第10話 彼女の「かなり」な独断専行



 殿下の声を号令に、この場に居た全員が一斉に彼へと最敬礼を取ろうとする。

 しかしそれを、彼は「よい」という一言で制してみせた。



 ゆっくりと体制を元に戻すと、目の前には顎下に立派な髭を蓄えた壮年の男が立っていた。

 特に幼少期には良く見た顔だ。


 忘れもしない。

 彼こそが、この国の最高権力者・国王陛下その人だ。



 陛下は、私たちを一度グルリと見回した。

 そして少し複雑そうな顔になる。


「私にとっては確かに都合が良いのだが……これは一体どういう風の吹き回しだ?」


 彼の言う事もまぁ、分からなくはない。

 先日の騒動の事、そしてそれからの噂や影響を思えば、婚約破棄をした殿下とされたローラ。

 させたレイに殿下をオート迎撃したエレノア。

 それを機に幸せをガッチリ掴んで見えたモルドに、一連の場を最後まで仕切ってみせた私。


 そんな者達がここまで一堂に会するこの場は、思わず「一体どういう理由で集まってるの?」と勘繰りたくなる妙さである。


 

 こうなると逆に何の関係も無いリンドーラが浮いた存在になるが、それについては少し不思議そうな顔になった陛下も流石に「君はむしろ何故ここに?」とは聞いてこないようだった。

 その異分子を一度棚に上げて、どうやら自分にとっての最善を想像したようで――。

 

「もしかしてローラ嬢と復縁を――」

「それはあり得ませんわ、陛下」


 期待を含んだ王の声をローラはスッパリ遮った。

 「とりつく島もない」という言葉のお手本の様な、清々しいキッパリ加減だ。 


 笑顔だが、圧が凄い。

 陛下に対してこれは凄いなと思わず感心してしまうレベルのソレに、陛下自身も思わず押されて「そ、そうか」と答えるしかないような感じだ。


 対して殿下は、ひどく不服そうな顔になっている。

 

(『復縁の可能性をにべもなく切り捨てられたから』っていう訳じゃなくて、『俺が言おうと思ってたのに』っていう事なんだろうけど、事を起こしたアンタにコレを言う権利は流石に無いわよ)


 私はそう独り言ちつつ、流石に陛下の前でまではしな垂れかかる事も止めたレイが、これまた不服そうな目を殿下に向けてる事に気が付く。

 発言しない殿下に対して「煮え切らないやつめ」と言わんばかりの彼女に対し、どうやら殿下は全く気付いていないようだ。


 多分それだけ周りを見る余裕が無いという事だろう。

 流石は浅慮、視野が狭い。



 そんな中、ローラの言葉に肩を落とした陛下はおそらく、殿下関係で最近苦労しているのだろう。

 一種の哀愁を思わせる瞳を少し緩慢に動かして、彼が次に見るのは私だ。


「ローラ嬢が降りたとなると、次に白羽の矢が立つのは必然的に君になる。受けてはくれんか、シシリー嬢」


 誰でも良いわけではない。

 私は君を買っているのだ。


 そんな風に言う王を前に、私は内心ため息を吐く。

 しかしそれでもその気持ちは、決して表に出さない。

 だってこれこそが王の配慮だという事を、私はちゃんと知っているから。


 (もし公式の場でこの話に言及されてたら、私がこの話を断るハードルは数段上がる)

 

 つまり王は私に『比較的気軽に断る機会』というものを与えてくれているのである。

 


 自分で言うのも何だけど、私は確かに社交スキルでは一定ラインを満たしているんだと思う。

 未来の王妃にふさわしい所作や振る舞いについても、公爵令嬢なのだからそれなりである自負もある。

 王太子を諌めフォロー出来るだけの力量も、まぁ確かに無いでもない。

 殿下の間に愛は無いが、姉が弟を世話するように支える事なら出来るだろう。

 

 が、それは私が望む事じゃない。



 陛下がこの話をわざわざこの場で出した理由は、何も彼の良心でだけじゃない。

 「要請はしたという実績」と「断ってくれた方が都合が良い」という思惑が交錯しての事だろう。


 そう思えば殿下が思っているほど陛下は最初から、私が殿下の隣に立つ未来に期待してなかったのかもしれない。

 殿下にあぁ言われたので一応私も事前に釘は刺しておいたが、その工作さえもしかしたら必要無かったのかもしれなかった。


 だから私も妙な罪悪感は抱かずに言う。


「お断りいたしますわ、陛下」


 ローラと同じ言葉を彼に。




 にっこりと微笑んで言った私に、陛下は「はぁ」とため息をついた。


「……まぁ分かっていたがなぁ」


 過去に一度断られた事もあるんだし、君には『断るだけの理由』もあるんだし。

 そう言った彼は、「それでももうちょっと悩んでくれても良いだろう」といじける。


 おそらく自分の息子を「令嬢二人が即答でお断りするくらい殿下はダメな奴だ」と言われたような気持ちなってしまったのだろう。

 まぁ実際そうなのだけど。



 彼の言葉に私が更に笑みを深めると、彼は少し投げやりに手を振って話を切った。

 そして「しかし、ならばどうするか……」と呟くように、しかし少しわざとらしく言ってきた。


 

 それはもしかすると、断った私たちの罪悪感を刺激したかっただけだったのかもしれないし、切実に私たちに誰かを推薦してほしかったのかもしれない。

 

 ただ一つ間違いないのは、その時陛下が求めていたのは陛下が自ら話しかけたローラと私、2人の意見を聞いているのだという事だ。



 この国には上の者に話しかけられないのに発言する事はマナー違反とされている。

 だからこそそれはこの場の全員が思い当たる筈の事で、実際にあのエレノアでさえ正しく理解出来てる事だったろう。



 だから私は息を吸う。

 「頼んだぞ」という殿下の視線を受けながら、一人の女性を推薦する為。


 それなのに。


「陛下! では是非とも私を殿下の婚約者にしてくださいませ!」


 発言したのは私でもローラでもなく、レイだった。


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