第13話 「努力次第でどうにかなる」は決して根性論ではない



 私の言葉にエレノアはまたキョトンなっているものの、もういいちゃんと分かってる。

 エレノアはちゃんとポンコツに見せかけた『出来る子』だから、私が言葉でその感性がキャッチして事実を釣り上げてやればいい。

 

 私が視線で「『レイさんって、殿下のことが好きだったんですか?』と言った理由を良いから早く答えてちょうだい」と促せば、エレノアが「えーっと」と口を開いた。


「確かレイさん、学校のダンスと作法の授業って両方とも『可』だったと思うんですが」

「えぇそれは私も知っているわ」

 

 だって有名な話だもの……とは流石に口にはしなかったけど、これは有名な話である。


 『可』とは、学校での各教科で付けられる成績の内の一つで、『不可』が一番低く、次いで『可』『良』『優』と順番に高くなっていく。


 つまり『可』は下から二番目で、不合格ではないが、合格評価の中では一番下。

 合格ギリギリ、ホントにスレスレ。

 お情けで合格にしてあげようという教師の温情という事だ。


 それほどまでに彼女の成績は悪くって、他の教科であればともかく貴族令嬢がこの手の教科で『可』を取る事は珍しく、それ故に大いに悪目立ちする。


「エレノアさんは、この場で陛下に私の成績を暴露して『だから未来の王妃にはふさわしくない』とでもおっしゃるつもりなんですかっ?! 酷いっ! 私だって好きで出来ない訳じゃないのにっ!」


 レイは悲劇のヒロインぶって、甘えるように殿下の腕に絡みついた。

 否、縋りついたと表現した方がもしかしたら正しいのかもしれない。

 つまり彼女は、殿下に「私と一緒に反論してよ」とせがんでいるのだ。



 が、生憎と殿下は既に私がその頭を押さえている。

 何か言いたげな顔にはなるが、何かを口にする事は無い。


 そして彼女の言動も、エレノアに掛かればほのほのと笑いながら言葉を返すレベルでスルー可能だ。


「いえ、私は何も現時点の成績を取り上げて相応しいかを言うつもりはありませんよ? だって誰しも最初はそう上手く出来たりはしないものでしょう?」


 むしろ知らない事を理解し、出来ない事を出来るようにする。

 その為の学校なのですから、在学中は必ずしも合格点である必要もありません。


 そう言った彼女の瞳は、優しげではあってもきちんと、意思が籠められている。

 どうやらこの解釈に関しては、エレノアは一ミリだって引く気はないらしかった。


「だから俺は彼女が好きだ」


 そう呟いたのは勿論モルドで、彼はどうやらエレノアのこういう芯の強い部分に一層惚れ直したようである。

 それはまぁ良い事なんだろう……けど。


(お願いだから今それを表に出さないでほしい。ちょっと力が抜けちゃうから)


 今は大事な駆け引きの最中だ。

 お願いだから気を削ぐことをしないでほしい。



 

 なんて思っていると、そんな彼女の瞳に気圧されながらもレイは「そ、それなら何故――」と口を開いた。

 それにキッパリと言葉が返る。


「それでも努力は出来ると思うのです」

「それは私に『努力が足りない』と言いたいんですかっ?!」


 違う、そうじゃない。

 私はすぐにそれが分かった。


 そして同時に、エレノアが一体何を言いたいのかも分かった。

 


 確かに人には得意と不得意があり、どんなに頑張っても時には出来ない事もある。

 それがもし努力しても埋められない差ならば仕方がない。

 それが個性というものだから。


 だからエレノアが言いたいのは、そこじゃない。

 そこじゃなくて。


「レイさんは、『可』の生徒には該当教科の補講を受ける事が出来るのはご存知ですか?」

「あぁ確か、その補講の結果によっては先に取った成績評価を上方見直してもらえるという噂の……」


 エレノアの声に答えたのは、問われたレイではなくてローラだった。


 ローラは普段どのような教科でも成績優秀であるために、補講云々とは距離がある。

 だからおぼろげな知識なのだろう。

 それでも言ってる事が合っているのは、流石はローラの情報収集といった所か。


 対してモルドは少し違う。

 

「そういえば、エレノア嬢は一度算術で『可』を取って涙目で補講を受けてたっけ?」

「涙目は余計ですっ!」


 過去にエレノアがそれをやらかした時にでも、きっと調べたんだろう。

 訳知り顔で言及した彼に、エレノアは要らぬ誤爆を受けて叫ぶ。

 

 当時の自分の狼狽え具合を思い出して恥ずかしかったのか、それとも『涙目で補講』をバラされたのが恥ずかしかったのか。

 どちらにしろ怒ったエレノアは頬を膨らませモルドを睨む――が、残念ながらそれは彼の忍び笑いを誘うだけだ。


「別に良いじゃないですか、どうにか『良』に上げてもらえたんですから!」

「4回目の補講でやっとだったみたいだけどね」

「モルド様!」

「しかもそれ以来補講にならない様にと僕が、君の先生を買って出てる」

「もうっ意地悪!」


 完全に必要の無い所までバラされて怒るエレノアに、笑うモルド。

 しかしそれでも仲良しな二人は、改めて見ても「お似合いの二人だなぁ」と思う。


 正直者のエレノアだ。

 いつだって嘘は付けない。

 本当の事を言われたらまさか否定する事も出来ず、しかし要らぬ事までバラすモルドに頬を膨らませ、何とか言い返そうとする。

 その結果出てくるのが、いつも「意地悪」という言葉だ。



 これは言い返す言葉が思いつかないと乱用される言葉であって、2人の言い合いの終了ののろしでもある。

 だからこのふたりのじゃれ合いはこれでいったんお開きとして、話をレイへと戻す事にする。

 

「で? そろそろ話を進めない?」

「ハッ! そうでした! 私が言いたいのはつまり『得意不得意に関わらず、可の評価それ自体は努力次第でどうにでもする事が出来る筈だ』という事なんです!」


 その言葉に、私も「うん」と頷いた。

 

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