第15話 困っちゃうよ。
乗りかかった船である。
何を言うのかは分からないが、きっとこちらに悪いようにはならないだろう。
となれば、言いたい事はここで全て言わせておこう。
先程から見ていると、何やらずっと何かに対して憤りを感じているようだから、其の理由もちょっと気になるし。
そんな風に思いながら視線でエレノアに先を促せば、少し安堵したような顔になって彼女はまた口を開く。
「私、努力の件を抜きにしてもレイさんの殿下への気持ちには疑問が残ると思っています」
佇まいを正してそう言ったエレノアに、レイがまた『悲劇のヒロイン』を発動しようと息を吸った。
しかしそれを遮る絶妙なタイミングで「あら、それはとても気になりますね」と声が続く。
言ったのはローラだった。
その事に、私は少なからず驚く。
そりゃぁ確かにローラはレイに裏でしてやられた形で婚約破棄をしているが、それでも殿下に想いは無かったし、レイにだって婚約者に纏わりついてくる面倒な
それなのに、何故そんな事が気になるのか。
エレノアへの援護射撃だとしても、もっと他に言葉はあった筈なのに。
そう思ったが、理由はすぐに氷解する。
「レイさんは私から殿下を攫った方ですもの。その根幹が揺らぐとなれば、気になるのも当然でしょう?」
嘘だ。
そう私は確信した。
だからこそ理解する。
あぁこれは、レイとそれから殿下に対するただの嫌がらせの一環だ。
ローラは本来ノリがいい。
以前から彼女は、楽しそうな事には進んで参加するようなフットワークの軽さを持っていた。
それも「殿下の婚約者」という立場になって以降はなりを潜めていたようだけど、その枷が外れた今、本来の楽しみに興じる事を止める者はほぼ居ない。
そもそもこの程度の意趣返しなど社交界では日常茶飯事、否、まだ随分と優しい物なのだから、むしろ周りに「その程度で収めてあげるだなんて、なんて心の広い」と思われているかもしれない。
その優しさは自分の言葉が新たな面倒事を呼ばない為の自己防衛に過ぎないのだろうが、これでまた彼女の『聖女』と『淑女』の名声は上がる事だろう。
(その辺の匙加減が絶妙に上手いのよねぇー、ローラ様って)
なんていう感想を内心で漏らしていると、ローラが「それで、エレノアさんは何が気になっているのですか?」と問いかけた。
それの頷き、彼女は言う。
「――レイさんは、好意を簡単に口にし過ぎているのです」
真っ直ぐな目で、真剣な声色で、ニコリともせず彼女はそうレイに告げた。
しかし彼女の反応は芳しくない。
腹を立てるなどという事以前の問題だった。
意味が分からないという言葉を具現化したような「はぁ?」という声に、片眉が上がるオマケまでつく。
そしてすぐにフンッと笑いながら、エレノアをバカにするような言葉を吐いた。
「一体どんな大層な事おっしゃるのかと思っていれば……好きな方に好意を伝える。その事の、一体何が悪いというんです?」
好きなんだから好意を口にするのは当たり前でしょう。
腰に手を当ててそう言った彼女は、ひどく自信満々だ。
「私は殿下を真に愛しています。だからこそ、こうして堂々とその愛おしさを口にしているのではな――」
「違います!」
彼女の声を遮って、エレノアは凛とした大声を発した。
周りが「何事?」とこちらを見る中、エレノアはこれ以上ないほどの真剣さでレイを真っ直ぐ見詰めている。
いつもほのほのとしている彼女にしては、珍しい。
そんな風に私は思った。
しかし同時に、「先ほどから垣間見える憤りの理由は正にこの部分にあるのかも」という予感のようなものも感じる。
「ねぇエノ、一体何が違うのかしら?」
エレノアが真剣な分のバランスを取って、いつもの数倍柔らかい口調を心がけながら尋ねる。
すると彼女はゆっくりと目を閉じて、胸の上で両手を重ねて口を開いた。
「本人の前で好意を告げるという事は、恋する人にとってはただそれだけで大事なのです。どうしたって緊張します。胸が高鳴って、不安や羞恥や幸福感が押し寄せて。しかしそれでも言わなければ伝わらない事もあるから、伝えたい事があるから、勇気を振り絞って言うのです」
胸の前でキュッと両手を握りしめた彼女には、きっとそういう経験が何度もあったのだろう。
これは、そんな風に想像して余りあるくらい誠実で切実な声だった。
そしてエレノアの場合、その先にいったい誰を見据えているのかは口に出さなくても分かる。
だって彼女がこの生涯でそんな事をする相手なんて、今の相手以外に居ないのだから。
「……モルド様から頂く言葉からはいつも、そのような感情が伝わってきます。頑張って私に好意を伝えてくださるその言葉が私にはとても嬉しくて、心がポウッと温かくなって、恥ずかしくて、でも嫌じゃなくて。とてもとても幸せな気持ちになるんです。だから私も、私が出来る精一杯の言動で、モルド様に私の想いを伝えたいと思うのです」
どんなに恥ずかしかったとしても。
そう言った彼女は、頬を朱に染め幸せそうに微笑んでいる。
その様は、正に恋する乙女そのものだった。
そしてこの想いに、答えたい人もここには居る。
「……エレノア嬢。君がそんな風に受け取ってくれていたなんて、僕もとても嬉しいよ」
顔に確かな喜色を浮かべて、モルドがそう彼女に言った。
彼女に向き直り、その両肩に手を添えてそして彼は「でもね」と告げる。
「何もこんな所で惚気けなくても良いんじゃないかな? お陰で僕はこの盛り上がった気持ちをどうしたら良いのか分からなくって困っちゃうよ」
どれだけ嬉しかったのだろう。
とろけてしまったような笑顔で、彼女の頬にヒタリと触れた。
「ふふっ、熱い」
愛おしそうに笑った彼の瞳には、自分で「人前だ」と言っておきながら全く周りに配慮しない。
やはり彼が困る理由というのは本当に今以上の愛情表現がここでは出来ない事、ただそれだけの様である。
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