1 今回はイキの良さそうな奴が来たようだ


 ——そのいくばくか前の話。舞台は冥界。


 今回はイキの良さそうな奴が来たようだな。わたくしこと女神は椅子にもたれかかってキュケーオンをあおりながら思った。因みにキュケーオンとは大麦と蜂蜜とチーズを混ぜて水とか酒で割った飲み物(食べ物と言う説もある)である。ギリシア神話に出てくる飲み物であるが詳細は居たって不明な代物だ。当時のものを再現したと自称するものは色々があるがどれも推測で作ったものに過ぎない。何しろキュケーオンの記述が残されている叙事詩オデュッセイアが書かれた時代に既に詳細不明の代物だからだ。そのため、ここで呷っているキュケーオンがどういうものかというのは想像にお任せする。


 この古代ギリシャから召還されたと思われ、艶光る浅紅色の長い髪をなびかせ物憂げな溜息をつきながらキュケーオンを呷いでいる超絶美人とは一体全体だれであろう。それはわたくしこと女神セレス。ただし古代ギリシャの女神ではなく異世界の女神なのがちょっと違う点。わたくしこと女神は、古代ギリシャから召還されたわけではなく地球という所に派遣され召喚任務を司り、このように古代の書物に出てくる女神の格好をしながら異世界に送る人間を吟味するお仕事に携わっている。つまり、わたくしこと女神は召還されるのではなく召還する側。わかり安く言い直すとガチャで回される側ではなくガチャを回す方である。ここの所を勘違いなさぬよう。そして今回は古代ギリシャ風の衣装を纏ってみた。かなり気合いを入れて雰囲気を作りを行っている。この衣装はわたくしこと女神の渾身の作品だ。私の趣味はコスプレ……もとい、これはあくまで雰囲気づくりの一貫に過ぎない。神様と言うのは威厳があってナンボの商売なので今回気合いを入れてみた。あくまで、これは仕事なのだ(強弁)。


 今日来た転生候補者は恐らく世界作り替えるであろうと言う逸材。その才能は異世界で必要としている人材にマッチ、何より性格がコミュ障陰キャで人間不信・女性不信。これは得がたい才能だ。異世界人は、油断するとすぐハーレムを作ったり、世界のバランスを考えずに俺つえーを始めたり、勝手に隠居してスローライフ始めたりしてしまったり、召還する側としては、とても困る行動をしてくれるのだ。そしてそのような異世界人を送り込むたびに主神に叱られるのはわたくしこと女神だ。


 ——何という不条理。


 主神様はわたくしこと女神ではなく異世界人の方を叱るべき。まあ、今回はお眼鏡に叶うかしっかり確認させていただいてから儀式行うことにしますけど。


 ただ、この男、落雷如きで伸びているのが少し気になった。


※※※


「……よ起きなさい」


 落雷の後記憶が無いのだが、うっかりブラックアウトしていたのか?……と思い目を空けるといつもと天井が違う……と言うよりそもそも天井が存在しない。青い空が那由他の彼方まで広がっている。インドアオンリーの俺には単なる地獄がそこには広がって居る。


「……げぇ」


 思わず飛び起きるとそこには時代錯誤らしき服を来た女性がいた。そういえば、こういうのがうろうろしている場所が近くにあったことを思い出した。俗に言うコスプレ喫茶と言う場所だ。だが、あいにく俺は最近コスプレ喫茶に行った記憶がないし、そもそも生まれてこの方、行ったことはない。確か、PCの前でキーボードを叩いていている途中で突然、電源が落ち画面が真っ暗ブラックアウトになったところまでは覚えているが……その後、フラフラ、コスプレ喫茶まで歩いて行ったとでも言うのか?……いやでも……今居るのは青空の下だし、もしかすると撮影会やイベント会場の方かも知れない。あのような人混みの中に出歩くとか虫が火に飛び込むような所業だ。……まぁ、それはどうでも良い、そのような場所に行った記憶が無い事が非常に問題だ。どうも最近疲れ気味だしそろそろ病院の予約をしないとヤバイかも知れない……。


 桃色の長い髪とおっぱいを揺らしながらギリシア神話を模したと思われる時代錯誤の薄気味悪い衣裳を来た女がこちらを睨んでいる……いや、俺悪いことしていないだろ。……あっ、生まれてすみません。取りあえず謝罪のポーズを取る。いわゆる陰キャの処世術である。


 ……にも関わらず残念な桃色おっぱいは、こちらをじっとにらみつけている。


「……な……何か用事ですか?それとも美人局つつもたせかなんかですか……」


 俺は、コミュ障特有の語頭と語尾の部分が虚空に消え去る何時ものしゃべり方で尋ねる。コミュ障と言うのは口を開けるのも会話するのも膨大なエネルギーを消耗する生き物。少なくとも次に紡ぎ出す単語を考えるだけでも、かなり胃にこたえるのだ。


「いや、君は先程死んだのだけど、その部分記憶に無いの?」


「そ……そんな記憶は無いです……」


 俺は雷鳴と共に気を失っただけで、死んだ記憶は無い。死んだ記憶が無く、息をしていると言うことは生きていると言う意味である。QED証明終了。これは間違い無い。


「……い……いや死んでないでしょ?だって死んだ記憶など無いもの。も、もしかして……タチの悪いドッキリですか?」


 女がおっぱいをゆらしながこちらに顔を近づけてくる。べつにおっぱいを見ようとしている訳ではないけどどうしても目に入ってくる。これは精神衛生上非常に悪い。もしかして、コミュ障が人の顔をまともに見られないのを知っていてわざとやっているのか?やはりタチの悪いドッキリの可能性が高いと思う。


「あっ……いや、死んだら記憶があるわけないだろ」


「いや君は死んだのだよ。正確には転生させるために死なせたのだ。そしてわたくしこと女神セラスは、愛とゴーレムを司る異世界の女神。今から君を異世界に転生させようと思うわけ」


「……もしかして……異世界転生モノのコスプレですか?俺の知らない格好をしていると言うことは新作アニメかなんかのコスプレか何かでしょうか?……これでも一応、忙しいので早く返して欲しいのですけど……」


 少し頭の可哀想な女を怪訝な目をしながら眺める。おっぱいの育ちは良いがそれ以外の育ちはかなり悪そうだ……特におつむの中は相当疑った方が良いだろう。そもそも愛とゴーレムの女神って何だよ。そんなアホな設定誰が考えたのだろうか……作者を小一時間問い詰めたい気分である。だがしかし、それすら時間の無駄である。残った仕事を片付けるために、さっさと帰るに越したことは無い。


「……と、ところで出口はどちらにありますか……女神様……」


「は?出口などありませんよ。ここは冥界ですし、わたくしこと女神の権能でしか下界に出る事はできません。ただし異世界に限りますよ。元の世界には戻れないと思ってください。元の世界では今頃、お葬式の準備中だと思いますし、いきなり帰ったらパニックになりますよ。それこそ二流ホラー映画みたいに……」


 ヤケに演出に凝っている奴だ。中二病を拗らせたまま三十路を過ぎた可哀想な女なのだろう……俺はその女を哀れみを持って見つめる。瞳では無くおっぱいを見ているのは人の目を見るのは苦手であって、決しておっぱいを凝視したいわけでは無い。コミュ障の必然である。それはともかく、ここは、いわゆるぼったくり喫茶なのだろうか……?有り金、全部出さないと外に出れられないとか、腎臓は2つあるから1つぐらい売っても大丈夫とか言われる場所かも知れない……。


 俺は、怖いお兄さんが出てこないか警戒しながら少しずつ後ずさりし、周りを見ながら出口を探すがそれらしいものが全く見つからない。周囲は真っ白な世界が延々と続いており果てることが無く続いていた。


 もしかして最新式のVRか……と思い手を顔に当ててはずそうとするがゴーグルのようなモノは顔に着いていなかった。最新式ならこういうこともあるだろうか?もし、こんなにリアリティ溢れるシステムが作れる奴とは後学の為に一度話してみたいものである……話すのは面倒だし実装系とソースコードだけでも見せて貰えれば良いかなぁ……。それにはまずここから逃げ出さないと行けないわけで……。


「か、金なら持ってないぞ。口座の残高も無いから……身ぐるみ剥いでも何も出てこないんだから……」


「いやわたくしこと女神にはそう言う趣味はありませんけど……。もし、転生を希望するのであれば君に望むものが有れば一つだけかなえてあげるのだけど。それは転生者への特典だから。さあ何でも言うが良い」


 しかし、人間不信も行きすぎるとここまで行くのだろうかとわたくしこと女神は思った。ここまでかたくなに私を女神であると信じない転生者は初めて見た。どうやらこの転生候補者はどこぞの痴女とわたくしこと女神を勘違いしている様だ。少し腹立たしいが、ここまで人間不信ならやれチート能力を寄こせとかハーレムとかは言わないと思う。なぜならこれこそわたくしこと女神が理想とする転生者の才能だからである。しかし、主神の決めた事はいえ『何でも』と言うのはいささか大盤振る舞い過ぎるとは思う。そのおかげでチートとハーレムとスローライフ希望ばかりでまともに異世界で生活しようとする希望者が現れないのですよ……。主神を求めているのは技術革命を起こす転生者であり秩序を破壊する俺つえー系でも女にうつつを抜かすハーレム主義者でも無いのである。まあ私の衣装がコスプレと言うのだけは否定はしない。本来の姿で現れるともっとドン引きされますし、この職業は威厳が重要だから仕方無くやっているのだ……仕方無くです。決して、趣味ではない(ここ強調)。


※※※


 この自称女神は何を言っているのかと思った……。まぁ言うだけならタダかと思い俺は言った。現実には一言しゃべる度に精神をガリガリ削っている訳だが……。笑うなら笑うがよい。そんなものでは一ミリもダメージを受けない。結局、頭の可哀想な奴の世迷い言にすぎない。


「……それなら好きなだけ開発が出来る静かな環境が欲しい。お前らみたいな奴に絶対邪魔されない結界が張っておりその中で好き放題プログラムが書ける様な環境だ」


「……ならその願い叶えてやろう。その代わり異世界に転生するのだぞ」


 予想どおりの反応に微笑む。それを見た転生候補者は少しビビっているようだ。


「……それで契約書は?」


 異世界人担当の女神をやっているとこういう転生者が時々存在する。やたら細かい条件を確認するタイプ。そして、重箱の隅をつついてその穴をついてチートしまくるやつ。それを防ぐための書類もしっかり用意してある。分厚い紙束を取り出し転生候補者にぶん投げる。


「ここにある。五百ページぐらいあるから要約したのもあるぞ?」


「……いやこれ全部読むから」


 転生候補者は無言で書類に目を通している。何か質問があっても良い物だが一心不乱に書類に目を通したまま一瞥もしない。要するに私こと女神は暇なのである。


「少し休ませて貰うぞ」と声かけすると椅子にもたれかかりキュケーオンを仰いだ。


※※※


 未だに紙かよと思いながら契約書とやらに目を通す。数百ページなら鈍器と呼ばれるラノベよりは薄い。文面も矛盾無く論理的に書こうとして逆に遠回りしている法律感漂う文体ではなく、口語的なので読むのはかなり楽だ。何より会話をしなくて良いのが気楽だ。しかし、今は電子化だろう。分厚い書類は紙の無駄に過ぎない。やはり、お役所仕事だなと思いつつ契約書に目を通していく。どうやら無い様に瑕疵は無さそうな感じだし、こちらに一方的に不利な条件は無さそうな感じである。後半は異世界に関する説明が延々と書いてあった。


 どうやら転生先と言うのは魔法が存在しゴーレムを主戦力とし戦争をする世界と言うの様だ。この設定、流石に二流過ぎないか?こんなのがアニメ化とは世も末だ……と思いながら書類全部に目を通した。もう一度契約内容をチェックしておこうと思い。最初から文章に矛盾が無いか確認していく。


 どのくらい時間が経ったか忘れたが納得がいったので顔を上げる。


 ……すると周りには誰も居ない。もしかしてネット小説やらを読まされただけか……。そろそろ退散する事にしよう。しかし出口はどっちだろうとキョロキョロしてみると地平線は白に囲まれてそれらしきものが見当たらない。仕方無いので適当に当たりをつけてそちらに歩いて行く。でも歩きたくない……。


「転生者よ。ようやく読み終わったみたいだな。で、どうだ?」


 さっきの痴女が現れて言う。


「……何もつまらない三文小説だな?中世ヨーロッパ風世界でゴーレム風ロボットを使って戦うとかテンプレも良いところじゃないか。そのうちゴーレムに人間が乗り込んで無双する話だろ?……」とこの場はコミュ障らしくない正直な感想を口にする。通常、このような代物の感想を求められた場合、無碍にも出来ないし、とはいえ褒める場所が一つも見つからないので思わず『あうあう』言ってしまうのがコミュ障だ「……じゃ帰らせて貰うから……」


「それは後ろの方に付けた付記だ。そのあたりは、わたくしこと女神ではなく主神が決めた事だから三文だろうが仕方が無いだろ。私は契約書に問題は無いかどうかと聞いているのだ?」


 痴女がおっぱいを揺らしながら言う。そして上司の事を主神と呼ばされているらしい……恐らくパワハラがまかり通る職場なのだろう。この痴女に若干の哀れみを感じる。


「……で、自称女神様は、転職とか考えた事は無い?」


「す、少しは……。ではなく契約書に問題は無いか聞いているのだ」


「ま……まぁいいんじゃないですか?問題ないかと聞かれれば問題無いと思うぞ。少なくともこの契約書が嘘でも俺は一文も損はしないのは確認したから……」


 あの契約書はわたくしこと女神の渾身の作ですから異世界人が損するような事が書いてある訳がありません。そもそもハーレムやスローライフ志望が多すぎるのが問題なのです。最近はイケメン宰相の侍女になりたいとか、悪役令嬢になりたいとか……挙げ句の果てには悪役令嬢の下僕になりたいとか……。悪役ヒールになるか主人公ヒーローになるかは本人の心がけと周りの評価で決まる相対的なものなので、それは無理ですと丁重にお断りしておりますよ流石に……。


 ——愚痴が過ぎました。仕事に戻りましょう。


「それでは、契約を成立したものします」とわたくしこと女神は腕をあげると転生候補者を森の奥深くに転移させます。この契約にハンコやサインは不要です。口頭契約が成立しているのですから。


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この章は、半年以上前に書いているので何度か推敲しているのですが設定に齟齬がでているかも。


――と言いますか、本来この小説は、最後から頭の方に戻って書いていく手法を使おうと思ったのですが、後半2/3あたりが未だに真っ白なのは何故でしょう……。

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