5 それでは屋敷の中を案内させて

「それでは屋敷の中を案内させていただきます。まず地上の方から。ここには御主人様の寝室と食堂とお風呂があります。後は物置や書斎と客間です」


(それしかないのおかしくない。それならこの屋敷、何で迷宮になっているんだ……?)


「それは機密事項の部屋が沢山あるからです」


(もしかして開けると首が飛んじゃう青ひげの隠れ部屋みたいなのがあるとか……)


 青ひげと言うのは童話に出てくる登場人物だ。百年戦争で活躍した救国の英雄ジル・ド・レがモデルとされている。青ひげは、それまで六人の奥さんを貰っていたのにみんな行方不明になってしまう。そして少女が7人目の奥さんとして貰われていく。青ひげは、旅に出かけるから鍵を預けるが、この部屋だけは開けてはいけないと言い少女に鍵を渡す。少女は、興味本位でその部屋を鍵を開けてしまう。果たしてその部屋の中には……と言うホラーだ。小さい時、童話と言われて読んだ事があったが中身はスプラッター。今でもトラウマになっているホラー小説だ。ちなみに史実のジル・ド・レは少女ではなく少年を掠っていたとされている。機密事項にはきっとその青ひげみたいなお部屋が……。戦慄を覚える。そして知らない部屋は絶対に開けるまいと誓う。


「青ひげは居ませんよ。それでは地下の方に案内します。地下の方が数十倍広いですから注意してください」


(え、もしかしてこの数十倍歩いていくの……)


 さすが考える事がひと味違う御主人様である。ミリアは思った。何故か分からないが御主人様が考えて居る事が手に様に分かってしまうのだ。恐らく将来やってくる適合者に合わせて作られたからであろう。


※※※


「ここは地下一階です。ここは倉庫になっています。雑貨などがしまってあります。御主人様がここに行く用事は無いでしょうから、そのまま通過します」


 メイドは早足で歩く。そのまま階段を降りるとそこは一風変わった風景だ。高さは5mぐらい、天井は明るくLEDライトがつけられている様な感じ……実際にはそれより明るく、まぶしく無い自然の明るさで、そこかしこに水が張られている。地上と異なるのはこの回は全面照明になっておらず、床が木では無く土が敷き詰められていることであろう。


「ここは?」


「田んぼです」


「え?」


「……ですから田んぼでございます。ここで稲を育てております。正確には農場エリアです。稲、豆、麦などを育てています。他の区画では野菜、果物、ハーブ類などを育てて、鶏や牛も飼っております」


 啞然とする御主人様を見ながらメイドは、あぜ道を進んで行く。


「ここまでは普通の屋敷と変わりません。ここから下がゴーレム研究所になっています」


 御主人様が「いや地下に田んぼがあるのは普通の屋敷じゃないだろう」と言いそうになるところを遮る様にメイドは歩みを進める。


「……水田だな……」


「水田ですけど田植えはしません。直播きです。手抜きと言うより直播きでも温度調節も水量調節も容易なので田植えをする必要が必要ないだけです」


 ……そういえば東南アジアやカリフォルニアの方は直播きだったような気がした。田植えを行うのは種まきの時期が発芽条件より温度が低いので温めた室内で発芽させてから移植した方が効率が良いからだ。そして田植えの時期には水田には十分な水が必要で水が不足すると田植えは叶わないし気温が低いと稲は育たない。その為、まともな潅漑技術が存在しなかった雨季が七月から始まる中世某国では田植禁止法が連発されて居た気がするし……。それより少し前の時代の日本では農民が米ばかり作るので、飢饉が起きるたびに米以外の穀物もちゃんと作る様に命令だしまくってたのだったかな……まぁ、うろおぼえだけど。そう考えながらそのまま下の階に吸い込まれる。階段を降りながらメイドがゴーレムについての説明を始める。


「ゴーレムと言うのは魔法で動く人工物の総称です。ただ自立駆動させるには高濃度の魔水晶が必要でして、古代の技術を使わないと不可能な代物なのです。ところがその技術を独自に開発しゴーレムの核に取り込む事に成功したものが300年前ほどに現れました」


「やけに詳しいな……」


「私が目覚めたのは1年前ですが、私が冬眠している間もこの屋敷から張り巡らされている魔道ネットワークは3000年の間、情報収集を行っていました。私は、その魔道ネットワークに蓄積された情報の一部を取り出したに過ぎません。もっとも私の持っている権限では機密情報にはアクセスできません。その時代で最低限必要とされる情報にのみアクセスできます。御主人様は機密情報にアクセスできるかも知れませんが……」


「……それは試してみないと分からないのか?」


「はい、そうなります……。話の続きになりますが、この新しいゴーレム核が発明されてから程なくに魔術式を刻み込み、簡単な命令を制御出来る様な研究成果があったそうです。これが軍事投入されるきっかけとなったようです。言い回しが曖昧なのは複数の国が同時期に似たような技術を構築したので誰が最初かよく分からないからの様です。そのためいくつもの国がゴーレム魔法の元祖だと主張している様です」


「魔術式を刻み込んだ核ねぇ。それはFPGAみたいなものかな?再利用が難しいとか」


 コンピュータみたいなものと言わずFPGAみたいなものと言ったのは刻み込むと言う単語が引っかかたからである。あくまでも主体はゴーレム核と言うハードウェアであり、魔術式はそのゴーレム核ありきで作られる代物でコンピュータ・ソフトウェアの様な柔軟性が無いと判断したからである。完全ハードウェアのASICと考えなかったのは魔術式はカスタムメイドではないかと考えたからである。そして簡単な命令のみと言うからにはそこには頭脳に相当するCPUが存在しないのでは無いかと考えたのである。そこまで言ったのは良いが、自分がハードウェアに関しては門外漢なのを思い出した。見当違いの事を言って混乱させていないかと心配になる。場合によってハードウェア警察に連行されても文句は言えない状況だと肩をこわばらせてメイドの反応を待つ……。


「……FPGAが何かは分かりませんが……。核に刻み込んだ魔術式を書き換えるのは容易でないみたいで各国は魔術式構築に力を入れているらしいです」


 ……どうやらスルーしてくれた様だ。ほっと胸をなで下ろす。


 そこからミリアの説明を詳しく聞くと、この世界の設定に於けるゴーレム作成は、どうやらカスタムメイドの半導体を一体一体作成している様なものらしい。それも昭和の電子機器工作の様にプリント基板の上に100、200と言う数の半導体部品を半田付けしていくがごとく。それでも戦争の主力に投入できると言うことは、それなりのゴーレムを生産出来ていると言うことに他ならないのであろう。転じて前の世界を俯瞰してみると軍事最大保有国でも戦車の保有数は万を超える事は無い。それよりずっと小さい規模の戦争を行っているこの世界ではゴーレム100体所有でも大戦力と言えるのだろうと言う想像はつく。100体のゴーレムと一万の騎兵がいれば世界最強国の名乗りが出来るのではないか?


「ゴーレムの数は、魔道士を投入してカバーしているらしいです。絶対魔法障壁が投入されたあと攻撃魔法を使う魔道士が大量失業したのでこの様な人海戦術が可能になったと記録にあります」


 現世でも軍用機や戦車も十億から百億単位の調達コストが掛かることを考えれば、ゴーレム一体に同等のコストが掛かっても戦争を有利に運べるのであれば採算が合うからであろうと考えることにした。まぁ、雑な設定で適当に作ったのかも知れないけど。


「それで、ロボットやホムンクルスとの違いは?」


「ゴーレムは動力源も制御系を魔法で行われているものを差します。ロボットと言うのはよく分かりませんが絡繰りオートマタの類でしょうか?もし、それであれば魔法を使っていないのでゴーレムではありません。ホムンクルスは人工生命体で魔法を動力源としませんし、中身は人体を模したモノなのでこれもゴーレムではありません」


「ホムンクルスも実在するのか?」


「古代にはありましたが、現代に存在し無い事は確認しています。ただ凍結保存中の個体が居る可能性は否定できません」


「では、ミリア……さん。君がそのような高度な動きも魔法……魔術式で行っているのか?」


「私は、魔法を動力源とし魔法で制御されていますが、魔術式ではありません。もっと複雑な魔術回路と魔術文書で動作しております」


 ミリアは人型コンピュータの上で人工AIが動作していると解釈するのが良いのだろう。ただし、そこまで高度なAIは転生前の世界には創作以外には存在していない部分を除くが……。


「ただ私の様な個体は、古代にもほとんど無かったようです。ほとんどは決められた動作を行うだけのゴーレムだったそうです」


 恐らくロボット家電や産業用ロボットみたいなしろものなのだろう。機械や電気で動くのがロボットで、魔法で動くのがゴーレムと言う解釈で良いのか。動力以外はほぼ同じ気がするけど……。


「では、空を飛ぶゴーレムは居るのか?」


「現時点に於いて存在しない様です。空の戦力としては翼竜従兵や竜騎士などが使われています」


 過去には存在したような含みのある言い回しだった。現代に於いて航空戦力にはゴーレムは居ないらしい。翼竜従兵も竜騎士も航空騎兵の一種で国よって竜の扱いに違いが有るため呼び名が異なる様である。竜を畏怖するなんとか聖王国と言うところでは竜騎兵を竜騎士と言うらしい。聖騎士の中から竜に選ばれたものだけが竜に乗るする事が出来、その数は非常に少ないとされる。ここで言うところ竜は西洋のドラゴン種で、その中でも飛竜と呼ばれるドラゴンを差すらしい。飛竜は地竜、古竜に比べて空を飛ぶことに特化し、その代わりブレス攻撃などの能力が退化していると言う。そもそも竜のブレスも攻撃魔法の一種と見なされており魔法障壁にふさがれてしまう為、ブレスは意味をなさない。それより空からの攻撃力、そして偵察力そのものが脅威である。大きな飛竜に岩を持たせて上から投下するだけでも破壊力は計り知れない。いわゆる爆撃機みたいなものである。一方、あるなんとか王国では東部に大量に棲息している翼竜ワイバーンを飼い慣らし、航空部隊と運用しているらしい。この翼竜に乗る兵は、徴収された一般兵で翼竜に付随する従士と呼ばれている様だ。この翼竜騎兵は偵察や立体機動を活かした軽攻撃・偵察機と言ったところか?


「ここからゴーレム研究室になりますが、先に最下層に参ります」


 そういううとメイドは階段をどんどん降りていく。何十回と折り返しが続き、終わる事も無いほど階段を降り続けると最下層についた。地下200mぐらいはありそうだ。

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