11 一ヶ月が経ちました
御主人様が降臨されてから一ヶ月――太古の暦は太陰月を採用していたので一ヶ月は月の満ち欠けが一周するサイクルで約28日です。厳密には28.13272……±0.05983……日。±は月の満ち欠けにはブレがあるので遅くなったり速くなったりするからだそうですが、あまり気にしなくて良いでしょう。何故ブレがあるのかについてはライブラリの天文の項目を調べれば分かる話ですので……――が経ちました。
週休二日――ちなみに一週間は7日で一ヶ月を四で割るとキリが良いと言う理由だそうです――を厳命しているので御主人様は休日は暇を持て余して居そうです――とは言っても休日も家の中で寝っ転がっているだけですし、少し不健康過ぎるので運動させようかと思います。なお、理想は週休四日なのですが、それでは暇すぎると抵抗されたので妥協したのです。しかし御主人様は錬金術と魔法の素質に恵まれているので一日中部屋の中に籠もっているのは少しもったいない気もします。
無論、メリハリはつけないと行けません。休息無しで運動させるのは非効率極まり有りませんし、翌日に疲労を持ち越したら本末転倒です。特に睡眠時間を削るのは論外です。私ゴーレムですから睡眠時間の重要性は分からないのですが、人間は一日の1/3ぐらいを睡眠時間にあてるべきだそうです。そのあたりを加味しながら御主人様改造計画を作ることにします。御主人様の負担を考えると週休三日にし、休日のうち一日を訓練日にするプランが良いかもしれません。
※※※
俺が今地下のコンソールで今やっていることはキーボードの作成だ。キーボードと言ってもハードウェア的なモノは知識が無いので作ろうとしても作れない。仮にあったとしてもこの世界では電子工学の知識があまり役に経たない。従って今作成しているのはソフトウェアキーボードだ。分かりやすく言えば、スマホの下に出てくる文字入力するヤツと似たようなものだ。それを使い慣れたQWERTYタイプにするコードを書いていた。……とは言っても特に複雑なものではなく、Qがあるべき場所を押すとQに相当する太古文字が打ち込まれるだけの単純な変換ソフトである。ちなみに太古文字にQに該当する文字は存在しないのでQの部分を叩いても何も反応しないのであるが……ショートカットには使うので必要だ。太古文字は表意文字になっていて母音が五文字、子音が十二文字、数字一〇文字、記号が一〇種類以上の構成になっていて、それぞれに筆記体と刻字体があるようである。言い替えると前者が小文字、後者が大文字だと考えれば良い。標準アルファベットは二十六文字なので九文字分は必要無い。する事が単純なので割と楽に作れそうな気もしたが一ヶ月してようやく完成が見えてきた状態だ。そもそも意味不明なコンソールをどうすれば制御出来るかと言う点を魔道ネットワークで調べるだけで10日ぐらい試行錯誤を繰り返さなければ成らなかったのだ。とにかく調べることが一苦労。文字を入力するのも時間がかかりすぎるのがストレスだ……。幾度とも無い試行錯誤の結果、シェルっぽいスクリプト言語を使えばソフトウェアキーボードが実現可能な事が判明したので、それを使って実装する事にした。しかし慣れない石板で知らない言語を打ち込んでいるため全然作業が進まない。途中でぶち切れそうになって石板をたたき割りそうになることも何度か。保存と間違えて削除することも2回ほど……その日はふて寝した。だが、ようやく使えそうなものが形になってきた。これを使って、このコンソールの少し深い部分の機能を調べてみることにする。……この程度ものは1日あれば出来ると最初思ったのだが前提を間違えた……。
だが、今日は休日である。休日は屋敷の地下は立入禁止にされており地上部分でゆっくりして居ないといけない。相変わらずこの家の構造は謎で、寝室と食堂の往復ぐらいはできる様になったがそれ以外は未探索地帯だ。しかしうっかり知らない部屋に入り込んだら青ひげエンドが待っている訳で、うかつに他の部屋にも入ることも出来ない。
休みがしっかりあるが監視は厳しい。特に地下のコンソールで遊ぶことが出来ないのは少し辛い。手持ちの
しかし、どうやらこの世界の設定はスローライフ詐欺はしていないようだ。スローライフ詐欺とは俺の考えた造語であるがスローライフをうたい文句に出しながら、どう計算しても主人公達が週四〇時間以上働いている
それはともかく休日に惰眠を貪るのは最高である。朝起きて朝食――ちなみに今日はフレンチトーストと紅茶だった――を食べたらもう一回昼間まで寝る。最高のシチュエーションである。健康に悪いと言う話もあるが少なくとも精神衛生には良いと思う。
そう言う訳で惰眠を貪っているとメイドがやってきて、
「御主人様、いつまでも寝ているのは身体に良くありません。運動しましょう」
いつも思うが、お前はおかんか。抵抗むなしく俺は何時もの様に猫の如く吊され運ばれていく。
「ここがお屋敷にある、フィットネスクラブです」
そんなものまで有るのかこの屋敷は……そもそも地下には田んぼと秘密基地があったんだった……。もはやツッコミが追いつかない。
「御主人様には、ここで基礎体力の向上と基本的な錬金術と魔法の習得をしていただきます。若い身体をもてあそばせておくのは危険ですから」
既に何を言っているのかサパーリワカリマセン。
「今日は基礎体力値と魔力特性の測定を行います。まずこの服に着替えてください」
抵抗しても無駄なのが分かっているので大人しく与えられた服に着替える。……しかし、野郎の体操着に短パンって需要ありますか?女の子に体操服とブルマなら需要があると思うんですよ(力説)仮にこの世界がゲームだとしたら製作者は一体何を血迷っているんですか(心の叫び)。……取り乱しました。これでは奴らの思うつぼ。一ヶ月安全だったからと言ってまだ警戒を怠ってはいけない。『ヘンゼルとグレーテル』に出てくる魔女のおばあさんも太らせてから食うために沢山おもてなししてましたし油断は禁物。
「それでは、まず基礎体力を計ります。まず、そこのグラウンドを一周回ってください。タイムを計ります」
それは20世紀後半の日本の学校のグラウンドみたいなところだった。……きっと製作者もそこまで設定を考えるのが面倒だったんだな。心の中で納得する。
「それではスタート」
メイドが笛を吹く。それの音を聞いて反射的に走る……パブロフの犬だ。流石、日本の義務教育。兵隊育成の為のカリキュラムって言ってもおかしくないイかれた内容だけはある。慣れって言うのは怖い……。
「200m20秒ですか。少し遅いぐらいでしょうか。強化付与無しで、この数字なら鍛えれば伸びますよ」
グラウンド一周(約200メートルの結果だ)約200メートルと記述する理由は後述するが、同様の理由で秒も正確に同じとは限らないが……流石にこの数字、おかしく無いか?と思う。200メートル20秒と言うのは五輪が狙える数字。この世界の1秒は実際には2-3秒ぐらいなのだろうと納得しておくことにする。
「それでは次は魔法特性調査です」
「……疲れたから休ませて」
御主人様は地面に大の字になる。実際にはさほど疲れていないのだが休日は惰眠を貪りたいのが御主人様と言うものである。休息を所望する。
「疲れているなら仕方無いですが、もしサボりなら後でお仕置きでしょうかね」
メイドが低い声で呟くと御主人様は背中に悪寒を覚えてまるでキョンシーの様に起きあがる。
「……今逝きます」
この場では行きますより逝きますの方が正確である。
「魔力値はよろしいですね。御主人様を測定できる測定器が存在しません。魔法適正に関しては無属性になります。体内の属性バランスが非常に良いので、どの特性も使いこなせます。ただ無属性は器用貧乏になりがちなので注意してください。それでは錬金術と魔法の使い方を教えましょうか?」
今日は、計測だけだよねと思った……錬金術と魔法に関しては基礎的な部分は石板書籍に書いてあったのである程度は分かっている。――が、実際には使ったことが無いので理解すると使えるかは別のモノ。使えるかは不明だ。
「……そう言えば、今日は、計測だけでしたね。取りあえず自己強化術式の使い方を教えておきますので暇なときに練習しておいてください」
地獄のブートキャンプからは逃れられたようだ……。俺はホッと胸をなで下ろす。
「ちゃんと練習したか来週、試験しますので……」
「えっ……」
俺は取り乱した。体力作りは仕事だ。休みではない(違う?)
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