第16話 リンドーラは心を決める




 そんな中、私は「まぁ」と口に手を添えてこう思った。

 

(婚約して以降の完全プライベートの場での2人はもしや、時折こんな感じなのかもしれないわね)

 

 と。



 二人の間の甘い空気に、先ほどから集まりつつあった周りの視線が興奮交じりの黄色い悲鳴を上げている。


 しかしみんなにそんなサービスをして、モルドも一体どうするつもりなのだろう。

 近々行われるだろう結婚式の時に、御祝儀でもはずんでもらうつもりなのだろうか。

 まぁ確かにここまで仲睦まじいのだ、侯爵家の次期当主のモルドに茶々を入れたい人達も流石にこの婚約もとい結婚には横やりを入れる余地など無いと悟るだろうし、そうなれば快く祝福してくれる人も増えるだろうけど。


(そこまで考えての事なのか、それともただの暴走なのか。ちょっと難しい所ね)


 そんな風に半ば呆れつつ私は笑う。

 その一方で自分が公開告白をしていたという事実を今更自覚したエレノアは、頬どころか耳や首筋一杯まで真っ赤に染めて、近い彼の体温を押し戻さんと奮闘する。

 が。


「モッ、モルド様っ?!」

「何だいエレノア嬢、今回は君が先に仕掛けてきた事だよ?」

「これは不可抗力で――」

「そうか、不可抗力か」


 という事は。

 そう言って、彼は少しからかい口調でこう告げた。


「君は僕を、無意識下でさえ好いてくれている。そういう事になっちゃうね」

「モッ、モルド様!!」


 彼の言葉を、たとえ羞恥から来る反射でさえ否定できない辺りが何とも正直者の彼女らしい。



 2人の雰囲気に押されて「上手くいっているようで何よりですね……」と言ったローラは、意外や意外、顔を少し赤くしていた。

 それに対して突然始まったラブシーンに「一体何を見せられているんだ」という気持ちが全く隠せていないレイ。

 リンドーラは「大胆なのですね……お二人共」と感心するように呟き、陛下は陛下で「若いなぁ」と言って苦笑している。


 

 そんな中、殿下の様子だけが1人、他とは全く異なっていた。


 彼は何故か、ショックを受けた様な顔になっている。




 誤解がないように言っておくが、「実は殿下は、エレノアの事を想って……」なんて事はあり得ない。 

 となれば一体何にショックを受けたのか、その答えは私にはまるで手に取る様に理解できる。


(――ここが正に勝負時ね)


 私はそう独り言ちた。


「2人の仲がもうゴールイン直前なのは最初から分かったけど」

「シシリー様っ?!」


 こんな所で一体何を仰るのですか?!

 顔を真っ赤にして慌てる彼女は、まぁ置いておくとして。


「あなた達に負けない程の強い想いを秘めた方が、実はここにもう1人居るのですよ――ねぇ? リンドーラさん?」


 エレノアたちをダシにして、話の矛先をリンドーラに向ける。




 私の声に、皆の視線が一斉にリンドーラへと集まった。

 そんな中、彼女だけが私にバッと目を向ける。


 そこには困ったような、恥ずかしいような、それでいて不安のような。

 そんな色ない交ぜになった瞳があった。


 しかし心配はいらない。

 貴女だって言ってたじゃない。

 今度こそは、ちゃんと素直になりたいのだと。



 大丈夫。

 私もちゃんとフォローするから。

 そういう気持ちを瞳に込めて、彼女にゆっくり頷き返した。


 すると彼女は意を決したようにグッと表情を引き締めて、一歩前へと足を踏み出す。

 視線の先に居るのは、殿下だ。 




 まるで何かに挑むかのような彼女の瞳に、殿下は少し面食らったようだった。


 しかしそんな彼の驚きは、すぐに疑問へとすり替わる。

 というのも、リンドーラの瞳から強い色がフッと消え、弱弱しく視線が逸されたのだ。


 まるで、逃げるかのような視線運び。

 しかしそれは嫌悪や恐怖といった負の感情が原因ではないように見えた。


 彼女の抱く緊張感が周りに伝染したのだろう。

 私を含め、見ている殆どの者達が小さくつばを飲み込んだ。


 視線の端で、ローラが口元に手を当てて「あらまぁ」と呟いたのが見えた。

 そこに浮かんでいる好機は、驚きというよりはやっぱりと言いたげなものだ。


 おそらく彼女はリンドーラが今まで抱いていた想いに心当たりがあったんだろう。




 そんな中、リンドーラがこんな風に切り出していく。


「……殿下が初めて社交場にお姿を見せた日、あの場に私も居たのです。周りの子たちがこぞって殿下とお話をしようとされていて、殿下もそんな子たちに優し気に対応されていて。それでも結局、終始遠くから見ている事しか出来なかった自分の勇気の無さを、私は今でも覚えています」


 それは、遠い遠い思い出話。

 その日は私も『殿下のお目付け役』として、そのお茶会に参加していた。


「私はそもそもせわしいのも騒がしいのも嫌いでしたし、当時は大して殿下に興味があった訳でもありませんでしたから、親に『殿下と交流してくるように』と言って送り出されたそのお茶会は、ただの窮屈で退屈な日だったのです。――殿下とお話する機会に偶然恵まれるまでは」


 そこまで言うと、彼女はスッと目を閉じた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る