9 古代遺跡に本は無い

古代遺跡と言うが本の様なモノが一切無い。インドア派としてはゲームか読書をしたいところだ……。それが何処にも無い。何処にも無いと言うのは言い過ぎだ。寝室と食堂に無いが正解だ。それ以外の場所を彷徨うと迷子になるから、調べて居ない。青ひげの部屋を探せばもしかしたら……辞めとこう。


 ……地下5階の石板タブレットだが据え置き端末で持ち出せないし……何か暇つぶしのものは無いか……と部屋を調べはじめる。


「何をしているのですか御主人様?」


 部屋の中をひっくり返しているとメイドがドアの隙間からじっと覗きながら声をかける。いや、覗くぐらいなら入ってきなさいよ。もしかして『メイドは見た』ごっこでもやっているのでしょうか?


「……いや暇つぶし出来るものが無いかと思って……」


「何でしたら私がお相手します」


 何故このメイドは、そこで顔を赤らめるのでしょう……。


「あ……それは良い。それより本みたいなものは無いか?」


「本と言うのはこの時代の情報蓄積装置の事でしょうか?薄っぺらい紙を束ねて文字が書いてある代物」


「……ま、まぁそんなようなものだ……」


「残念ながら紙を束ねたものはここにはありません。しかし、文字が読める端末があれば良いわけですね……」


 そう言いながらメイドが取り出したのは白い石板だ。石板と言って居るが石で出来ている訳では無く合成樹脂的な未知の素材で作られている板である。


「これは文字情報を表示するためだけに作られた簡易端末です。本来、自由に拡大縮小できるタイプが一般的だったと知識は告げていますが、ここで私が見つけたこの固定サイズのものだけです。これをライブラリにつなげば文字情報にアクセスできると思います。ただ、余暇時間にゴーレム技術に関するものは読んではいけません。読んでいたら取り上げますので……」


 お前は俺の親か……と思ったがその石板を有難くいただくすることにする。石板をタップすると文字が表示される。それはメニュー形式で、上から順に小説、歴史、魔法、錬金術、……などと書かれていた。そこで小説を選択すると小説がずらっと並んでいた。


 どうやら、この石板は電子書籍リーダーみたいなモノのようだ。因みに調べた限りにマンガ的なものは存在しなかった……。この端末が文字表示専用端末で、画像が表示出来ない所為かはまだ不明である。


(じゃあおじさん、エッチな小説探しちゃうぞ……)


《エラー、年齢制限に引っかかります》


 ――と言う文字が石板に表示される。


 おかしいアラフォーなのに……と石板を叩いていると


「言い忘れましたが御主人様の肉体年齢は15歳なので、年齢制限に引っかかる書籍は読めません。この石板はそう言う設定になっているみたいですね」


 ――と言う冷たいメイドの言葉。いつの間にかメイドが背後から石板を覗き混んでいた。


「もし、そういうことがご希望なら石板ではく私に申しつけください。その年ですといろいろ溜まりやすいですしね。御主人様のご要望には最大源応じます」


 そう言い残すとメイドは部屋を出て行く。


 ……俺は布団をかぶってふて寝する。


「あ、御主人様。お風呂には入ってくださいね」


 もしかしてここにはプライベートって言うものがないの……。インドア派にはキツいんだけど。


「お風呂でお背中流しましょうか?それとも一人で入りますか?十数えるうちに決めないと、一緒に入りますよ。十、九……」


 俺は慌てて跳ね起きて、お風呂に向かう。


「……ところでお風呂は何処にあるのだ?」


 だが、寝室から食堂まで移動するだけで迷うのに風呂場がどこにあるかなど分かる訳がない。風呂を探して家の中で遭難して餓死エンドは笑えない。


「それでは案内します」


 御主人様は、メイドの後を着いていく。


「こちらが大浴場になります。寝室にお風呂は併設して居ますけどね。お手洗いの奥に出入り口がありまして、そこからお風呂に接続しています」


 ……それを先に言え――心の叫び。


「それでは服を脱がせますので、万歳してください」


「……服ぐらい自分で脱げますって」


「こちらが寝間着になります。それではお背中を流しますので……」


「……だから一人で入れるって……」


 服を脱ぎ捨てると風呂の扉をバタンと閉める。


「慌てなくてもお風呂にゆっくり入る時間はありますのに……」


 メイドはそう言いながら脱ぎたての御主人様の服を畳むと洗濯籠に放り込む。


 日本人だからか知らないがお風呂に入るのは気持ちが良い。外国には一週間に一度もお風呂に入らない国とかあるんだよな。だから垢をすると垢が沢山出てくるとか……。逆に日本人は毎日お風呂に入っているので垢すりすると皮膚を削っている様なものになるので身体によろしくない。――とはいえ各家庭に風呂が設置されて毎日入れる様になったのは第二次世界大戦後じゃないかなぁ。銭湯は鎌倉時代には合ったようだが、今で言う湿式サウナみたいなものだったらしいし、江戸時代の城下街では、火事予防もあって、大きな家以外では風呂そのものがおけなかったらしい……一方、中世ヨーロッパではローマ時代にあった風呂に入る習慣が全く無くなって、臭い体臭をまき散らしていたので香水とかオーディコロンが発達したんだよな……などと余計な知識を思い出しながらお風呂にゆっくり浸かる。しかし、どうでも良い雑学はいくらでも思い出せるのに自分の名前が全く思い出せないって言うのはどういうことだろうか……。まぁ元々名前を覚えるのは凄く苦手だが、自分の名前までは流石に忘れない気がする。意図的に忘れさせられた可能性もありそうだ。


 お風呂上がりのメイドゴーレムの攻勢を巧み躱しながら寝間着に着替える。


 ……ところで、そこのメイドさん、着替えをじっと見ないでください。自称ゴーレムでも見られるのは気になりますよ。寝間着に着替えおわると寝室に戻る。メイドの護衛付きで……。


 風呂から出ると寝るまでは大変暇なので、先程の石板を手に取り書籍を読むことにする。先程の魔素云々のくだり気になったので石板のメニューをスライドし『初めての錬金術』と言う書籍を選んでタップする。


 石板をスワイプすると『全ての物体は四種類の原子で構成されている』と書かれていた。続いて『火原子、水原子、風原子、土原子の四種類が原子の全てであり、原子は正の魔素と負の魔素が結合している』『四種類の原子が結合したもので物体を構成される最小限の単位を分子と呼ぶ』などと書かれていた。どうやら地球と化学も物理も異なる法則を持つようだ。例えば『空気は風原子70、火原子25、水原子4、土原子1が結合して生成されたものであり原子数は100である。空気の中で火が燃え続けるのは空気が火属性の原子を持つからである』『原子にとりついて結合、変移、遊離するのがエーテルであり、エーテルが分子の挙動を決定する』などと書かれている。。


 さわりを読んだかぎりでは、どうやらこの世界には電子に相当するものが存在しない。物体が電子を持たないと言うことが示すことは電気も存在しないと言うことである。試しに天気についての言葉を調べてみたがやはり雷は存在しない様だ。試しに謎の力さんを使って、電気、電子、雷を翻訳しようとしてみるとそれも出来ない。次に石板と髪をこすりつけてみたが何も起こらなかった。恐らく静電気も存在しなさそうだ。静電気が存在しないとなると乾燥しているところでパチッと音がして指が痛い現象も起きないはずである。あれは地味に痛いので、それはそれで僥倖だが……。代わりに魔素の移動によって説明出来る魔力が存在する。錬金術を使う事で、原子の結合を操作して物質を変化させる事が可能と書いてあり、この世界に於ける化学に相当するものが錬金術の様だ。


 また保有する各属性原子の多いものがその物質の属性になるらしい。先程の空気分子?は風原子が70%なので風属性になる様だ。例えば、1:1:1:1と均衡している場合どうなるかと言えば無属性になると書いてある。


 一般的生物は無属性になると言う。大半の生物は火、水、風、土の四属性が均衡していると書いてある。しかしながら完全に均衡する事は滅多になく。火が27%で水が23%みたいに誤差範囲の個体差がでるらしい。これらは魔法や錬金術を使う上での得意属性に反映されると書かれている。先程の例で言えば火の割合が高いので火属性が得意で、水の割合が低いので水属性が苦手になるらしい。この個体差は、産まれたときにほぼ確定しており後天的に変わる事はないらしい。


 もちろん無属性以外の魔物・生物も居る訳で、例えば、ファイアーアントは構成分子の内50%以上が火属性であるので火属性の生物であるなどと書かれていた。


 そうすると化学肥料の類はどうやって作るのだろう。地下にある畑を思い出したので考えてみた。確か、肥料として重要な元素は地球では窒素、カリウム、リンの3つ。うちカリウム、リンはどこかから掘り起こしてくる必要があるが窒素は大気中に大量にある。ただ植物が空気中にある窒素を直接取り込めないらしく、微生物が窒素固定を行いアンモニア化合物に変えたものを土壌から取り込んでいたはずである。


 な○う系でおなじみのノーフォーク農法は、輪作の途中でクローバーの様なマメ科の作物を混ぜることにより共生する根粒菌が窒素固定を行い、窒素肥料を補充している訳である。なおノーフォーク農法をノーフォーク以外でやってもカブの栽培に手間がかかりすぎてコスパが悪い。そもそも小麦の栽培に向いていない土地の土壌改善の為にカブを植えたわけだし、ノーフォークの土壌がカブを育てるのに手間がかからないので採用されただけだ。要するに土壌や植物の性質を調べないで他所の農法をそのまま持ち込んでも無意味だからニワカ知識でチート出来る訳がなかろう。……ベテラン農家は土食べて土壌を調べたりするけど、あれで土壌がアルカリ性か酸性かとか調べて居るのかしら。アルカリ性なら苦いし、酸性なら酸っぱいはず。でも土など食べたことないから知らない。……この世界のゴブリンって肥料になるのかな。江戸時代は、魚の保存が利かないので取った魚の大半を肥料にしてみたいだし、似たような事が出来るのかなかな。


 ――などと言う戯れ言はおいといて、窒素固定を人工的に行い窒素肥料を製造可能にするのがハーバー・ボッシュ法と言うやつである。門漢外なのでよく知らないが、簡略に説明するとドイツの科学は世界一と言う奴である。何しろ空気と水から硝酸が作れるので爆薬作り放題、ヒャッハー○し放題だぜ。硝酸があれば黒色火薬に必要な硝石も作れるし、それより威力の高い爆薬の製造にも硝酸は使われる。まぁそのような物騒なモノの作り方など知らないし、火花が散るモノとか爆発するものとか怖くて触れない。線香花火ですらビビりながら火を付けるぐらいだし、マッチですら手を燃やしそうで怖くて触れない。


 話が逸れたが、ハーバー・ボッシュ法は窒素と水素を混合した気体を圧力とか温度とかいじくり回して触媒を利用して人工的にアンモニアを精製する方法だと思う。


 窒素に関しては大気の80%を締めるからいくらでも手に入るのだが、水素は0.000055%以下しかない。どこかのな○う系が、ニワカ知識で空気中の水素と酸素を合成して水を生成するなどと言う小学生以下の知識を開陳していた気がするが、非常に微少な大気中の水素を探して酸素と結合するより、大気中の水蒸気を水にする方が遙かに楽だ。何が楽しくて砂漠に落とした砂を探すような苦行をするのか意味不明だった。大気中の水蒸気を水にする事は魔法どころか小学生の夏休みの実験で可能だ。冷たいコップに水滴がつく現象(結露)があるが、この水滴が大気中の水蒸気だ。


 要するに、大気中の水素が誤差レベルでしか存在しない以上、アンモニアに必要な水素を得るには空気中から直接水素を取り出すより水を電気分解するべきである。しかし、この世界の設定では、そもそも電気がないので電気分解ができない。


 ――そうするとメタンガスと水蒸気から化学反応で水素を生成する方法を採るべきであろうか――確か工業用水素はこの方法を使っていた気がする。もちろん方法を知らないし、そもそもメタンガスはどこで手に入るのだろう……。


 良く考えてみると、この世界の設定は電気もさることながら原子と分子の概念自体が違う設定になっているため当然、大気の構成も違っており、ハーバー・ボッシュ法がそもそも使えない気がする。窒素と言う元素もないみたいだし、植物に必要な肥料の構造も違いそう。


 そこで肥料に関する資料が無いかと石板タブレットで少し探してみたが見つからなかった。どうも検索するのにコツが居る感じだ――設定を考えるのが面倒だから存在しないだけの可能性もありうるが……――おそらく、土から土原子と水原子を取り込んで、光合成で風か火のどちらかを取り込みそうなので風原子か火原子のどちらかが肥料の主成分になるのかと考えてみたのだが――。


 『初めての錬金術』に書いてあるエーテル云々が全く分からないし、化学肥料の作成などすることなど無さそうなのでこの思考実験ついては頭の隅に放置しておくことにした。面倒になったとも言う。


 ちなみに「肥料ってどうやって作っているの?」とメイドに聴けば良いと気がつくのはずっと後の話である。そんなことに気がつくならコミュ障拗らせていない。

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