ出せないのです」


 ……確かに魔物に食われてエンドは余り嬉しくない。痛そうだし、それにここから逃げ出すにはその魔物から逃げ切れるだけの速度かパワーが必要なのか……そう言うの向いていないんだけどな……と思う御主人様であった。


「それでは、地下の格納庫を50周ほどしてもらいます。強化魔法を使えば一瞬で終わると思います」


「……やりません」


 ――如何にも頭の悪そうな教師が考えそうな事には流石に断固反対させてもらう。なぜ教師が頭が悪いのかは永遠の命題である。そもそも頭が悪いから教師になったのだろうか……いやいや答えの無い命題も考えても時間の無駄だ。俺は思考を強引に断ち切ることにした。それより……以前、無意味に10周走らされた記憶があるのですがミリアさん。


「……まぁ、それは冗談です。ちゃんと計測器がありますのでそれを使います。付与魔法計測器は、元の肉体から付与魔法でどの程度強化可能か計測できる魔道具です。走って計るなど、そのような原始時代の手法で付与魔法が使えるかなど分かりません」


 メイドに連れられていったのは、地下10階だ。地下10階までは勿論エレベーターを使っていく。エレベーターのドアに魔法が流れ、静かに開くのを確認すると箱の中に乗り込む。地下10階のボタンを押すと箱全体に魔法が流れて、静かにエレベーターは落下していく。そもそも元の世界のエレベーターは籠をヒモで引っ張り上げたり、降ろしたりする装置で、そのうちワイヤーを巻き上げて動かす様になったのである。籠を滑車とロープで上げ下げする機構のエレベーターは紀元前には存在しているし、小さな籠を降ろしたり引き上げるのは中世の高い建物でも行われているので別段、剣と魔法の世界にエレベーターが存在するのは不思議ではない。ただ人力で動かしていたので人を持ち上げるのが大変なのだ。エレベータと言うものはこの籠を引っ張りあげる力を魔法で実現出来さえすれば転移魔法を使うより安全かつ合理的であり、魔力消費量も少なく実現可能な魔道具なのだ。しかも滑車を上手く組み合わせればより小さい力で可動可能である。


 エレベーターの駆動魔法は魔力そのものより細かい制御の方が重要になる。自由落下に任せると床面に激突し、強い力で引き上げると天井にぶつかって中のものもろとも籠が破壊されてしまうのだ。そうならないような安全装置が必須になる。3000年も経たこのエレベーターがちゃんと動くのは、安全装置が機能していることをゴーレム・メイドがあらかじめ確認しているからでもある。


 地下10階。ここには様々な計器類が並べられているエリアだ。


「まずは肉体硬化からいってみましょう」


 付与魔法の自己強化術式は、自分の体内を意識するところから始める必要がある。最初に虚空の中に心臓の鼓動だけが鳴り響いているイメージ。そこから内側から精神と肉体を覆い被せて器を作っていく。そこに魔力を身体を循環する様に流し込む。魔力の起点は臍より少しの部分、そこから体内を一周回すイメージを繰り返す事――と言う自己強化術式の方法の説明が石板タブレットに書いてあったが、これって魔法と言うよりでは無いかな……。


 ――細かいところを気にしても仕方無いか……。もうツッコミが追いつかないし。


 御主人様はそう呟きながら体内に魔力を循環させる。そして循環させた魔力を硬化に回す。硬化は割とイメージが簡単だ。身体の筋肉をぎゅっと引き締めるだけだ。拳を握る感覚といっても良い。そのため、自己強化術式の中でも一番簡単な位置づけになっている。その状態で計測器を握りしめた。


「御主人様、力は入れなくていいです。両手を軽く触れるだけで十分です。計器が測定するのは筋力ではなく付与魔術の強化量ですので体内に流れる魔力量を調べます」


 ――要するにこれって体組成計みたいなものじゃないのか?――どれだけメタボか調べる奴、形もソックリだし……。御主人様は計測器を眺めながらそう思った。御主人様が両手で計器を握って台の上に載ると数秒後にビープ音がして、計器の表面に数字が浮き出る。


「――9000パルクですか。及第点ですね」


「……ところでパルクってどういう単位だ?」


「肉体の強化基準ですよ。1万パルクあれば、象の突進にも耐えられます。少し惜しいです。1万パルクで象と素手で戦えます」


「……この辺に象っているのか?」


 ――そもそも突撃する象と素手で戦おうとする人間って居るのだろうか?――疾走するアフリカゾウは時速40kmほどにもなる。体重は4から7t。小型トラックと真正面から対決するのとかわらない。


「もちろん、この辺に象はおりません。もしかすると竜に突撃される可能性はあるかも知れません」


「……で、竜の突撃に耐えるにはどれぐらい必要なのだ?」


「――恐らく100万パルクでしょうかね……。あと100倍ですね。それぐらい御主人様なら気合いでどうにかなる数字ですよ」


「……そういう生き死に関わることを精神論で片付けられても困るのですけど……ミリアさん」


「……そのあたりはおいおいどうにかすることにして、速度強化と攻撃強化も調べますよ」


「……は、はぐらかす気だな……」


 ――だが、メイドゴーレムは、御主人様の話を華麗にスルー。そのまま次の検査魔道具まで御主人様を猫のように運んでいく。


 ……


「――大体及第点ですね。竜と戦うには後10倍ほど気合いが必要ですが、象とは互角に戦えそうです。御主人様よかったですね。あとは付与魔法の練習するだけです」


「……よくねぇ」


 そもそも象と戦うシチュエーションってなんだよ……。


「……と言うか……外に居る怖い魔物って何だ」


「鹿とか熊とかゴブリンです」


「……ゴブリンはともかく、熊は怖そうだな……」


 人の肉の味を覚えた熊は小さい集落一つを滅ぼすぐらいの脅威になる。大将時代の蝦夷地に三毛別羆事件と言う事件があり開拓民を七名殺した事件がある。その熊を狩るために200人もの討伐隊が組まれたぐらいだ。もっともその熊はヒグマで、本州に住んでいるツキノワグマでは無いが。ヒグマはツキノワグマよりも大きくて強いのだ。


「何をおっしゃります。今の御主人様なら熊ぐらい拳一発でのせますよ。付与魔法の練習を行えばですけど」


 ……これ、もうジャンルが違わない?そう言う脳筋系とは関わりたくないのですけど……。


「……あの……ミリアさん」


「私の事は、ミリアと呼び捨てでお呼びください御主人様。それで何か御用でしょうか?」


「……熊を一発でのせると言うのはどういうことでしょうか?それも物理物理ででしょうか?……」


「字義通りです。大体、この世界は竜みたいな生物がゴロゴロしていたのですよ。太古人がそれらと互して生き残るには熊や象ぐらいは拳一発で倒せなければ行けないではないですか……もちろん、私は、それを知識として持って居るだけですけど」


 なんかこのメイドさん……太古の知識を何かと言い訳にしている気がします。そもそも、それだけ人間が強かったら熊とか鹿は太古の時代に滅んでいそうな気もしますが未だに熊も鹿も滅んでいないですよね。


「それでは今から森の散策に出かけましょう。強化術式の練習は今後は続けてくださいね。今の100倍強化する必要ありますから……」


 ……なぜ竜と互角に戦えるまで訓練する理由が分からない。そもそも屋敷にひきこもっているインドア派に、外で戦う機会など無いと断言出来る。ならば、このメイドを暴走させているのか突き止める必要があろう――などと御主人様は考える。

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