第9話 舞台はやっと整って、遂にイベントがやってくる



 彼女には、確かに『人を誑し込む才能』があるのだろう。

 現に今一人、その餌食になっている人間が居る訳だし。


 しかし当たり前だけど、それだけでは王妃の職務は果たせない。


(少なくとも、社交手腕は乏しい筈よね……。だってもしそんな手腕があるなら『派手さだけで確実性も根回しも無いあんな劇場型婚約破棄』をしようなんて思う筈が無いんだから)


 殿下をあんな奇行に走らせたのは、十中八九彼女である。

 殿下は確かに浅慮で直情的だけど、卑怯な人間などではない。

 そもそも彼があんな風にローラを公開処刑にしようとする行為自体、酷く彼らしくない。

 

 そんな彼があんな手段をそのまま実行してしまったのは、結局情に流されたからだ。

 愛する人の願いはなるべく叶えてあげたい。

 そんな情に。



 しかし例えそんな物で王太子一人を動かすことに成功しても、王妃としての彼女の適性が上がる訳は無い。


 王妃にとって、最も大切な公務の一つが『社交』である。

 しかしいつもの振る舞いや先日の件を見た限りでは、それが足りているとは思えない。

 彼女の想定力が穴の空いたザルの様なのは、今実際に殿下とレイ二人ともが周りから良い目を向けられていない事で証明されてしまってるし、臨機応変さだって足りない。

 もしそんな物があったなら、とっくに殿下への効果的な援護射撃が出来ていた事でだろう。


 

 自分たちが起こした行動によって起きる事もあらかじめ想定できず、臨機応変に対応できる能力も無い。

 そんな彼女があんな派手な演出を選んだ理由は一つだ。


(レイさんは、堅実さよりも派手な見栄えを選んだのよ。)


 立てていた目標よりも「目立ちたい」「元居た婚約者を退けて殿下の婚約者になった自分として、周りから持て囃されたい」という気持ちを取ったのだ。

 そこに一瞬の気持ち良さ以上に一体どんな価値があるのかは知らないが、そういう気質の彼女が将来王妃になったとして、もし己の欲と社会的幸福が伴わない事態に遭遇した時。

 きっと彼女は――。


(今回と同じく、きっと我欲を取るだろう)


 当たり前だが、そんな人間がこの国の王妃になってしまえば国は滅びの道を歩むだろう。



 それに、だ。


(「付き合う相手で男は変わる」なんていうのはよく聞く話。だからこそ、猶更殿下の妃は慎重に、適正な人物を選ばなければ)


 そう思った。



 だからこそ、私は今日まで準備してきた。

 殿下に告げた「貴方の婚約を後押ししましょう」という言葉を違える事無く、約一名を除いては誰からも不満が出ないやり方で事を成す為に。


「殿下、そんなにソワソワされずとも、細工は流々。特に問題ありませんよ? それこそ殿下が横から口を挟んだりさえしない限り、失敗するような事もありません」


 彼が一体何を気にしてこの場に来たのかは分かってる。

 だからこそ浮足立った彼をちょっと落ち着くように、そして途中で口を挟まぬようにと釘をさしておく。

 すると彼は、私の圧を感じたのか。

 ちょっと固い顔で「あぁ」と答えを返してくきた。



 彼に今言った通り、細工は流々。

 メインイベントの到来前に、今正に最後の役者が合流しそうなんだから万端だ。


「シシリー様、ごきげんよう」

「リンドーラさん、ごきげんよう」

 

 に合流してきた彼女に対し、私はふわりと笑みを向ける。


 すると殿下も、私たちの交友関係の外枠くらいは知ってたのだろう。

 「珍しいな、シシリー嬢が彼女となんて」と言ってくる。


「あぁそうですね。彼女の事は殿下もご存じだと思いますが、一応紹介しておきましょう。彼女はリンドーラ・レインドルフ侯爵令嬢。私たちと仲良くする方です」


 今までは時折敵対する事はあれど、私やエレノアとは決して仲良くなかった間柄だ。

 そんな彼女を敢えてそんな風に紹介すれば、リンドーラはそれに何も不平を言う事も無く、感情を表に出す事も無く、実に淑女然とした顔でドレスのスカートを摘まみ殿下に挨拶の礼をした。



 流石にローラには劣るものの、華は十分にある人だ。

 少なくとも私から見れば、私なんかよりずっと輝いている様に見える。


「――殿下、お目に掛かれて光栄です」

「あぁ、レインドルフ侯爵令嬢。君の優秀さは良く小耳に挟んでいる」

「恐悦至極にございます」


 シシリーに紹介されたからなのか、両者は互いに卒なく社交辞令を交わした。


 殿下だってあの一件以前では、少なくとも大人たちの前ではローラとの仲の悪さをカバーして余りある社交が出来ていたのである。

 腐っても王太子、こういうやり取りは普通に可能だ。


 しかしその殿下の腕に絡みついているレイは違う。

 おそらく彼女は、社交だろうがそうじゃなかろうが、自分以外の者を彼が立てるのを見たくないのだろう。

 あからさまにムスッとして、嫌悪感を隠そうともしていない。




 殿下と挨拶を交わしたリンドーラを見てみれば、彼女は少し緊張しているように見える。

 

 普段社交を卒なくこなし、時には私相手にだって政治的計略を仕掛けてくるような彼女にしては実に珍しい姿だ。

 しかし気持ちは分からなくも無い


(この緊張は、何も『目の前に居るのが王族だから』という訳じゃないでしょうしね……)


 彼女は今、人生の岐路に立とうとしている。

 そう思えば、その緊張も当たり前のものだった。


 となれば、後はその緊張感を上手く飼い慣らせるか否かに掛かっているが。


(まぁ彼女なら、大丈夫でしょう。もちろん私も援護するし)


 そんな風に、私はに信頼を向けた。



 その時だ。

 整った舞台にイベントの足音が近づいてくる。


「おぉ、おあつらえ向きに揃っているな」


 落ち着いたトーンの声だった。

 

 来るだろうと、思っていた。

 今日動くつもりなら。

 だから全く驚かなかった。


 

 だからゆっくりと、声の主へと視線を向ける。


「父上」


 呟くように、殿下が言った。



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