12 冒険者ギルドに翼竜が現れた
エルマール辺境伯領の南部中央にあるエルラトの街。ここにはエルマール辺境伯領最大の冒険者ギルドがある。エルフの森からは徒歩1日半ぐらい東の位置にある。ここを起点としエルフの森の周辺には拠点ごとに支部が広がって居りエルラトの冒険者ギルドは支部のサポートと依頼管理も行っている。例えば村からゴブリン襲撃の報告があがると支部を経由してエルラトの冒険者ギルドに集まる。エルラトの冒険者ギルドは依頼をエルラト及び襲撃箇所に近い支部に依頼をばら撒く。そうして冒険者を効率よく振り分けする仕組みが整備されている。エルラトの冒険者ギルドはエルマール辺境伯の南部の大半、片道一週間ぐらいの距離をこの方法でカバーしている。エルマール辺境伯領の南部は人口が少なく小さな村が転々としており大きな街も少ない。広い領域を効率良くカバーするために行われているシステムである。似たようなシステムは人口がそれ以上に少ない他の辺境伯領でも行われている。このシステムの利点は冒険者は近くの支部に報告すれば良いので仕事を貰ったギルドに帰る必要が無く、またそこで次の依頼をキャッチアップできる点だ。一方、冒険者ギルド側は支部ごとに受付が必要で依頼の告知の枚数も支部分用意する必要があるために人件費や固定費が掛かる欠点がある。その部分は辺境伯からの支援でどうにかやりくりしている。冒険者ギルド側が取り分を増やすのは難しいのだ。取り分を増やせば他の地方に冒険者が流れてしまう。それでもエルラトは比較的初心者向きの常設依頼が多いので冒険者の補充はしやすい方なのである。
そんな所に一体の翼竜が飛んでくる。エルラトの住民が見慣れぬ訪問者を見上げているうちに翼竜は翼を広げ冒険者ギルドの隣の空間に綺麗に着地を決める。そこから降りてきたのは若い女性だ。翼竜に乗ってやってきたのは翼竜従兵であろう。翼竜について知るものが居れば、これは重要な依頼もしくは事態が発生したに違い無いとすぐ気がつくであろう。翼竜を使えば伯都からエルラトの街まで半日かからず飛んでいくことが出来る。つまり緊急事態が発生した事と同義である。
「それでこれが辺境伯からの依頼あるよ」
翼竜から降りてきた東部辺境訛り丸出しの若い女性の伝令が冒険者ギルドにやってきて言う。東部の辺境伯領の中でも山岳地帯の
「『エルフの森の警備』……ゴブリン退治とは違うのか?」
巨漢のギルマスが言う。茶色の頭髪がかなりさみしい50代である。元は斧使いだったらしい。木こりあがりで若い頃は重斧を片手で振り回していたちょい悪ベテランである。ちなみに頭髪を再生させる魔法は、蘇生、永久機関と並んで魔法の三大難題の一つと言われている。蘇生に関しては過去に数例成功している記録があるが頭髪再生に関しては記録に出てこない。数多の豪商が多額の懸賞金をつけて頭髪再生の魔法を研究させているが過去数百年の文献をあたる限り一度も成功例は無い。
「確かに不思議な依頼あるね。森の中央にある遺跡を見守りつつゴブリン退治ね。停泊する必要があるのでかなり長期間の依頼になるよ。遺跡に突入するのは絶対禁止ある。これは辺境伯領からの布告ある。この事は他の冒険者達にも通達するあるね」
「そうするとこの依頼は近づくものを排除しろと言う依頼か」
辺境伯は、また面倒な依頼を出してくれる。受けてくれる冒険者居るのかなぁ……。多分、手持ちの百人隊を出したくないだけだろう。ギルマスは思った。
「多分そうあるね。後、遺跡に住んでいる人を見つけても接近していけないあるよ。ただ、こいつを周辺にばらまいて欲しいらしい」
伝令が皮袋を取り出してギルマスに投げ渡す。ギルマスが巨躯を軽快に動かしてそいつをキャッチする。
「まぁいいや、布告を張り出しておこうか。手分けして告知用ポスターを作るぞ」
「じゃあ任せたあるよ」
伝令は翼竜に乗り元来た空を戻っていく。辺境伯の本城から来た翼竜であろう。辺境伯の本城は北部にあり、陸路では片道一週間かかってしまう。そこで辺境伯からの用事は辺境伯直属の翼竜従兵が直接持ち運ぶのである。
「……報酬は割と良いな。しかし忙しくなるな……」
告知文の文面を確認しながらギルマスが頭をさすりながら言う。
一方、翼竜が飛んできたのを見て少し興奮気味のギルド本部の方は少しドタバタしていた。受付嬢が応対に追われている。
「翼竜従兵の名前が知りたい?それは辺境伯閣下に直接お聞きください」
「年齢?知りません」
「翼竜従兵に成りたい?それは王都に行ってください」
「君と付き合いたい?冗談はやめてください。そもそも間に合ってないけど間に合ってます」
毎回翼竜が飛んでくると毎回この調子だ。ノリが良いのか悪いのか……。翼竜従兵も冒険者ギルドに直接、翼竜を乗り付けるのは辞めて欲しいと受付嬢は愚痴をこぼす。
受付が何時ものノリで慌ただしくしているとギルドの扉を開いて入ってくる影。それは……場違いのメイドだ。完全に場違いなメイドが冒険者ギルドの中を闊歩していた。ギルドは荒くれ者の巣窟でメイドは普通いないのだ。
メイドがギルドの中に入ってくると冒険者達が、避ける様に移動しモーゼの様な道が出来る。その道を通ってメイドは受付に向かう。
「あのメイドってなんなの?」
「ああ、お前最近のギルドに来たんだよな。あれは1年前ぐらいに現れた凄腕で冒険者だ。見立てではソロでS級の腕があると言われているぞ。まぁ素材の売買が中心だから実際の格付けは不確定。後、一週間に一度しか現れないから『週一のメイド』とか呼ばれているな。……そういえばここ一ヶ月ぐらい来ていなかったな……」
「
「メイドだ」
「……メイド?ギルドに登録出来る職業にそんなものあったか」
冒険者ギルドに登録される基本的な職業は、戦士、斥候、弓師、銃士、錬金術師、付与術師、回復術師ぐらいだ。攻撃魔法を使う攻性勢魔術師は攻撃魔法が無効化されてしまう為に、このあたりには存在しない。仮にこの国に居るとすれば東辺にある翼竜の里あたりぐらいであろうか。
「それも特例と言う話だな……」
「あ、これはミリア様、お久しぶりです今日はどのようなご用件でしょうか?」
受付嬢がニコニコしながらメイドの相手をする。ミリアは1年ぐらい前から素材を売りと情報収集の為にこのギルドを利用していた。なお依頼を受けず素材持ち込みを専門とする冒険者は少ないのだが居る。
「メイドに様をつける必要は無いかと思いますが……素材の買い取りをお願いに参りました」
「いえ、ミリア様の収める素材は特級品が多いですから。今日はどのようなものを……」
「アカオオジカの角と皮、巨大殺人蟻と灰色魔熊の魔石が1つずつです」
「では査定を致しますので、そちらでお待ちください。モノはいつもの場所でしょうか?」
「そうです」
「この角と皮は、傷一つありませんね。この仕事は一流の皮細工師でも出来ません。そもそも質が非常に良いです」
「メイドの嗜みですから」
メイドの嗜みにそのようなものが有ったでしょうか……と受付嬢は思った。
「魔石も濃度が高く丈夫なものですね……査定額は、この程度になりますがいかがでしょうか?」
「その額でお願いします」
受付嬢は数字をあらす符丁を指で示す。数字を口頭で言わないのは具体的な金額を言うと悪い冒険者にたかられたり襲われたりするのを防止すると言う建前である。素材相場は冒険者ギルドの機密情報だからと言うのが大きい。聞き耳を建てていればどの素材が今高値で買い取りしているか分かってしまうのはギルド的には不味いのだ。高い素材に冒険者が向かってしまうのも困るし乱獲されては困る素材もあるのだ。
「それではいつもの口座に振り込んでおきます」
エルトラの冒険者ギルドのもう一つの特徴がこの口座だ。冒険者ギルドが銀行の機能を兼ねているのだ。冒険者が大金を持ち歩く事自体がリスクだ。荷物になるし、盗賊や山賊に襲われるリスクもあがる。どの支部でも金が引き出せるとなればわざわざ大金を持ち歩く必要が無くなる。何よりギルド内に大金を保持しておかなくて良いと言う最大のメリットがある。報奨金を保管しなければ成らない冒険者ギルドは腕利きの冒険者が多数居る。しかし、それでも安全とは言えない。しかるべき準備をされ、ギルマス不在時に奇襲などを受ければ冒険者ギルドなど簡単に壊滅するのだ。そもそもお金を保管するのには、相応のお金が掛かるのだ。危険な地域を移動する商人が高い金を払って護衛をつけるのも命よりお金を守る為だ。盗賊は割の良い獲物を優先的に狙うのだ。割の良いのは沢山お金を持っていて弱い。要するにケチな商人の事である。逆に金欠の冒険者を襲っても全く割に合わない。だから狙わない。
口座の個人証明は冒険者の証明プレートで行うので安全度も高い。証明プレートは偽造出来ない様に個人特定の魔法がかけてある。この魔法を破る方法はあるにはあるがリスクが高い上にコストを考えれば損だ。もっともミリアの場合、ゴーレムなので人間固有の個人特定の魔法が効かないので少々小細工をしている。
「……では、この資金で御主人様に美味しいものでも買って帰りましょう」
そう思いながらメイドは冒険者ギルドを後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます