第12話 絶対に負けられない戦い、開幕!



 さて。

 そうとなれば、まずは最初にすべき事をやっておこう。


 『えっ?! レイさんって、殿下のことが好きだったんですか?』

 エレノアはそう言った。


 となれば、その言葉に腹を立てる人間は二人居る。


 まずはその内、エレノアをどうにか出来るだけの権力を持ち尚且つもっともやらかしそうでいて御しやすそうな方を抑えよう。



 彼の方を確認すれば、案の定彼は顔をカッと赤くしていた。


 そんな怒りの兆候に、私は鋭い目を向ける。


(ついこの前『後悔してる』って言ったばかりでまた同じ轍を踏むのは、絶対に許さない)


 そんな気持ちを込めて睨みつければ、その殺気に気がついたのか。

 彼の視線がこちらと向き、すぐさま怒りが怯みに変わりやがてハッとした顔になった。

 そして彼の視線が、もどかしそうな色を灯してフロアの床にゆっくりと落ちる。



 とりあえずこの最悪のごった煮状態の中に更なる王太子の浅慮投入……という事にはならなくて済みそうだ。

 内心で少しホッとしつつ今度は、この場における最高権力者の様子をちょっと横目で確認してみた。

 

 しかしこの場での1番の権力者は、幸いにもエレノアの言葉に嫌悪感は抱いていないようである。

 むしろ彼女の言葉に好意的な感情で「それはどういう意味なのか」と答えを待っているように見える。

 もしかしたら先日の一件の詳細を誰かから聞いていたのかもしれない。



 しかしまぁ、それも当たり前だろう。


 だって少なくとも王にとってのレイという人間は、特に大切でも何でもない。

 抱いている感情といえばきっと、どちらかというとマイナス的なものだろう。

 陛下からすればたった一人の自分の跡取りを唆しその評判を落とした元凶のようなものだろうし。


 

 と、いうわけで。


「ひどいですっ、エレノアさん!」


 とりあえずエレノアの『素っ頓狂』に対する敵は、目下レイ一人のようだ。




 そしてそのエレノアはというと、レイの言葉にキョトンと目を丸くしている。


(この子、たぶん分かってないわ……)


 自分が吐いた言葉が相手への侮辱になっている事に、彼女は全く気付いていない。

 実にエレノアらしい鈍感さだが、鈍感すぎるのもどうなのだろうか。

 勿論それは彼女に他意が無いからこそなのだろうけど、聞いている周りが全員同じという訳じゃないのだ。

 これはまず、彼女に自覚を促すべきだろう。

 

「ねぇエノ、それではただの悪口よ?」

 

 そう言ってからゆっくり3秒。

 エレノアはやっとその事に思い至ったのだろう、急にアワアワと慌てだす。


「いえ、あの、申し訳ありません。決してレイさんを侮辱する意図は無かったのです。ただ素朴な疑問だったといいますか……」


 そんな彼女にモルドは思わず苦笑を浮かべ、ローラは表面上は普通だけど内心では大笑いしているのが透けて見えるようである。


 そんな中、リンドーラだけは「えっ」と驚きの表情を浮かべていた。

 彼女はおそらく「嫌味を言う気で援護射撃してくれたのだろう」と思ったに違いない。

 が、私とリンドーラの裏契約を彼女は知らない筈なんだから、彼女に援護出来る筈が無い。



 そしてレイがソレにどんな反応をするのかと言うと。


「悪気が無ければ許されると思っているのなら大間違いですよ、エレノアさん!」


 勿論「それならしょうがないわね」とはならない。



 声を荒げるというよりはブンスカしているというか、この期に及んで外面だけは可愛さアピールをしているように見えるが、その実彼女の胸中は実に穏やかじゃない筈である。

 今正に陛下に売り込んだ、殿下への愛。

 それをまさかこんな所で否定されるなんて彼女としては許せる筈も無ければ笑っていられる筈も無い。

 

 爵位も才も振る舞いも武器に出来ない彼女にとって、今ここでエレノアに負ける事は最後の武器を失う事に他ならない。

 つまりこれは彼女にとって「絶対に負けられない戦い」という事である。



 が、それは私も同じ事。


「『レイさんが殿下を好きじゃない』なんて、何故そんな事を思ったのですか? エノ」

 

 私の今後の平穏の為にも、これは「絶対に負けられない戦い」なのだ。


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