4 屋敷は迷宮の様に入り組んでおり

 舞台はエルフの森に戻る。


 屋敷の中は迷宮の様に入り組んでおり目的の場所に辿り着くのも外に出るのも屋敷の構造を把握してないと難しくなっている。ミリアの案内が無ければ一瞬で迷子になりそうだと思った。仮にミリアからはぐれたら屋敷から脱出する前に餓え死にしてしまう……。それだけは絶対避けねばならない。もっとも体よく屋敷を脱出したところで餓死エンドか猛獣に食べられエンドだなとは薄々感じている。


 現在、朝食を食べる為に食堂に移動している最中だ。だが俺は実は朝食を食べない派だ。その理由は朝食より寝る時間の方を重視しているからだ。出勤直前まで睡眠を確保する方を優先したがゆえに朝食の優先順位がそれより低いのだ。朝食は確かに重要かも知れないが睡眠はそれ以上に重要。どちらがより重要か考えた結果が睡眠を取るため朝食を取らないと言う選択を選んでいる訳だ。より優先順位の高い方を優先しただけの合理の帰結なのだ。その朝食食べない派の俺が今日は朝食をわざわざ食べに行っている。その理由の一つは昨日の晩飯を食べそこねたからでもある。この意味不明な世界での餓死エンドは全力で回避する必要がある。


「大丈夫です。私が御主人様を見失う事はありません。24時間おそばから離れませんので安心してください」


 それ、どこのストーカーだよ……。そもそも、このようなうだつの上がらないコミュ障陰キャ中年おっさんをストーキングする奴など居るのかと思ったが、一つ知り合いの事例を思い出した……そういえば、あいつは生きているのかなぁ……最近ネットで見かけないし……背筋に悪寒がゾクっとしたが、今はメイドの後について行く以外の選択肢がない。その知り合いの事例はスティーブン・キング原作かよと言いたくなるぐらいにあまりにおぞましいのでなるべく思い出さない様にする。


 現在、このように屋敷の中を進んでいる理由は、朝食を食べる為に食堂に移動しているからであるが、寝室から食堂までが既に迷路なのには何か理由があるのだろうか。取りあえずメイドに聞いてみた。


「御主人様、それは設計者に聞いてみないと分かりません。私の知識にはこの屋敷の設計図はありますが、設計思想はありません」


 ……なら、どういう設計思想なのだ。わざわざ迷子になるように設計してあるのか……。まるでやんごとなき方を閉じ込める牢獄みたいだ。古代ギリシア神話でミノス王妃パシパエの息子ミノタウロスのアステリオスを閉じ込める為に作った迷宮ラビリンスみたいなものか?一度入ると二度と出ることは叶わず、迷宮の中で一生を終えると言う場所か……。もしかしてここに一度入ったら出られないのではないかと言う戦慄が背中に雷霆の如く駆け巡る。


「御主人様?食堂に着きましたが何が具合が悪いのでしょうか?」


 メイドが怪訝な表情で御主人様の顔を覗き混んでいる。具合はずっと悪いわ、……と言いそうになったのを御主人様はぐっとこらえ、声を絞り出す。


「……で、どういうものが食べられるのか?」


 森のど真ん中の古代遺跡で食べられるものだから良くて保存食だろう。それも賞味期限1万年とか書いてある奴とか、もしくは謎の合成食の類かも知れない。RPGなんかだとクリエイト・フードとかいう謎飯を作り出す謎魔法とかあるし……。だが謎飯は流石に勘弁……オーク肉とかもいやだな。その手の小説だとラフに描写しているけど結局のところ両脚豚でしょ。それって両脚羊を連想させるから勘弁して欲しい……最低でもエルフの薄焼き煎餅にして……などと現実逃避を始める。


「あ、食べ物心配をなさって居たのでしょうか?それならご安心を。御主人様が現れるのは1年前から分かっていましたので滞りなく準備してあります。ところでパンになさいますか?ご飯にしますか?それとも私でしょうか……」


 そういえば紅茶とか10000年モノとか飲めたモノじゃ無いだろうし、いわゆるご都合展開だろうな。設定からそうだし――と御主人様はなんとなく納得した。メイドが最後の方でなにかしら何かギャグみたいなことを言っていた様だがそれについてはスルーすることに決めた。ツッコミを入れるだけ体力の無駄だからである。


「じゃ……じゃあ、ご飯で……」


 などとうっかり口がすべったものの、もしかして今からご飯を炊くとか言い出さないよな。しかも魔法で一瞬で……。


「ご安心してください。ご飯は、一時間前に炊ける様にセットしてありますので蒸らしも十分です」


「も……もしこれで、ご飯じゃなくてパンと言ったろどうする気だ。炊いたご飯がもったいないだろ」


「それでしたら冷凍して保存しますので。温度管理をちゃんとすれば一ヶ月は大丈夫です」


 メイドは毅然として言う。


「……それじゃあ、ご飯にしようか」


 そして目の前には、ご飯、焼き鮭、豆腐の味噌汁と生卵が並んでいる。しかも醤油付きで。ここファンタジー的な世界だよな。何故、いきなりザ・和食が並ぶの……。ファンタジー世界の転生ナーロッパものなら米的なものとか醤油的なものを手に入れるシーンは一大イベントでしょ。なんで重大イベントをあっさり終わらせるの。米つぶのデテールに拘ったRPGじゃあるまいし。


「まずご飯ですが、これは太古のブランド米を復活させたものです。現代の米は交雑が激しく味よりも耐寒耐病の方に特化しているようですから御主人様のお口に合わないと思い太古米を復活させました。現代の米は大きさがバラバラで自動収穫するには向いていないのも太古米を採用した理由です。太古米には長粒種、中粒種、短粒種そしてうるち米、もち米などの区分がありますが、本日のお米の種類は短粒種のうるち米になります。それも収穫したての新米です。次に鮭ですが聖王国の北の方に鮭が遡上する川がありまして、そこで釣ってきたものも塩漬けにして保存しておいたものになります。そして、豆腐と味噌ですが、これは南の方で購入した大豆と麦を利用しました。実は大豆と大麦、小麦も既に作付けしているのですが発酵の方が追いついていないので本日は事前に南方で購入した豆と麦を発酵させたものを用意しました。ちなみに本日用意出来たのは白味噌だけなります。赤味噌の方は熟成中で来年にはご賞味できると思います。それから出汁ですがこれは干した小魚です。共和国で買いつけてきたもので少々癖があるかも知れません。最後に卵ですが、これは野生の鶏を飼い慣らしたものです。ちゃんと《消毒》の魔法を掛けて、除菌してありますから食中毒になる心配はありません。ただ野生種なのでコクが強すぎて醤油の方が負けてしまうかも知れません。卵かけご飯になさるなら塩だけでも十分行けると思います」


 メイドが淡々と説明していく。もう、どうでも良くなってきた。聖王国とか共和国とかよく分からない地名が出てきたけど……それもどうでも良い……そもそもここで懐柔された終わりだと気を引き締めなおす。そういえば、生卵は日本以外では食べられないんだったな。清潔な環境で鶏を育成し、清潔な状態で卵を保管しておかないとサルモネラ菌が繁殖してお腹が痛いではすまなくなるから他国では加熱して食べるものだったと余計な知識だけはしっかり思い出した。ちなみに長粒種は細長い種類の米でタイやインドなどで栽培されている米だ。ピラフやカレーや海南鶏飯シンガポール・チキンライスなどにして食べる米である。その中でも上級な米は、タイのジャスミンライスやインドのバスマティライスであろう。この米を炒めると良い香りが漂っていくる上品な米だ。一方、短粒種は日本で食べられている米だ。卵かけご飯向きの米と言えよう。中粒種は長粒種と短粒種の中間で、カリフォルニアや南欧などで作られている米である。リゾットやパエリア向きの米と言えよう……おっとまた余計な邪念が……意識を食事の方に向け直す。


「……味の方は大丈夫かね?」


「恐らく……というのは私は魔力で動くので食べる必然が無いので味がよく分かりません。味をステータス化する魔道具の評価値は普通より上と出ていますが、好みの部分までは分かり兼ねます」


「……いただきます」


 ご飯を食べる時の定番の呪文を唱えると共にまず味噌汁を啜る。これは出汁が良く効いて旨い。どこかで食べた出汁が全く利いておらず味噌もケチったとしか思えないMISOスープと違いしっかり味噌汁の味がする。ただ豆腐が少し自己主張しすぎている気がした。恐らく大豆の味が濃すぎるのだ。この豆腐は本来、冷や奴で食べるべき代物なのだろう。何か別の具を入れると中和されるかもしれない。もしくは出汁を強めにするとか良いかも……。次に焼き鮭、これは塩加減が絶妙で旨い。ご飯が進みそうな味付けだ。一通りおかずを食べた後、残ったご飯に卵を掛けて、卵かけご飯にする。醤油をちょっぴり垂らして食べてみる。確かに卵の自己主張が強すぎて醤油の方が負けている。


 ――これだと醤油より塩の方がいけるかも知れない。中華スープの素やゴマ油などでも美味しくいただけそうだ。恐らく味が濃いと言うのはグルタミン酸が多いのだから味の次元を引き上げるにはおいグルタミン酸になる醤油より肉・魚のイノシン酸、きのこのグアニル酸をベースにした調味料加えるか甘味を引き締める為に辛、酸、塩を加えると言う選択肢の方が良さそうだ……などと料理評論家では無いので適当な事を考えながら朝食を平らげる。そも、ここが異世界だと仮定するとグルタミン酸やイノシン酸と言うものは存在しないと仮定した方が良いのかも知れない。


 朝食を平らげた後……もしかしてこのメイドは、胃袋から懐柔してくる気かと気構えた。


「食事は十分ですか?おかわりは有りますが」


「朝は軽く済ませる方だからな」


 ……済みません。ホントは朝は食べません。夕食食べ損ねたのでお腹が空いているので食べただけです。ホテルなどでうっかり朝ご飯バイキングを食べ過ぎるとお昼ご飯が食べられなくなるから朝は基本控えめにするのに限るのだ。


「御主人様は、食事は一日三食バランスよく食べないといけません。健康によくありませんから。無論一日二食でも大丈夫な方も居ますが、毎日規則正しく同じ時間に食事出来るように準備いたします。食べるものもこちらで栄養を加味して料理を用意しますので。ところで、好きなものと嫌いなモノはありますか?」


『お前はおかんか』と思わず言いそうになった。ここでのせられたら完全に向こうのペースだ。……というかこれ既に敗戦処理状態の気がする……既にこのメイドに俺の生殺与奪権は握られているのだから抵抗するだけ無駄だろうな……。意を決して俺は長いものに巻かれることに決めた。その代わり胃が血しそうだ。


「……じゃあ、肉が食いたい。分厚く切った肉をミディアムレアで焼いた血の滴るステーキをむさぼり食いたい」


「そこはカレーとハンバーグじゃないのですか?」


「……もうカレーって年でも無いしハンバーグは○○○○以外では食べないので選択肢にはありません」


 ……と言うかカレーもあるのか……。そういえばカレーは南方の香辛料がそろえれれば作れるな。どうせこの世界は雑に考えた異世界だろうしカレー向け香辛料も雑に用意されているだろう。そもそもカレーは中核になる2つの香辛料クミンシードとがコリアンダーさえ手に入れば、どうとでもなる食べ物だ。辛味の核になる唐辛子と色合いにターメリックがあれば完璧である。これだけで四種類の香辛料のカレーができあがるのだ。どうみても適当な設定の異世界だから、少なくともこの四種類の香辛料はありそうな気がする。逆に言えば、この世界にクミンとコリアンダーが存在しなければカレーの様なモノは本来出来ないだが代わりに煮るだけでカレーが出来るカレーの実とか言うものを用意して処理する可能性もあるな……などと現実逃避をする。


「ええ、御主人様はこんなに可愛らしいのに」


 俺の熟考を無視してメイドが顔を赤らめながらのっぴきならない事を言う。それは見た目だけで中身はおっさんなんだけど……とは思ったがそれを口にしても無駄そうだから黙っている事にした。口にするだけの勇気が無かったとも言う。

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