10 メイドさんの夜のお仕事

 御主人様は、食い入る様に石板タブレットをめくっているうちにぐっすり寝てしまったようです。風邪を引くと行けないのでキチンと掛け布団をかけておくことにします。しかし寝顔が可愛いです。今、一瞬御主人様がビクッとしましたが、よくある睡眠中の不随意運動だと思います。繰り返し起きると心配ですけど。


「御主人様は、しっかり寝ております。しかし、布団を掛けないと風邪を召します」


 メイドは、御主人様に布団を優しく掛ける。


「さて、ここからが私の時間です」


 ゴーレムは魔力で動いている為、魔力が補充される限り休む必要無く行動出来る。ただし合成たんぱく質は疲労と再生を繰り返すためどうしても身体から老廃物が出てしまう。そのため身体のメンテナンスを行う時間がどうしても必要になる。具体的にはお風呂に入らないと行けないのだ。しかし、今夜はその前にすべき仕事があるので今日は後回しである。


 まずお洗濯だ。これは服を洗濯魔道具に放り込んでボタンを押すだけである。御主人様の服を洗濯魔道具に入れボタンを押すと《ウォッシュ》の魔法が発動し十分綺麗になるとドライの魔法が発動する。この作業は大体10分ぐらいで終わる。


 洗濯が終わり魔道具の蓋を開けると、ふわっとした暖かい空気が流れてくる。


「今日もふんわりしていますね……。御主人様の香りがたまりません」


 洗濯により芳香成分は揮発しているので、実際にはそんな匂いはしていないのだが。


 夜も更けてきた時間は地下の田んぼや畑などのメンテナンス作業だ。このフロアは、エリアごとに照明の点灯時間が異なっており、一日より短い時間で明るい時間と暗い時間を切り替えている。一日より短くすることで育成時間を短縮する仕組みになっているらしい……どうしてこうしているのかは作った人に聞いてみないと分からないが作った人が既に居ないので結局のところ分からない。


 地下農場には雑草や害虫の類がいないので種まきや収穫時期になるまでは育成異常が無いかチェックするぐらいだ。それから放し飼いにしている鶏の卵を回収。動物の健康状態をチェック。それから明日の分の野菜を収穫する。米は脱穀したばかりなのでまだ十分だ。


 回収した野菜や卵は保存庫に入れておく。農場エリアの保存庫と台所の保存庫はつながっており、農場エリアの保存庫に入れておけば、そのまま調理時に取り出せる便利な代物だ。保存庫は保管方式単位のブロックに区切られており、野菜は野菜室、卵は卵室に入れていく。――卵はその前に洗浄魔法をかけておく必要がありました。洗浄魔法をかけないと生で食べられません。御主人様が、食中毒になるのは正直洒落にならない。食材の管理はメイドの重要な仕事のだ。


 ――未明。


 メイドは、追加食材を調達に出かける。その理由は、御主人様に分厚い血の滴るようなステーキを食べさせてあげたいからだ。夜に狩りと言うが、夜は見通しが悪いから狩りには向かないだけなので、夜目が効くのであれば問題ない。ただ他の狩人達と競合しない様に気をつける必要があるのだ。エルフの森の夜の狩人には狼やゴブリンなどが存在する。うっかりすると人間も襲う恐ろしい狩人である。しかもゴブリン肉は食べ物にはならないのだ。ゴブリンの肉は不味くて毒や病気を持っているので、狼もゴブリンの死体は無視していくのである。恐らくゴブリン肉を食べるのはゴブリンか魔獣の類であろう。……とはいえゴブリンの死体を放置しておくとアンデッド化する恐れがあるのできっちり廃棄処分する必要があり、正直ゴブリン狩りは面倒なだけで得るものが無い。


 今回、メイドがターゲットにしたのは鹿。取りあえず大きめの鹿一頭あれば十分だ。あの屋敷で食事するのは御主人様だけだ。メイド・ゴーレムは魔力で動くため食事を取る必要が無いからである。太古の文明は、メイド・ゴーレムを開発する時、食事を魔力に変換する機能をつけるより魔力をそのまま供給した方が楽と言う理由で、その機能はつけていなかったとされている――しかし、この話はあくまでも魔道ネットワークで伝聞カテゴリーに分類されている情報に過ぎない。


 狩りの準備をしながら、その話を思い出しメイドは思案する――


 ――男性を喜ばせる機能については、ついているかついているのかは知りません。ついていると思えばついておりついていいと思えばついていないのでしょう。ついていれば御主人様はきっと喜んでくれると思いますが――ただ、それに関する知識が欠落し、確認する為の情報が無いので全く不明です。――そもそも男性を喜ばせると言うのはどういうことでしょうか……?御主人様が石板を叩いて探そうとしていた未成年が読めない書籍には書いてあるのでしょうか?――。


 ――話が逸れました。狩猟の準備をする必要があります。まずメイド服が返り血を浴びて汚れてしまってはいけないので服にコーティングを施します――といっても魔法をかけるだけです。それから狩猟道具です。狩りに使う白い手袋と獲物を入れる袋と梱包材です。それから解体道具一式。


 これらを担いでメイドは屋敷を後にする。


 メイドは、白い手袋を両手にはめて臨戦態勢を取り、エルフの森の木々と同期して鹿の居所を探索する。エルフの森の木には無数の魔道センサーが張り巡らされており、全てが魔道ネットワークにつながっている。屋敷の中には魔道ネットワークにアクセスし森の魔道センサーの情報をリアルタイムに蓄積する魔道具が存在する。ゴーレム・メイドは、魔道回路を介してこの魔道具に直接アクセスできるのだ。しかし無数のセンサーがあるゆえに得られる情報も余りに多く、ゴーレムの魔道回路では処理仕切れない情報量がある。そのため検索条件を絞って情報を絞る必要がある。前段階として魔道具に条件を入力し情報を受け取るセンサーの数を一桁まで減らすのだ。しばらくして魔道具は屋敷から1km圏に居る鹿の中から手早く最適な大きなの鹿を選び出す。屋敷から半径1km圏には鹿が居ないことも多いのだが今夜は居たようである。鹿以外にも猪が探索にかかった様だが今回は必要ないのでスルーする。屋敷の中にはチャーシューも豚骨もまだまだ残っており。すぐに食べない分はちゃんと冷凍してあるからである。時間凍結処理をすれば数十年は持つし、わざわざ不要なモノまで狩る必要は無いと言う判断をメイドはくだしたのだ。


 メイドは、魔道ネットワークで目標を確認するとスニークしながら屋敷を後にする。これは獲物が逃げない様にと言うより、不意の物音で御主人様を起こさないようにする為の配慮である。メイドは、屋敷から出てある程度距離を取ると獲物の鹿まで、一直線に疾走を始める。横なぎの雷撃が飛ぶ様にメイドは失踪する。この世界には雷撃なるものは存在しないのだが――。


 ――うまい具合に鹿の背後から近づく事に成功しました。


 メイドが、微かにほくそ笑む。実際見ても微笑んでいる様には見えないだろうが、微かに笑みを浮かべているのだ。鹿は臆病で素早い生き物である。殺気や匂いを感知したらすぐに逃げられてしまう。鹿がそれを感じる前に行動するのが鹿狩りのコツだ。


 メイドは狩猟道具を取り出し白い手袋で鹿の急所を一撃。すると鹿は昏倒する。


 具体的には延髄の部分を手袋をはめた手刀で打ち込んだだけである。メイドは鹿が昏倒している間にトドメを差す。それからライバルの狼やゴブリンは居ない事を確認する。仮に半径10km圏内にゴブリンが確認できたら殺処分する予定だ。しかし運の良い事に半径10km圏内にゴブリンが居る可能性は無い。


 ライバルがいないことを確認するとメイドは解体道具を取り出し素早く鹿を血抜き、解体し、用途別に区分けして梱包すると袋に詰めこむ。やや大ぶりのこの鹿は、おおよそ200kgあるのだが、ゴーレム・メイドは解体した鹿を手早く袋に詰めると軽々と担いで行く。


 ――魔道具の中には重量を消していくらでも入る袋が存在するらしいのですが残念ながら私の手持ちにはありません。この程度の重さなら気になりませんし、そのような袋が仮に見つかったとしても御主人様にプレゼントするから関係ありません。


 などと考えながらメイドは意気揚々と素早く屋敷に戻ると再びスニークしながら屋敷の中に入り、地下の食糧倉庫に潜る。そして鹿の肉を小分けして保存庫にしまった。この保存庫は古代の魔道具の一つで素材を保存するのに適した温度に自動調節する機能がついている。メイドは、保存庫を鹿肉熟成モードに設定し、熟成期間が過ぎたら長期保存モードに切り替える様にセットし保存庫を後にする。


 肉以外――つまり骨や皮の部分は加工して使う。特に足の腱の部分からは上質のにかわが取れる。加工した産品は、森の外の市場で売却して現地通貨を手に入れる為に消費するのだ。この屋敷は自給自足が可能だとはいえ研究に必要な特殊な素材や手に入らない特殊な材料が必要になる事もある。人を動かす必要に迫られる事もある。その為に現在使われて居る現地通貨は幾らあっても足りないぐらいだ。


 猟が終わったら一休み。朝まで休息を取るのだ。ゴーレムは本来不眠不休の活動が可能だが、情報の整理と素体が特殊なため疲労した分の休息が必要になるのだ。休息時間に疲労や破損した部位が再生され、情報を整理し、アップデートが行われる。これらの作業は人間の場合、夢といった工程を経て行われるのであるが、ゴーレムの場合、体内外の魔道回路で行われる。そのため休息は、人間に比べればかなりの短時間で済む。


 メイドは、一仕事終えた後メンテナンスルームで身体を横たえて休息を取る。メンテナンスルームに入るのはメイドのメイドたる証である。メイドがメイド服を脱ぎ去るとゴーレムの素の状態が露わになる。――そこに現れるの機能美。そう呼ぶべきだろうか?その肢体は機能美に彩られた体躯をしている。その体躯を眺めるでもなくメイドはメイド服を籠に投げ込むとメンテナンスルームに備え付けてあるお風呂に入る。メイド服を脱いでお風呂に入ると丁寧に身体のメンテナンスを行う。特製の石鹸を泡立てて身体の隅々まで洗い、お湯で洗い流す。その後は素体を温める為にお風呂に入る。この私に使われて居る合成たんぱく質は人間により近いものが使われて居り人間と同じ体温を維持する必要があるらしい。そのため素体の内部から温度維持する制御魔法が常時発動しているが、お風呂に入ることでこの制御魔法の負荷を抑え余計な魔力消費を減らす効果があるらしい……とメイドは昔、説明を受けているが、単純に設計者の趣味の可能性もある。


 サッパリしたメイドはお風呂から出てくるとあらかじめ用意しておいた新しいメイド服に着替える。その状態で休止状態に入るのだ。メイドが休止状態に入ると補助魔道回路が作動し記憶回路にアクセスし、外部との同期を始める。そして外界の情報や今日得た情報を統合しメイドへとフィードバックを行う。その工程が終わるのは夜明け前。アップデートが終わるとメイドは起き上がり作業を再開する。


 夜が明けると、まず掃除を行う。御主人様が起きる前に御主人様のお部屋以外の掃除をすませるのだ。ただ、メイドが全ての部屋の掃除を行う訳ではなく掃除の大半は円柱状の掃除用ゴーレムに任せている。この掃除用ゴーレムは隠し倉庫に保管されていたのを発見し、試しに動かしてみたら問題なく動作するので、そのまま使っている逸品だ。


 掃除と並行して朝食の準備も始める。メイドは御主人様の為に丹精込めて作った食材を加工していく。残念ながらゴーレムには食事機能がついていないので味は分からないのだが……。その部分は太古のグルメな人が作ったという魔道具で味をステータス化して確認することでカバーするのだ。


 メイドは、朝食の準備が終わると御主人様を起しに行く。


「御主人様、おはようございます。朝食になさいますか?それとも私をご所望ですか?」


「……食事にする……」


 ――あわてふためく御主人様は可愛いらしいです。


 メイドは御主人様の様子を見ながら思った。

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