第18話 震える想い
まさか自分が彼女の好みのキッカケだったと分かって、殿下も流石に照れたのか。
頬を軽く掻きながら、微笑む彼女から少し照れたように視線を外す。
――いいムードじゃない?
私はそんな風に思った。
しかしそう思ったのはなにも私だけじゃない。
そしてそんな空気を許せない人間が、ここには少なくとも1人居る。
「ちょっとリンドーラさん……? 一体何が言いたいんです? それは、少なくとも今陛下の御前でするような話では無いと思いますけど」
その不機嫌そうな声の主は勿論レイだ。
彼女の言い分としては、おそらく「今は私が陛下に殿下との婚約を認めていただけるかの瀬戸際なんだから邪魔しないでよ。そもそもいきなり昔話とか意味分かんない!」という感じだろう。
殿下の腕をギュッとしたレイは、おそらく殿下の気持ちを自分の元へと引き戻す為だったんだろう。
そして殿下もその振る舞いで、自分には彼女が居たのだと思い出してしまったようだ。
思わず出そうになった舌打ちをどうにか呑み込めた私を、誰か褒めてほしい所だ。
せっかく空気も殿下の想いもリンドーラに傾き始めてたっていうのに、惜しい事この上ない。
(この王子は、外交などではそれなりに人の顔色を読むくせに、直情的が災いして自分の事になると何でこんなに鈍いのか……)
彼はきっと気付いていない。
本来は素直で優しいという彼の美徳に気が付いて密かに想いを寄せてた令嬢達は、過去に何人も居た事さえも。
そしてリンドーラがそんな中でも最も長く深く、努力を続け想いを秘めてきた人だという事も。
レイに意識を引き戻された殿下を前に、リンドーラは瞑目する。
が、彼を「殿下」と静かに呼んだ彼女の決意は揺るがなかった。
そもそも今日、彼女は「ずっと秘めていたその想い」を告げる覚悟を決めてここに来たのだ。
彼女の意志はひどく固い。
「私はあの時……私にバラを取ってくださったあの時からずっと、貴方をお慕いしていました」
その瞳には、もう彼しか映っていないようだった。
ただ真っ直ぐに彼を見つめる彼女の目には、8年間の片思いをまるで証明するかのような確かな熱が込められていた。
その瞳を、殿下は確かに受け止めた。
ゆっくりと目を見開かれる目は、「まさか好意を告げられるなんて思ってなかった」と言っている。
「嫌われていると思いこそすれ、まさか好かれているなとは思いもしなかった」とそんな風に語っている。
そしてそんな彼の揺れを、ずっと彼を好いていて見つめ続けていたリンドーラに看破できない筈が無い。
彼女は「驚くのも無理はないでしょうね」と、少し悲しげに笑う。
「殿下の隣に正式な婚約者が立たれた時に思ったのです。『あぁ私の想い人は、少なくとももう私一人を愛してはくださらないのだ』と。そして思いました。『そんな現実に、多分私は耐えられない』と」
そう言って胸の前で重ねられた彼女の両手は、まるで痛みにでも耐えるかのようにギュッと握握りしめられた。
震える手には、もしかしたら「こんな事を言ってしまったら、殿下に嫌われてしまうかも」という恐怖が込められているのかもしれない。
しかしそれでも彼女は一人孤独にその恐怖と戦う事を止めなかった。
「殿下は王族なのですから、必要に応じて側妃を迎えられるでしょう。しかし私は嫌なのです。殿下の一番が私でないのなら、殿下のお側にいることさえ辛いと思ってしまうのです。しかし私は……往生際も悪く、まだこの想いを捨てられずに今日まで来てしまったのです」
往生際が悪い。
それはある意味、真実だろう。
だって彼女が苦手としている外国歴史は、間違いなく欠かせないものだ。
特に、王妃が行う外交には。
結局彼女は「無理だろう」と思いつつ、一縷の可能性に縋ってここまで来たのだ。
そしてその一縷が、今彼女の目の前にただ一本だけ垂れ下がっている。
「殿下の婚約破棄を聞いた時、私の胸は卑しくも高鳴ってしまいました。それは良くない感情だと分かっています。だって他人の不幸を笑うような所業ですから。――しかしそれでも」
殿下を見つめる彼女の瞳が涙に揺れた。
「それでも私は、喜んでしまったのです」
きっと彼女は正しく理解しているだろう。
こんな所で自分の身分も
きっと「浅はかだ」と揶揄される。
もし断られればその上に「無謀な事をした傷心令嬢」というレッテルも付いて回る。
それでもきっと、これが最後のチャンスだと。
それらが全て分かってるから、色濃い恋慕が恐怖を押し退け勇気に促されて立つ。
潤んだ瞳で。
震える肩で。
握りしめた両手に、一層の力を込めて。
そうやって再度告げるのだ。
「私は貴方を、ずっとお慕いしていました! 私は我儘な女ですから、貴方の一番になれないならば貴方の近くには侍れない。その上貴方には、婚約破棄をしてまでも想いを寄せる方が居る事も知っています! でも、それでも!!」
それでももう、この想いは心に焼き付いて消えてはくれないだろうから。
彼女の表情が、言葉にならないその気持ちを叫んでいるように見えた。
「それでも私はどうしても、貴方の『一番』になりたいのです! こんなふつつかな私ですが、どうか選択肢の一つに……加えてはいただけないでしょうかっ!!」
力が入り過ぎたんだろう。
なりふり構わないその声は、最後は裏返ってしまってた。
しかしその代わりに痛いほど、想いも声に乗っていた。
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