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 一方、エルフの森の中、石板タブレットの投影するスクリーンと格闘している転生者が一人。どうやらスクリーンのアイコンに直接触れると連動するショートカットが実行される事は確認できた。宙空に浮いてるアイコンに触れるのはなんとなく違和感を感じた……。


(……しかし、宙空に触れているだけなのにフィードバックがあるんだコレ……)


 宙空に浮いているスクリーンのショートカット・アイコンに触ると感触がフィードバックされるのである。それ以外の場所に触れると突き抜ける。どういう仕組みになっているのかは不明だが……現実でも似たような技術(空中タッチ操作ディスプレイ)は実用化寸前だった気がするので自律思考型AIを作れる技術があるなら存在しても別に不思議では無い。ただ、恐らく古代文明の失われた超技術とか言うありきたりな設定で片付けるんだろうな……と思った。それが事実か創作かどうかは未だに半信半疑状態のまま保留の状態だ。


 言い替えれば、現実である可能性と虚構である可能性の両方をあることを想定していかないと未だに危険な状態にまだ置かれているのである。


 それはさておき先程中座して食べさせられた昼食は脂マシマシの豚骨ならぬ猪骨ラーメンだったが、全然胃が重たくらないとは……若い身体ってこういうものなのか……それとも仮想現実だからか?先程食べたラーメンを思い出す。猪の骨を煮出して作った本格猪骨ラーメン。猪肉は豚肉に似ているがやはり野生の食べ物なので、臭みをしっかり抜いてから長時間煮込む必要がある。そのラーメンはこってりしつつ、臭味も無い濃厚な味付けだった。ただ、猪にしては脂がのりすぎだったかもしれない。小屋の中で肥育した豚と違い野生の猪の脂ののりはさほど良くないはずであるが、先程の猪は豚に負けないほどに脂がのりまくっていた。チャーシューもたれが塩梅よく染みこんで旨かった。ミリア会心の料理と言えよう。それ以前にラーメンが存在する事自体が謎であるが、どうせ太古の知識で片付ける気なのだろう……この世界の設定。


 その後、このコンソールとしばらく格闘している訳だ。ただUIが今まで使ってきたものに操作感が全く似ていないので試行錯誤トライアンドエラーして、感覚をつかんでいる最中である。スマホしか使ってない世代が、いきなりPC使えと言われた感じみたいな。そんな状態だ。


 しかし、誰だ……このUIの設計者……確かに直感的には使えるけど、違和感しか感じない。人間が考えたとは思えない設計思想で作られている感じだ。この設計者の設計思想に関して一回問い詰めてみたい。


(……現在、御主人様の思考が完全に脱線している様です。こういう新しいものガジェットを見るとのめりこむのは適合者エンジニアさがだから仕方が無いとは言え、しっかりお仕事をして欲しいものです)


 そう思いながらもメイドが顔を赤らめてその様子も眺めていた。そして「御主人様、素敵」などと時々独り言をこぼしている。端から見ればゲームで遊んでいる子どもに過ぎないのであるが。


「……ところでこの後、何をすれば良いのだ……」


「御主人様は、適合者ですので適当にいじっていれば何か分かるのでは無いでしょうか?」


「……そんないい加減では、何も出来ないですけど……」


 仕様書無しにアプリ作れみたいな事を言われても困る。ゴールが決まっていないマラソンみたいなものだ。疲弊するだけで生産性の欠片も無い。残念ながら、ノープランで何か作ってと言えば完成品が出てくると思っている経営者や営業はごまんと居た訳だが、そういうのは、てめーの脳みその中身かち割らんと不可能だ。……俺は神ではないぞ。思わず過去の記憶を思い出して激高する……。


「この世界にゴーレムの正しい知識を伝えることでよろしいでしょうか?そのためのヒントがこの館の中には残されています。それを読み解いて理解出来るのは御主人様だけなのです」


「……いきなり出来ると言われても困るな……」


 俺は、やれば出来る子ではないのである。出来ることは出来る、出来ないものは出来ない子である。実力にそぐわない事を出来ると言われてもそれは無理と返すしか無いのだ。その見切りを見極める才だけは信じているので決して頑張らないのだ。頑張らないで最大限の成果を出す。そいつが俺の辞世の句だ。実際には逆になる事が多いのだが……主に周りが無能な所為で……。また過去の愚痴が出てきた……反省。


「……申しわけ有りません。事情も知らずに御主人様が現れた事で舞い上がっていました。コンソールと格闘するのは後に致しましょう。先にどのようなものがあるか分かる範囲で説明いたします。それから一緒に考えましょう」


 自分が酷い事を言った様な錯覚に陥る。違うここで騙されてはいけない。納得したら負けだ。俺は存在しない気合いを入れ直す。


「それでは、このフロアの裏にある倉庫を見て頂きたいのです」


 地下5階は中央官制室しかなく他のフロアと比べてかなり小さい。それは大半が隠しスペースになっている所為だ。メイドは入口横の廊下の壁の中に埋め込まれちる基盤らしきものを開けると、何やら打ち込み始める。大体256文字ぐらいたたき込んでいるようだ。ちなみに256と言う数字は一般人には中途半端な数字かも知れないがITエンジニアに取っては切りの良い数字だ。2の8乗、つまり2を8回かけた数字が256。この数字はコンピュータを扱う上では非常に切りが良い数字だ。


 メイドが256文字打ち込むと、廊下の一部が横にスライドして薄暗い空間が見える。


「ここから倉庫に入れます」


「薄暗いな……」


 御主人様は、おどおどしながらメイドの後についていく。


「倉庫の方には常時点灯する魔道照明がついていませんので、今つけます」


 メイドがスイッチを押すと倉庫の中が明るくなる。そこには雑多なものが整然と並べられていた。


「こちらはゴーレムの素材置き場になります」


 そこにはマネキンみたいなものが積み上げられていたり、円柱状のル○バみたいなもの、犬の様なもの、車の様なもの、それより細かいよく分からない形状をした部品の様なものが区分されて置かれていた。


「このあたりは、時間凍結処理を施してあるので触れない様にお願いします。合成たんぱく質や特殊樹脂を使ったゴーレム素材は凍結処理が解かれるとあっと言う間に劣化してしまいますので……」


「劣化してしまうのであればゴーレムに向いていない素材ではないのか?」


「そこは魔力を通す事によって再生し続けることで劣化を防ぐ訳でです。私の身体もそのように出来ています。ただその影響か、老廃物が出てしまうのでその除去が面倒なのですが……。触れてみれば特殊どういう性質のものか代物か分かりますよ。御主人様は触れてみますか?」


 老廃物……どうやら垢みたいなものが出るらしい。それより、メイドが、こちらをじっと見つめながら私に触れてくださいと言う仕草をして居る。


「……え……遠慮しておきます」


 何かやな感じがする……いわゆる美人局つつもたせ的な予感がするのだ。警戒はまだ怠ってはいけない。


「御主人様の意気地無し」


 そう返しますか……相手は自称ゴーレムですよ。自称はあくまでも自称だ。本当に自称だったらどうするのさ……うまく言語化できそうにないが、ヤバみは分かるだろう。


「こちらは工作用道具になります。素体は合金が多いでしょうか?この研磨用ゴーレムはアダマンタイトとオリハルコンの合金を使っていますね……」


「……ところでアダマンタイトとオリハルコンの原子番号、陽子数、中性子数はいくつなのだ?」


 ふと俺は思って尋ねた。かつて仮に地球と同じ世界観でミスリルとアダマンタイトとオリハルコンが存在した場合、原子番号は幾つになるかと言う思考実験をしたことがある。しかし無情にも現実の周期表はほとんど埋まっており、すでに残っているのはいわゆる超アクチノイドといわれる場所しか無い。それですらほとんど埋まっているのだ。しかも元素は一定の大きさ以上のものはすべからず安定しないのである。ほとんどが放射性元素と言われるもので長くて数秒、短ければ瞬く間に崩壊してしまうものばかりが揃っている。例えば日本で発見されたニホニウムと言う元素がある。この元素の半減期は2ミリ秒だ。複数の同位体が存在するがその中で安定したものですら半減期は19.6秒。これらの重元素は崩壊を繰り返し出世魚ならぬ左遷魚とばかりに元素崩壊を繰り返し、どんどん小さな元素に変わっていく。そのうち比較的安定した元素になり寿命も長くなるがそれでもプルトニウムかウランになるまで崩壊を繰り返す定めにある。そのプルトニウムかウランも数億年から数百億年と人からみれば遙かに大きい半減期を持つが最終的には鉛に集約していく運命にあるのだ。現存の周期表より大きい元素に関しては存在しているのか定かでは無いが、この傾向を見る限り安定した重元素などは存在せず、仮にアダマンタイトとオリハルコンが現実に実在したとしても放射性元素ではないかと思ってしまう――でなければ合金であろう。


「原子番号?陽子数?中性子数?……御主人様、それは、なんで御座いましょうか?確かにこの世の全ての物質は原子で作られていますが、その原子は状態エーテルと四元素で構成されております。水火土風の四大元素と結合エーテルと遊離エーテルと転換エーテルが絡み合って物質を構成しています。ここまでは錬金術の基礎ですので、私にも知識はありますが……詳細についてはライブラリを調べるとよろしいかと」


 この世界の原子はどうやら素粒子で構築されていない設定になっているらしい――と言うか意味がサッパリ分からない。素粒子論の全否定の設定……その設定、恐らく途中でボロが出そうな気もする。ともかく化学式を応用した技術チートを通用させなくするための仕掛けせっていであろう。可燃物が酸素と結合する事を燃えると定義出来なくしている可能性もありそうだ。しかし、好奇心は猫を殺すである。生き延びるためには、そう言う細かな設定の違和感に気がついてはいけなさそうだ気がする。なんにしろ警戒を怠らない方が良いに違い無い。物理方式に関してはアリストテレス物理学を適用した方が良いかもしれない。現実の世界ではアリストテレス物理学はニュートン物理学に置き換わり、ニュートン物理学の一部が量子力学に置き換わっているものの通常の生活範囲ではアリストテレス物理学は今でも適用可能だからだ。見た目の法則は同じであるが、それに到達するまでの大元の法則が元の世界と全く異なると言う捉え方をし、そこから誤差を修正していく手法が有用であろう。ともあれ、この世界の設定担当が、そこまで考えて居るかは知るよしもないが……。恐らく何も考えて居ない方にかけても良い。そういえばアリストテレスは世界は四元素で構成されていると考えて居た様だが、恐らくこれもどこぞのラノベかゲームから設定をパクっただけだろう。相対性理論を利用しているGPSや量子力学を利用しているフラッシュメモリと言った技術などを太古技術として出してつじつまを合わせようとすると恐らく設定の破綻が起きそうな気もする。が、その部分を気にしたらイかれた自称女神にいきなり消される可能性がある訳だ。それだけは絶対避けねばならぬ選択肢だろう。今でも生きのびる事が優先順位の第一だ。


「……いや、それに関しては良い」


 この先は科学者か錬金術師に任せる案件だ。だって俺はプログラマだし。

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