3 王国のゴーレム魔道研究室では

 ほぼ同時刻。アルム王国のゴーレム魔道研究室。幼女の様な姿をした大魔道士アリス・ステラの周りを弟子達が忙しそうに実験道具を持って駆け巡っている。大魔道士アリスはゴーレム魔道学の権威である。この大陸ではゴーレムが戦争を担う事になってからだいたい200年が経ている。その理由の一つは元素魔法を使った魔法攻撃が意味をなさなくなったからだ。400年前、錬金術の応用たる絶対魔法防壁技術が発見されため元素魔法による攻撃は全て無効化されてしまい攻撃魔法が戦場で意味をなさなくなったのである。さて、この絶対魔法防壁技術をさる転生者が聞けばロボットアニメで格闘戦をやらせるためにでっち上げた何とか粒子みたいなものだろうなどとのたまうだろう。もしくは某スペースオペラ小説で白兵戦を無理矢理やらせるためにでっちあげたなんとか粒子とのたまうかもしれない。それはともかく、この技術の普及によりそれまで軍の花だった魔法大隊は解散された。かつての魔法大隊は治療や輸送援助の後方支援に回される事になる。しかし攻撃魔法が無効になったとは言っても魔法の用途は幅広い。強化系や防御系の付与系魔法、輸送補助、生活魔法、土木魔法など魔法が役に経つ場面は今でも非常に多い。だが攻撃魔法が戦術に組み込まれることはほぼ皆無になった。


 それまで攻撃魔法の打ち合いが中心だった戦争は一旦歩兵と騎兵が主力の戦争に変わったが、その時代はさして長くは続かなかった。絶対魔法防壁を物理で殴り飛ばす魔道ゴーレム技術と言うものが構築された為である。魔道で作られたゴーレムは現世界で言うところの戦車や戦闘機にも匹敵する戦力になった。そして戦争のかおは一変し、ゴーレムを所有する主力部隊と補助部隊と言う形の戦が主流になった。


 そのため各国はゴーレム魔道研究に軍事予算の大半を費やしている。しかしアルム王国はゴーレム技術では一歩出遅れている国だ。翼竜従士などを駆使して対空権を制圧することにより何とか防衛戦での優位は確保していたものの数十年以内に、これらの防御策も無効になる可能性がある。特にある国で実験に成功したと噂される飛行ゴーレムが実用化されたら竜翼騎士では防げなくなる可能性が高い。国の上層部は激しく危機意識を感じ、イナウ共和国の閑職に追いやられていたゴーレム学の権威、大魔道士アリスを高給で引き抜き最新のゴーレム技術の獲得に努めていたのだ。


 もっともアリスと言えば研究さえ出来れば給与はどうでも良いと思っていた。元々自分の給与も研究費に全部つぎ込んでしまう研究狂マッドだ。それがやり過ぎと言う理由で共和国では名誉職的な地位に据えられ窓際に追いやられた理由でもあるのだが……。ゴーレム研究と言う本来の目的を忘れて、見知らぬ地平に突っ走る災害、それが大魔道士アリスだった。


「アリス先生、森の中で魔力反応が……」


 水晶を覗いていたリオンと言う中年が言う。むろんこの水晶は魔道具だ。水晶には《遠見》と《魔力感知》の効果が付与されており設定した場所で魔力反応感知するとその情景を水晶の中に映し出す機能を持っている。リオンはボサボサの白髪交じりの黒髪とカイゼル髭が特徴の中年である。


「『先生』は要らないと言っておろうが。『先生』は小馬鹿にするときの称号だと何度言ったら分かる」


 リオンの後頭部に《ハリセン》が飛んでくる。この《ハリセン》はアリスの持つ固有魔法の一つだ。アリスはこれを自動発動する受動発動パッシブスキルと説明している。要するにアリスは『この呪文は勝手に発動してしまうから知らないもん』と言い訳しているのだ。その言葉が真実かは定かでは無い。無論、攻撃魔法が無効化されている現代に於いて《ハリセン》は肉体的ダメージを一切与えない。攻撃力皆無のツッコミ専用魔法である。


「では老師。エルフの森の中で魔力反応がしています。古代魔法時代の館を開けたものが居るようです」


「老師も駄目だと言って居るだろ……。この麗しき肉体に老いたと言う単語は禁止だ」


「でも老師の実年齢って……」


 リオンに3つの《ハリセン》が同時に飛んでくる。


「それは禁句だ」


「でもロリババァってのは真実ですよね」


 リオンの言うようにアリスの背丈は9歳か10歳ぐらいしかなく見た目も大きくさばを読んでもせいぜい12、3歳ぐらいである。そして淡いブロンドの細い髪の毛をツインテールに束ねていた。その髪型と青いエプロンドレスの人形趣味的な服装がさらに幼さを強調している。一見するとどこから見ても幼女である。しかし、アリスの共和国に於ける最古の武勇伝は30年以上前に遡る。中には半世紀以上前に遡る伝承さえあると言われている。それについて確認しようとしたら次の瞬間、頭が吹き飛ぶ事だけは間違いあるまい。そのため伝承は伝承のままで留まっているのであるが……。


 ともあれ一見すると瞳にアクアマリンをはめ込んだ金髪幼女人形に見えるが、ひとたび動き始めると何もかもが災害になるのがこの魔道師の正体だ。


「リオン、お前は《ハリセン》ではなく実弾を食らいたいのか?」


 アリスは魔銃を抜こうとする。魔銃と言うのは火薬代わりに炸裂魔法を利用して銃弾を射出する銃の一種である。メンテナンスが簡単で使いやすいと言うメリットがあるものの使用者に一定の魔力が必要である上に威力が水鉄砲以下なのであまり普及していない。そもそも本来、魔銃と言うものは実弾ではなく、魔法を込めてその威力を増幅させる為に作られたものである。しかし現代では絶対魔法防壁技術で無力化されてしまうために意味をなさない。恐らく魔法防壁の展開されてない未開の地での探索か余興ぐらいにしか使えないであろう。――ただし、それすら標準的な魔力持ちの魔術師が必須と言う前提がつく代物だ。魔力食いの魔銃より火薬を使う錬金銃を使った方が遙かに効率が良い。


「老師が魔銃を撃つと洒落にならないでしょう。研究室ごと吹き飛びます。共和国では実際に吹っ飛ばした事もありますよね」


 リオンはアリスの古くからの弟子の一人で、このようなアリスの武勇伝を沢山知っている。その現場に居合わせたことも何度もある。それでもリオンが歩く災害であるアリスについているのは探究心によるものか被虐心によるものかははっきりしない。そしてアリスの魔法が絶対魔法防御を突破して暴発する理由は世界の謎の一つである。しかしその暴発で死傷者が出た事は無く、文化財や重要書類の致命的な損失も発生したことが無いのだから恐らく絶対魔法防御そのものは発動しているのだろう。


「まぁその辺は善処する」


 また老師が開き直っている……。まぁでもコレが良いのですけどね。ついでに『この豚めが』と言って踏んでくださるとなお良いとリオンは思った。どうやらリオンがアリスの弟子を続けているのは駄目な方の理由の様である。


「……それよりエルフの森の話です」


 ちなみこの時代、エルフは絶滅種とされている。エルフに関する伝説は多数あるもののその姿が確認されたことは数世紀に渡って存在しない。仮にいたとしても物語のネタになるぐらいであろう。そのため現代では既に絶滅したか空想の産物であると考えられていることが多い。そしてエルフの森がエルフの森と呼ばれているのは、かつてエルフが住んでいた伝承があると言う理由に過ぎないと言う説が有力とされている。


「もしかして、適合者が現れたのか……」


 アリスが首を傾げる?


「それでどうしますか?しょっ引きますか?ところで適合者と言うのは巨大ゴーレムに搭乗して自由自在に動き回せるやつのことですよね」


「そうじゃないだろ」


 《ハリセン》が孤をえがいてリオンの後頭部を直撃する。無論ダメージは無い。リオンにしてみれば単なるご褒美と言えよう。


「そもそも、太古のゴーレム技術を取り扱えるものを我々の間では適合者と言うのはリオン君も当然知っているはずだよね?リオン君、君は、何年わしのわしの弟子をやっているのかい?未だに解読されていない太古の言語を理解できる先天能力を保持し巨大ゴーレムを一人で可動させられるだけの大魔力持ちのことだろ」


「……ああ、そうでしたね。しかし、その適合者が手に入れば、王国のゴーレム技術は飛躍的に伸びますね。世界征服も不可能ではないぐらい……あ、流石にそれは不味いか」


 リオンが白々しく言う。また、わざとボケたなとアリスは一瞬思ったがそれを片隅に追いやり言葉を続ける。


「……いや、リオン君。それについてだが、しばらく様子をみろ。王国の上層部えらいひとには間違えても稚拙な行動は取るなと二重三重に串刺しにしにしておけ」


「老師にしては慎重ですね?」


 リオンは『そこは《釘を刺しておけ》の間違いだろ』と言いかけて心の中に釘を刺した。老師をからかうのは面白いがやりすぎると大惨事が起きる。そろそろ、その限界が近いので加減が必要と感じた。リオンはこれでも一級アリス鑑定士を自負しているのだ。


「いや、適合者がどういう人物か全く分からないのだから、いきなり交渉して臍曲げられても困るだろ。事前情報を集めて相手側からコンタクトを取って来るように誘導できるのが最善だろうよ」


「そうですね。その適合者が老師みたいな性格だったらものすごく面倒ですもんね。よく分かります。無理矢理連れてきたら国の一つや二つ平然と滅亡させちゃいますもんね」


 リオンがポンと手を叩く。後頭部に《ハリセン》が飛んでくる。今度は直撃だ。リオンは後ろを向いたが居るのは走り回っている弟子だけ。この魔法ハリセン、神出鬼没ですね。そう思い直すとアリスの方をむき直す。


「そこでだ、そこの査察官。国王に掛け合ってこい。この適合者を見張り必要なときだけ手を差し伸べる様に。向こうから接触してくるまでは介入は絶対まかりならぬと……万が一介入を行うなら先に適合者の性格を慎重に見極めてから慎重に行えとな」


「……ハイハイ、言ってきます」


 ヤレヤレと言う格好をしながら査察官シーア・エステルが言う。シーアがヤレヤレポーズを取るために手を動かすと赤く長い髪と大きな胸が揺れる。実際のところシーアは、『何故私が行かないと行けないのですしょうか』と言おうとしたのだが、不毛な議論に巻き込まれる方が更に厄介な事が分かっているのでここは素直にうなずいた方が良いと判断した。これは決して保身では無く査察官の仕事の一部だ。シーアは自分に無理矢理そう言い聞かせる。査察官の本来の仕事は研究の成果を確認するため、研究をサボっていたり、他国に情報を流していないか、予算が適切に使われて居るかを監視する為に国王の代理として送られてきた役職である。まぁ実際にやっているのはタダの使いぱしりなのだが。――もっともアリスは研究費を私的に使い込むことどころが私財までつぎ込んで居るのである……。さすがに私財をつぎ込むのは権利関係がややこしくなるので辞めて欲しいとはシーアはなどは言っているのだが、この金髪ロリはそんな権利やらはお前らで分け合えば良いだろうと言って話を聞こうとしないのだった。アリスは権力欲や金銭欲が無い分に逆に面倒臭かった知的欲を満たす為に暴走するモンスターを手懐けるのは流石に難しく、アリスに臍を曲げられない様に応対するのがシーアの限界だった。


「査察官、その胸の無駄な脂肪を揺らしている暇があったらさっさと行け……己はわしを侮辱するつもりか」


 幼女が巨乳に向けて吠える。『ついてしまったものは仕方無いがないじゃないですか、自分の意思ではついたものではないですから』という言い訳も無視され哀れなシーアは今日もアリスにこき使われるのであった。

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