13 冒険者達は依頼を受ける

「しかし、それだけ腕利きなら依頼を受けないのはなんでだろうな」


 メイドが立ち去った後の冒険者同士の会話だ。


「彼女は街には住んでいないらしいね。それから週一回しかこれないから時間のかかる依頼は受けられないので素材持ち込み専門らしい」


「本業もメイドなんだな」


「まぁそうなんだろう。メイドの仕事の片手間に冒険者稼業をしているのだろうねぇ」


 冒険者達は勝手に納得していた。


「告知と飛び込み依頼だ」


 ギルマスが依頼ボードに新しい依頼と告知をその巨体をかがめながら貼り付けている。如何にも窮屈な格好で見た感じは滑稽だ。


「依頼はともかくエルフの森の遺跡に関する布告は重要だからここに来ていない連中にも伝えてくれ」


「……エルフの森の奥にある遺跡に立ち入り禁止ねぇ。まぁあそこまで辿りつけないから俺には関係無い話か」


「ゴブリン相手に苦戦しているようだしな」


「苦戦したのは普通のゴブリンじゃなくてロードだ。Cクラスでも簡単に勝てる相手じゃ無いんだがな」


「だがそれでは、この依頼は無理だろ」


「この依頼って、もしかしてエルフの森の中心部近くで一月以上野営しないと行けないのか……。腕が確かで金銭に余裕のある冒険者じゃないと無理だなこれは……」


「必要な物資は辺境伯から補給されるらしいけどな……」


「……にしても森の中で一月は無理だな。果たして森の中央にはゴブリン・ロードが何体出てくるのやら……」


 ゴブリンは数が増えると上位個体に進化するものが出てくる。概ね進化の順番で、魔物生態学者はゴブリン、ホブゴブリン、ゴブリン・ナイト、ゴブリン・ロード、ゴブリン・キングと分類している。ただ、これは原則に過ぎず狼に騎乗するゴブリン・ライダー、魔法を扱うゴブリン・シャーマン、ゴブリン・プリーストと言った変異体も存在する。一般的に進化したゴブリンは身体が人間の子ども程度の大きさから一回りも二回りも大きくなる。キングクラスになるとオーガやトロール並みの巨躯まで成長する。ここエルマール辺境伯では早めのゴブリン退治政策が上手くいっているため10年以上ゴブリン・キングは現れていないが……。ちなみに、ゴブリン・キングがさらに進化するとはゴブリン・エンペラーになるのでは無いかと言われている。ここまで行くと魔王に匹敵するのではないかと言われているがゴブリン・エンペラーが出現した記録は幸か不幸か存在しない。


 一つの群れのゴブリンが大きくなるほど当然進化が起きやすい。ナイトは五〇匹以上、ロードは二〇〇匹を超えるゴブリンの群れで発生しやすいとされている。つまりロードが生まれないようにするには群れが大きくなる前にゴブリンの巣を探し出し根絶やしにすれば良いのだ。しかし、エルフの森の奥の方は人の手が余り入って居ないのでどのレベルのゴブリンの巣があるか不明である。森にはゴブリンを補食する魔物も多く棲息しているので大きい群れが出来にくいのでは無いかとは言われているが……それでもロードクラスは割と発生している。


「……そう考えると、この依頼は俺には実力的にも無理だな」


 その冒険者は別の依頼を手に取った。こちらはエルフの森からかなり離れた村の近くのゴブリンの巣の定期駆除の依頼である。辺境伯の兵は手が足りていないので、こうした依頼が定期的に冒険者ギルドにやってくるのだ。


「ん、新しい依頼が出ているな」


 冒険者が掲示板を立ち去ると順番待ちしていた新しい冒険者が新しい依頼を眺める。年頃18前後の女剣士だ。中肉中背。瞳は黒。茶色の髪を後ろで束ねてポニーテールに。革の鎧には剣を指している。名前をアリサ・クロザールと言う。この界隈でもちょっと名の知れたパーティ《乙女の涙》のリーダー(仮)である。


「あ、これ面白そうじゃん。アリサ」


 弓を担いだ女の子と言うより少女――リーナ・リムネスが掲示板を覗き混んで言う。小柄で短い青銀色の髪をしている。しかし弓は背丈に合わない大きさの長弓だ。もしかすると人が弓を担いでいるのではなく人が弓に引きずられているように見えるかもしれない。しかし掲示板は少し高い所にあるので、リーナはつま先立ちである。


「えっ、でも、一ヶ月以上森の中だよ。お風呂に入れないじゃん」


 杖を持った更に小さな女の子――エスティ・マーランドがやはり、つま先立ちしながら依頼を覗き混んでいた。エスティは、金髪の髪を腰まで伸ばしていて、瞳は金と紅のオッドアイだ。強化バフ弱体デバフの両方を使いこなす付与術師エンチャンターだ。付与術師は強化使いバッファーが、火もしくは風、弱体使いデバファーが土属性が多いが、エスティはこれに水を加えた四属性を使いこなしている。エスティは得意属性を持たない。いわゆる無属性術師である。その代わり苦手な属性も無いので、得意の無い分を手数でカバーしているのだ。そもそも付与術師は魔法そのものより、戦闘時の立ち回りが重要になる職業であるため、切り札は多いほど良い付与術師とされている。


「ま、いいんじゃないの。魔法でなんとかなるし」


 少し背の高い亜麻色の髪をしたツインテールの少女が言う。ミーア・エステルと呼ばれている回復術師ヒーラーである。この世界に於ける回復術師の役割は主に防御と回復である。しかしながら、戦士の中でどの武器が得意かで剣士、槍使い、斧使いと呼ばれる様に、魔法の中で回復魔法が得意なので回復術師と呼ばれているだけである。回復魔法は水属性が多いので、回復術師も水属性魔法を得意とするものが多い。


「ミーアって、回復術師らしいね。浄化魔法かけりゃそりゃ清潔だろうけど、エスティはゆっくりお風呂に入りたいの……」


 杖を担いだ少女――エスティが言う。


「――浄化魔法の方が時間も燃料も短縮出来るし合理的じゃん」


 リーアが言い返す。リーアが時間より効率を重視するのだ。


「冒険やっていると合理より贅沢も欲しいの。もちろん、お腹の肉じゃなくて心の贅肉よ」


「エスティ?もしかしてまた太った?」


 ミーアが茶化す。


「エスティは、まだ成長期だもん。それより胸ばかり肥えやがって」


 エスティがミーアの胸を揉む。


「ちょっと辞めてよ。感じちゃうじゃん」


 ミーアが顔を赤らめながらあえぐ。


「あの……それで……依頼はどうするの……」


 戦士――アリサが呆れ顔で言う。


「あ、そうだ……忘れてた」


 ミーアは自分の頭を小突く。


「良いんじゃ無いのは、リーナはこの依頼受けるよ。面白そうじゃん」


「流石、リーナは野生児だよね。森の中に1年ぐらい居ても平気そう」


 エスティが言う。


「――でも漠然とした依頼よね。何かを遠目から観察するだけみたいだし……」


 アリサは首を傾げる。


「物資のバックアップあるし、ノルマをこなしていれば後は何やっていてもいいんでしょ遊び放題じゃん。リーアはこの依頼良いと思うよ」


「……リーナは、ポジティブに考えるねぇ。確かに条件さえ守っていれば、それ以外の時間は自由だけどさぁ……自由時間って取れるのかしら?」


「アリサって真面目すぎるよねぇ。考えすぎ。時間は取るもではなく作るものじゃん」


「……それより、急がなくて良いの?他のパーティに依頼に取られちゃうかも……」


「――でもアリサ、この依頼って、今貼られたばかりだよ。この依頼。それにCランク以上のパーティ限定だし、期間も1ヶ月以上でしょ。すぐ決められるパーティそんなに無いと思うな。拘束期間を考えると依頼料は安いし……」


 ――ミーアが言う。


「……そうね依頼主が辺境伯様だし、いつもの募集しましたけど希望者がいませんでした系のアリバイ作る為の依頼の気もするね。辺境伯領はケチだもん。これもわざわざ兵隊を出したくないけど、でも国王様に突っつかれたから仕方無くギルドに丸投げてました系かもね」


「それより、あの森って兎居たかな?兎肉食べたい」


「エスティ、突然何言い出すの?兎肉なら、この辺の食堂でも食べられるでしょ」


 ――いつもながら、この子ども――エスティのお守りは大変だとアリサは思った。


「どうせなら狩りたてをそのまま焼いて食べたいのよ、アリサ」


「エスティ、それは場所によるでしょ……。エルフの森ってかなり広いよね」


 アリサは遠くを見ながら言う。


「南北はエルマール辺境伯領の南三分の二ぐらい、東西はもっと広いかったような?」


 ミーアは都度、思いだしながらエルフの森について説明する。


「西はデュケス領邦連邦の中央部らしいけど、ここから西に突っ切って実際にそこまで行ける人は、ほとんど居ないらしいよ。そもそも2週間以上かかるらしいから」


 エスティが言う


「空を飛べば行けるとリーナは思うよ」


「翼竜は、あの森を通過できそうね。でも目立つし、途中で補給しにくいから余りやらないんじゃない?」


「エスティ、前の大戦では森超えのルートが使われたらしいよ。中央部にある遺跡はその時の拠点だって」


「リーナの言う前の大戦って三千年前の話でしょ……でも、それっておとぎ話だよね」


 ――とミーア。


「おとぎ話かなぁ?そこに真実も混じっていることもあるじゃん。リーアは、その方が浪漫があると思うよ」


「アリサは、歴史学者では無いから分かんないや」


「アリサは脳筋だものね」


 リーナがアリサを茶かす。


「本能で生きている野生児に言われたくない」


 アリサがリーナに向かって腕を振り回す。リーナはミーアの後ろに周りこんで隠れる。


「ところでいつまで小芝居続けるのでしょうか?」


 かしましくしている四人組が掲示板を何時までも占拠しているのを見かねた受付嬢が咳払いをする。占拠されたままで他の冒険者の迷惑になる。いい加減依頼を受けるなり、パスするなり決めてもらいところだ。


「――じゃあ、この依頼受けます」


 リーナが大きな声で受付嬢に向かって宣言する。


「ちょっと、リーナ。私は、依頼を受けるとはまだ言って居ないよね」


 それに対してエスティが抗議。


「こうなったリーナは止められないよ。諦めなさい」


 ミーアが諦めた感じで諭すようにエスティに言う。


「それなら、代わりに森の中に、お風呂を作るの手伝って貰うからね」


「……ところで、このパーティに土木魔法使いっていましたか?」


 アリサが周りを見回すと……全員が首を背ける。


「何言っているのいなくてもいなくても作るに決まっているじゃん」


 エスティが拳を上げながらいう。


「お風呂の件は後にしてください。それより依頼を受けるか受けないかを決めてください」


 受付嬢は頭を抱える。正直この4人組乙女の涙は若くしてCランクにランクされている実力は折り紙付きなのだが、性格的に面倒なのだ。何かに秀でていると性格もおかしいのはごく普通だがギルドで延々と小咄を続けるのは正直勘弁して欲しい。こちらの仕事がいつまで経っても終わらない。


「じゃあ多数決で決めます。この依頼を受ける人。リーナとミーアと私アリサ……で3人。エスティは保留?……では、多数決では依頼を受けると決まりました」


「ちょっとまった。これからエスティが、依頼を受けないメリットについてプレゼンさせていただきます」


「大体、何を言うか分かっているから却下で」


「リーアってば酷い。横暴だ!」


「……それでは依頼を受けることで作業を進めますから、後で辞めたと言わないでくださいよ」


 受付嬢はそのままバックヤードに下がり依頼受注者が現れた事を告げる。大体この調子の乙女の涙が依頼を引き受けるのは何時もの流れである。支部に発送しようとしていた依頼書の配布は一旦取りやめになった。


 ――依頼に必要なパーティの数が一組なのか複数でも良いのか、辺境伯の依頼書からはハッキリしないのが理由の一つだ。辺境伯の依頼は、読みようによっては一組にも読めるし、複数にも読める。……辺境伯の性格を考えると恐らく一組なのであろう……。一旦取りやめにする理由はそれだ。残りは辺境伯への確認が取れてからでも遅くはない。そこは私の領分ではなくギルマスの仕事だ。


「……と言う訳で、あなたたちにはこのあたりを哨戒してもらおうとおもいます。条件は先程行ったとおり。所定の野営地から動いていなければ定期的に補給部隊を送ります」


 受付嬢は依頼登録を済ませると受付に戻ってかしましい四人組に向かって言う。


「それで、お風呂は?」


 エスティがおねだりするように腕をくねらせながら受付嬢に尋ねる。


「何を期待しているのですか?お風呂なんか運べる分けないでしょう。重量物を持ち運べるアイテムボックスの持ち主はこの辺にいません。それより運搬を頼むだけで金貨何枚かかると思っているんですか?」


「じゃあ、材料だけでもいいから」


「材料は、その辺に生えていますよね。森の中ですからね」


「それじゃあ、木こりを連れてこうかしら……」


「それは無理でしょ。木こりでこの場所まで辿りつけるねぇ……ギルマスなら行けそうだけど、連れていくの?」


 アリサが途中で遮って言う。


「……流石にそれは勘弁」


 エスティがどん引きしながら言う。パーティについてくるギルマスを想像したに違いない。


「それに大工さんはどうするの?」


「しかたない。自分で作るかー」


「それについては勝手に決めてください。他にも冒険者待っているので、さっさと引き上げてください」


「今日も受付嬢が塩対応だよー」


「エスティ、分かったらさっさと引き上げるわよ」


 ミーアが、エスティの襟首をつかんで引きずっていく。そのままかしましい四人組は冒険者ギルドを後にする。依頼状を手にして……。

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